第16話 三人の男

 誰が、どう口火を切るべきか、決めあぐねているような空気が七人の間に流れた。もっとも、その役目は自分ではなかろうと端から放棄している者もいたが。

「それはもちろん、そうでございましょう」

 戸惑いは拭い去れないまでも、落ち着きは保った声でハンナが頷く。それを聞いてジークが眉ひとつ動かさぬのは見事というべきか。

「ふむ。もう少し直接的な物言いをした方がいいのか。だが……」

 ソールは首を少しも傾けることなく、目線だけで背後に立つヴォルガら従者を示した。それだけで意図するところをわからせることのできる表情の豊かさに、リクは素直に感心した。彼らに疑問を与えないような言葉選びでどれほどの直接的な説明が行えるか……、それは甚だ頼りないと言わざるを得ないだろう。

「縄は、わたくしがほどきました」

 何をどう言葉にしたらよいか全員が口ごもる中、殿下が静かにそう告げた。それはただ事実を口にしているにすぎぬ、という態度で、誰かを責めるような色は微塵も帯びていなかった。それでも、ジークは深く頭を下げた。

「分をわきまえぬ無礼をいたしましたこと、心よりお詫び申し上げます。いかなる処分も受ける所存にございます」

「よせよせ」

 ソールがひらひらと手を振る。その表情はいかにも嫌そうで、うんざりした気配すら見えた。

「罰するつもりなら昨日あの場でしている。そもそも縛れと言ったのは俺だろう。俺は、貴殿の考えにも一理あると思ったからあのような提案をしたのだ」

「は……、恐れ入りたてまつります……」

 こうしたやりとりを目の前にしつつ、リクは殿下の首筋を気にしないようにとつとめた。しかし、一度気がついてしまうと嫌でも目に入ってきてしまうというのは、いったいどうした人体の仕組みか。

「なあ、と、いうことはさあ」

 ニヤニヤしていたガイが、一同を見渡すようにして声を出す。何を言おうとしているのか見当がつかず、リクは眉を寄せた。が、ガイが言葉を継ごうとしたとき。

「おーい、旦那ァ!」

 遠く背後から呼び声が聞こえた。目を向ければ、男ばかりが三人、手を振りながらこちらへ近づいてくる。一様に擦り切れた外套姿で、裕福とは言えぬ身分の者らであることは明白だった。リクたちがひそかに警戒するのを、ソールが笑いながら制して立ち上がる。

「おう、どうした」

 彼らに親しげに近づいてゆくソールを、ジークとハンナがぎょっとしたように見やった。

「どうした、じゃないさね、ずいぶんご無沙汰じゃないか」

「仕方がないだろう、今回ばかりは抜け出すわけにもいかなかったのだ」

「へーえ? そりゃあまた急にお行儀よくなりなさったな」

「不良領主の名は返上なさったんで?」

 その会話ぶりは、とても領主と領民の間柄には思えぬ気安さだった。ソールの側近たるヴォルガが何も意見しないところを見ると、特異なことではないらしい。

「そういう問題ではない」

 ソールの口調が少し呆れたものとなった。

「俺は昨日、結婚したんだよ」

 その言葉とともにソールが振り返り、殿下はそれを受けてすらりと立ち上がった。

 男たちの視線は、たちまち吸い寄せられるように殿下へと注がれ、そして、動かなくなった。リクは、自分が殿下を初めて目にしたときを思い出し、まあそうなるよな、と内心で呟いた。

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