第11話 兄妹喧嘩

 ネイの冷ややかなまなざしを受けとめたリクがまずしたのは、ホウタツと顔を見合わせることであった。ホウタツは無言のまま、ゆるく首を横に振った。ネイからはまだ何も話を聞いていない、ということであろう。

「どうせ、今のうちに寝室近くの部屋へ忍び込んでおいて、様子をうかがうつもりだったんでしょ? まったく、やることが下品だわ」

 心底軽蔑する、という態度をあらわにし、ネイが吐き捨てる。吐き捨てられた言葉で頬を殴られたリクの腹に反射的に苛立ちが沸き起こったけれど、そこはぐっとこらえた。

「……一応、これだけは言わせてほしいんだけど、目的は殿下の身を守ることだからね?」

「そのくらいはわかってるわ」

 リクの弁明をネイはぴしゃりと打ち返した。

「愚かなる男どもが、こういう行動に出るだろうってことを、殿下は予想済みでいらっしゃるのよ。で、あたしはそれを阻止するよう命じられたの。……いいえ、命じられたんじゃないわね、お願いされたのよ。同じ女として」

「なるほど」

「理解した」

 あっさりと頷いたリクとホウタツを、ネイはいささか意外そうに見やった。

「そのくらいはわかってる、と言われたからにはあまり説明はいらないかもしれないけどさ、俺たちの目的は殿下の身を守ることだ。殿下自身が何か対策をしてて、俺たちの力はいらない、と言うならそれを否定する理由はないわけ」

「ふうん。まったくの愚か者ではなかったってことね」

「お前、俺のことなんだと思ってたんだ?」

 お互い、知り合ってからの時間はまだまだ短い。相手の性格や思考の傾向を把握できるほどの付き合い方はできていないのだ。

「なんだと思ってたかと言われると別に何とも思ってないけど、まあ、もうちょっとバカかな、くらいは」

「あのな」

「話が弾んでいるところ悪いが」

 軽口を叩き合っていたリクとネイの間にホウタツが割って入る。話が弾んでいたわけじゃないが、という言葉を飲み込んで、リクはそうだった、とホウタツに頷いて見せた。

「殿下が望まないなら俺たちは引く。だが、そちらの対策がどういうものなのかも聞いておきたい」

「対策、っていうか……」

 ホウタツの要求に対し、ネイは少し言いづらそうに目を伏せた。と、そこへもうひとり加わる。

「ガーネット、ジェイド、何をしている……」

 声を低めて近づいてきたのは、ジーク・サファイアである。

「……アメジスト?」

 ネイの姿に気がついて、ジークが顔を強張らせる。

「何をしている、はこちらのセリフです、お兄さま」

 ジークの背後から、さらにもうひとり。

「……ハンナ」

「オパールです」

 律義に訂正して、ハンナ・オパールがジークを睨んだ。全身から闘志がほとばしるのが見えるようだった。

「いったい何をなさろうとしているんですか」

「それは愚問だな、殿下の御身を守ろうとしているんだ」

「そう言えばすべて許されるとでも?」

「手段を選べないこともある」

「いいえ、選ぶべきです。少なくとも、殿下の尊厳を傷つけるような方法は選ぶべきじゃない」

「ではどうしろというんだ!」

 最初は声をひそめて行われていたはずの会話は、次第に声量を増し、ついには会話ではなくなった。

「え、どうすんのよこれ」

 ネイが小声でぼやいた。この展開は予想外だったのだろうか。

「どうするったって」

 リクは肩をすくめた。

「とりあえず見守るしかないんじゃない? 兄妹喧嘩に割り込んでいいことがあるとは思えないし」

「兄妹喧嘩か。なるほど」

 ホウタツが妙なところで感心したように頷き、リクは少し笑った。

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