第8話 儀式
エリザベータ皇女殿下……、いや、エリザベータ公妃殿下の姿を初めて目にした人々は、一様にその容姿端麗なことを褒めそやした。可憐だ、なんと麗しい、まるで輝くようだ……、そうした賞賛の言葉は、エリザベータ本人よりもむしろ、血縁者たるアレクサンドルに向けられた。来賓のひとりでもあるアレクサンドルは、自らも初めて目にした妹への賛辞をすべてにこやかに受けとめていた。
「まあ、要するに皆アレクサンドル殿下との繋がりを得たいのだろうよ」
とどこからともなく囁きが聞こえたが、その囁きの主もまた同じように考えているに違いなく、華やかな場に否応なく欲の色が流れているのを誰もが感じていた。いや、感じることすらやめている者の方が多いかもしれない。華やかな場というのは、そもそもそういうものだ、と慣れきっている者たちばかりの集まりであるから。
「これでリードラ公もおとなしくなさるとよいが」
「本当なのか? 下賤な者どもが集まる酒場に出入りされているというのは」
「さてね。たしかめる気にもならんが……、まあ、お生まれがお生まれだからな」
花嫁を褒める声が上がるいっぽう、花婿についての好意的な話は一向に聞こえなかった。この婚礼はリードラ公が功績を上げたことによるもののはずであるのに。
リクは華やかに着飾った人々に目を配りつつ、会場のすみを通って殿下のいる場所へ近づいていった。顔を伏せて通り過ぎる侍女の姿に、他の侍女たちは一瞬怪訝そうにするが、襟元につけられた小さな赤い石を目にすると納得したように頷いて放っておいてくれた。殿下の従者であるリクたちの行動について、ジークが周知のために手を回したらしい。
壇上でリードラ公と肩を並べ、穏やかに微笑む殿下はなんとも煌びやかだった。リクは、ともすれば見惚れてしまいそうになるのを制して、殿下のすぐ後ろに佇むハンナを見た。目線だけで頷き合う。今のところ特に問題は起きていないようだ。殿下は、目の前にやってきた来賓のひとりと言葉を交わしていたが、ふと目を上げて隣に立つリードラ公に微笑みかけた。その様子は、どこからどう見ても仲睦まじい夫婦で、リクは何が本当で何がまやかしかわからなくなりそうだった。
カーン、と澄んだ鐘の音が響くと、リードラ公と殿下の前から人が引き、会場のざわめきが少しずつ小さくなった。鐘がまた、三つ鳴って、人々が何か複雑な言葉を声を揃えて唱え始めた。祝福の詞、というらしい。リクには聞き覚えのない響きで、どういう意味のものなのかもさっぱりわからない。それが終わると今度は一斉に拍手が起こり、侍女たちが籠を手にして中のものをばらばらとまき散らす。どうやら、白い花弁のようだった。目の前の光景が、夢のように霞む。
一連の儀式が終わると、人々は食事の席が整えられた広間へと移動を始めた。リクもそれに続こうとして殿下をうかがうと、殿下の目の前には、ひときわ高貴な装いの背中があった。
「……?」
リクの脳内に、妙な緊張が走った。直感、というほど明確なものではないが、見過ごすことのできない感覚。
高貴な装いの人物は、殿下を伴ってどこかへ連れてゆこうとするようだった。ハンナが付き添おうとするも、制止を受けている。リードラ公は少し困惑した色をにじませつつも笑顔でそれを許した。そんなことができる者がいるのだとすればそれは。リクは、素早く身を翻した。ハンナからの合図を待つまでもない。
「なんだろうな、これ」
何を予感したのだろう、と考えている暇は、ないのだけれど。
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