第7話 夜明け前

 婚礼の儀に、リクたちは出席しないこととなった。なぜなら、「嫁入り道具」であるから。ひとりの人間として扱っていただく必要はありません、と述べたのはジーク・サファイアである。

「参列者として大勢の目にさらされるよりも、裏でこそこそ動けた方が都合がいいからです、っていうのが本音だよな」

 ガイがそう口にしたのを聞いて、ホウタツが頷き、ルカが苦笑している。三人とも、リードラの衛兵の制服を身に着けていた。まだ、夜明け前である。空が白み始めるのと同時に、婚礼の儀の準備が始まる。

「やっぱりオニキスは目立つなあ」

 給仕の制服を着たジークがうーん、と唸る。

「デカいからな、全体的に。ま、悪目立ちしないような立ち振る舞いには自信があるんでご心配なく」

 ガイはカラリとそう笑ってから、リクをちらりと見た。

「……なに?」

「いやー、似合うなあと思ってさ」

「そりゃどーも」

 侍女の恰好をさせられているリクは、もはや開き直って鼻を鳴らした。

「不平不満を言わないでくれるのは有難いが、もう少し所作には気をつけてくれよ、ガーネット」

 ジークに言われ、リクは大きく開ていた足を閉じた。慣れた、とまでは言えないが、リクが女性の恰好をするのはもう何度目かである。気をつけねばならない点は、だいたいわかってきている。

「まあ、侍女の恰好をしているからといって、ガーネットが殿下の傍に立つことはないと思っていい。来賓者から見ればどの侍女も同じだろうが、リードラの者たちにとっては我々のこの変装はほぼ無意味だから」

「つまり、来賓にも注意しなくちゃいけないのと同時に、リードラ側の者にも注意をしなくちゃいけないってことだよね? なかなかキツくない?」

「うん、正直、なかなかキツい」

 リクの質問に対し、ジークがあっさりと返す。ホウタツが表情を変えずに頷いた。

「基本的には目の前で起こったことに素早く対処できるようにする、という姿勢でいるしかないわけだな」

「そういうことになるな。誰が怪しいか、誰を警戒すべきか、という事前の対処は、ほとんどできないと思っていい。婚礼の儀においてもリードラの侍女を使わずにいる、なんてことは不可能だしな」

 これまでハンナとネイだけが殿下の傍にいる状況をつくりあげていたが、そうもいかなくなる、ということだ。

「まあ、楽観視するわけじゃないけど、俺たちが本当に警戒しなくちゃいけないのは、婚礼の儀じゃなくて、そのあとだし」

 ガイがにやりとするのを横目で睨みつつ、リクはそっと深呼吸をした。長い一日になりそうだ、と思う。と、すぐ隣で、ルカが細く息を吐いているのに気がついた。ただの緊張とは違う、何か哀切めいたものを感じて、リクは軽く目を見張る。

「リク、お前先に出て身を隠せるところ、探しておけ」

 ガイに肩をたたかれ、リクはルカに声をかける機会を逃した。だが、ガイの言う通り、気づかれぬように殿下の近くに立つことができる場を探しておいた方がいい。リクは軽く頷いて、一足先に「宝石箱」を出た。

 外はまだ暗かったが、真夜中のような深さはなく、なんとなく光の萌芽のようなものが肌に触れてくるような気がした。リクはその空気の中に身を溶かし込みつつ、ふと、空を見上げた。違う空が見たいと、そう思っていたことを思い出す。思い出す、というほど昔のことでもないのだけれど、己を取り巻く環境が怒涛のように変化し、その流れに押されていってしまったことはたしかだ。

「……星」

 空には雲がかかっているようだったけれど、その雲間から、小さな星が見えた。それはたぶん、リクの故郷でも見られる星だろう。けれど、リクにとってはまったく違うものに見えた。殿下もこの星を見ただろうか、とリクは少し考える。リクと同じように、違う空が見たいと語った、皇子殿下は。リクは少し考えて……、夜のおわりを駆けだした。それは直接、殿下に尋ねることにしよう、と決めた。

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