第4話 作戦会議

 リクたち「殿下の嫁入り道具」は、即日、宝石箱と名付けられた屋敷へ移った。ハンナとネイは相変わらず殿下の傍に控えているため、男のみの移動ではあったが。

「で? ここから殿下の部屋までの通路をつくるって? どうやって?」

 ガイが暖炉を覗き込みながら笑う。それぞれが少ない荷物を運びこんだのち、食堂のとなりに位置する、この暖炉のある部屋に全員が集まった。もともとは応接室として使われていた部屋であろう。

「さーて、どうやってやろうかなあ。シトリンなら何かいい方法を知っているんじゃ?」

 ジークに話を振られたルカ・シトリンは静かに首を横に振る。

「私にそんな知識や技能はありませんよ」

「……なんとなく、ルカは何でもできるような気がしていたけど」

 リクが小さく呟くと、ルカはまさか、と苦笑した。

「なんにせよ、婚礼までに間に合わせることは不可能なわけだから、通路をつくる以外の方法を考えなくてはならないな」

「ジーク・サファイア。ひとつ、尋ねたいのだが」

 思案顔のジークに、ホウタツ・ジェイドが声をかけた。小さく挙手をする姿が、武人然とした背格好に不似合いでなんとなくおかしみを感じさせる。

「婚礼までに、という点を重視しているのがよくわからない。儀式は、危険なものなのか?」

「うーん、儀式も大勢の目があるという意味で危険ではあるけど」

 婚礼の儀式は、他家から嫁ぐ花嫁が公妃としてリードラの地に骨をうずめることを誓うものだ。つまり、殿下にとっては皇族の位を捨ててリードラの人間になるための儀式である。それと同時に、花嫁のお披露目の場でもある。儀式のあとには宴席も用意され、場合によっては直接言葉を交わすことも可能だ。どこぞの貴族の娘であるならばいざ知らず、これまで、公の場には決して姿を現さなかった、それどころか同じ皇族同士でさえ顔を合わせることもなかった皇女を見ることのできるまたとない機会であるとして注目を集めることは必至であった。

「でも、大勢の目があるからこそ安全とも言えます。少なくとも、第四皇妃が殿下のお命を狙うことは、もうないでしょう」

 危険ではあるけど、の先を説明しようとしないジークの代わりに、ルカが言葉を継いだ。

「帝都を出発し、リードラを目指した途中で殿下と我々が襲撃を受けたのは、それが賊の仕業であると片付けることができる環境だったからです。ですが、多くの要人が集まる儀式や宴席の場で殿下が弑されるようなことになれば、大ごとという表現すら小さく見えるほどの大問題になります。徹底した犯人探しが行われるでしょうし、首謀者には厳罰が下るでしょう。そこまでの危険を冒すことは、かなり考えにくいことです」

「なるほど、よくわかった。では、なぜ婚礼の日にそこまでの警戒を?」

 ホウタツに再度問われ、ルカは困ったように眉を下げてジークを見た。その目は自分が説明してもいいのか、と語っていた。

「警戒しなくちゃいけないのは、儀式でも宴席でもなくそのあと、ってことだろ。初夜だよ」

 ジークが答えるよりも早く、ガイが口を開いた。呆れているようでもあり、おもしろがっているようでもあった。

「何を田舎娘みたいに恥じらってんだ? 結婚の日の夜にすることといえばひとつだろ。皇族も農民も変わらずにさ」

「恥じらいがなさすぎるのもどうかと思うけど?」

 リクが呆れて言えば、ガイはニヤリと笑った。

「悪いね、生まれも育ちも良くないもんだからさ」

「そんなの俺も同じだよ。まあ、でも、ガイの言うとおりなんだよね? 俺たちが警戒しなくちゃいけないのは、夜で、そんでもって、警戒しなくちゃいけない相手は、殿下を祝いに来る客じゃない」

 肩をすくめつつ、リクがジークとルカの顔を見比べるようにして言えば、ジークが一切の笑いを消して頷いた。ジークは別に恥じらっていたわけではない。一介の従者が、殿下の初夜について言及するのは、あまりにも不敬であると躊躇われたのである。その抵抗感は、皇族に近い位置にいた者ほど強くなるに違いなかった。

「そう。警戒すべきは、リードラ公……、ソール・サリードラ様だ」

 決して他人に肌身を晒すことのない皇女が、唯一、それを許すことになる相手。それが夫となる男である。言うまでもなく、性別の詐称は不可能だ。

「殿下は考えがある、と仰っていたけれど、何の対策もなく待機しているわけにはいかない。殿下のお考えを疑うわけではないが、万が一のことがあってはならないからな」

「しかし、ご夫婦の寝所には何人たりとも近づけぬのでは? ことに初夜ともなれば」

 ジークの真剣さにいささか戸惑ったようにしつつ、ルカが述べた。

「その通り。ご夫婦の寝所となる予定なのはこの部屋で、衛兵が立つのはこの位置」

 円卓にびらりと大きな紙を広げ、ジークが指で位置を示す。

「は? なんだこれ、本邸の図?」

「こんなものをどこで入手したんです?」

「いやこれ手書きじゃね?」

 要人の住まう建物の構造図など、そうそう手に入るものではない。リクたちが口々に困惑を呟くと、ジークは図から目を離さぬまま言った。

「俺とハンナがつくったんだ」

「うっそだろ」

「怖い兄妹だな、お前ら」

「ちなみにハンナ……じゃなかった、オパールとアメジストが控えている部屋はここだ」

 リクとガイのセリフを無視して、ジークはとん、と図を叩く。

「衛兵の立ち位置も控え部屋も、外部からの侵入を警戒するものであって、寝室内での危険は考えられていない。つまり、殿下とソール様の間で何が起きているかわからない。実はこれは俺にとっては予想外だったんだ。領主の寝所は皇帝陛下の寝所と同等とはいかないんだな。だから、作戦を立てる必要がある」

「……領主から、殿下を守る作戦を、ということか」

 事情を理解したらしいホウタツが図の方へ身を乗り出し、リクは「皇帝陛下の寝所は中の様子がわかるようになっているのか」と尋ねる機会を逃した。

「そう。誰がどの位置に忍ぶか考えないと」

「天井裏がどのようになっているのかは、わかるのですか?」

「おおよそは。ただ、実見はできていない」

「となると確実なのは隣室に入り込むことだけど……」

 ルカもリクも、気持ちを切り替えて作戦の相談に加わる。殿下の身を守らねばならないという点で、ジークに対する異論はない。

「……作戦、って要するに初夜の覗き作戦? ってえ!」

 小さく呟いたガイの足を、リクはとりあえず踏みつけておいた。

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