第3話恋する乙女の入学式

恋する乙女の入学式

 

周平視点


 基本、学校行事というものは大半が暇を持て余す苦行である。

 まず校長の式辞が長い、来賓の祝辞が長い。周りを見れば船を漕ぐ生徒が何人もいる。

すでに隣の友人は夢の中に旅立っていた。

 どうして先生や偉い人の話しは眠気を誘うのだろうか。意識しなければ瞼がどんどん落ちていく。


 このまま眠ればおそらく式が終わるまで気持ちよく眠れるだろう。そして誰かに起こされるに違いない。

 だが長い試験勉強をして合格して入れた学校だ。初日から寝てしまうのも面白くない。

 それに入学式は真面目にでると約束していることもあった。


「・・・です。最後に新入生の皆さん入学おめでとうございます」


 在校生代表の祝辞が終わる。

 次は新入生代表の挨拶だ


「新入生代表穂高湊」

「はい」


 何の気負いがない涼やかな声が体育館に響く。

先ほどまでは進行するたびにざわつきがあり、校長や在校生代表が演壇に立つまで収まらなかった。

それがたった一言で場を収め。立ち上がっただけで体育館の全ての視線を集めた。


 演壇に向けて歩いていく。ただそれだけの動きに人は魅了されていく。


 すらりと伸びたスタイルはモデルの様に思える。つややかな黒髪は短めに揃えられ、肌は初雪の様に白く、大きく美しい瞳、通った鼻筋、同性さえも魅了する唇はキリっと締まっている。


「新入生代表、穂高湊です」


 演壇に立った彼女は異性同性どちらもが認めるような美少女だった。


「祝うかのように外の桜は満開に咲いてくれている今日、私たちは入学します。本日はこのような盛大な式をしていただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」


 挨拶としてはありきたりなものだが、彼女が言葉にすると式に疲れていた人も元気を取り戻して彼女を見つめていた。


「いやー、ヤバいよなアレ。外見だけじゃなく、動きに声の抑揚に他にもいろいろと魅了する技術をフルで使ってるぞ」


 寝てた友人がいつの間にか起きて彼女が今やっていることを説明する。

 フラフラとしているが興味を持ったらいろんな技術を見てきた友人の目は確かだ。


「あれは絶対に何かやらかすつもりだろ」


 友人はそう言ったが体育館にいる人の殆どの視線をくぎ付けにした以外は普通の挨拶だった。


「以上を持ちまして新入生代表の挨拶とさせていただきます」


 最後に見事な礼をする。

 ボーとしていた進行役の先生がハッと意識を取り戻し挨拶の終了を告げようとした。


「待ってください」


 それを頭を上げた彼女が終了を告げるのを止めた。


「これから一緒に学ぶ者として一言、同級生の皆さんに応援の言葉を掛けたいのです。少しだけお時間をくださいませんか。どうかお願いします」


 そう言って今度は先生や来賓が着席するほうに一礼する。

頭を上げたときには無理なお願いをして申し訳ないと困った年相応の困った顔をしていた。


「あれも演技。完璧なところを見せて惹きつけた上で人間味を出して堕とす。交渉術とかのありきたりな技術だけど数分で大勢を虜にするなんて、もう魔法?」


 本当に有能な奴だなこの友人。

え、なに?ナンパで使ってみたが全滅?

本当にしょうがない奴だなこの馬鹿友人は。


 体育館のほぼ全ての人を味方につけた彼女に学校側どう応えるか。

 今の所は教師陣は揉めている。演壇に上がろうとしている背の高い男性教師を俺達の担任の女先生が身を挺して止めていた。

 男性教師の止めようとする行動は正しいのかもしれない。しかし今の周囲の気持ちを理解していなかった。

 男性教師に向けられている目が訴えているのは邪魔するなよだ。


 人は一度好意を向けたものに対してすぐにそれを否定されると不愉快な気持ちになるものだ。そして最大限にまで好意を集めている彼女を止めようとしている男性教師は今後の教師生活にまで支障が出るくらいヘイトを稼いでいるだろう。

 どういう風に見られているのか注意しなければならない職種なのにダメダメな教師だ。


 このままだと男性教師は演壇に上がって彼女を止めて、生徒とその親、下手すると来賓者もあわせてのひんしゅくを最大値で買うことになろうとしたとき、救世主が現れた。


 スッと腕を上に伸ばす校長。


『オオゥ』


 校長のその姿にどよめきが起こる。

 この場の責任者のトップである校長が自分の意見を発言するのに挙手する必要はないはずだ。

それなのに手を上げ司会者に許可を取る姿勢は人の関心を引きつけた。


 司会者の先生が慌てて校長を許可を出す。マイクを渡された校長は立ち上がった。


「君は自分が何をしているのかわかっているのかな」


 先ほどの眠くなる式辞とは違い威圧するような声だ。

 返答が間違っていたらそれなりの処分を下す、そう裏に意味が込められているのがわかる。


「はい。厳かに行われるべきの入学式に横紙破りをしました」


 自分の犯した罪に潰されたかのように彼女は両手を胸に当て目をつぶって苦しむ顔で下を向く。

その罪を告白する少女の姿に校長に流れてた人の関心が彼女に戻った。


「ですが!今この時しか同時にみんなへ言葉を届けること出来ません」


 頭を上げ校長の目を見て言葉を発する彼女は美しかった。


「それに校長先生が先ほどおっしゃられたじゃないですか」

「何のことかね?」

「君達には失敗を恐れずチャレンジしてほしい。出来る限りの手伝いと尻ぬぐいを、自分達教師がすると」


 最後はいたずらがばれた子供の様に彼女は微笑んだ。


 それを見た校長はぽかんとしたあと大きな声で笑う。


「いやいや、確かに私が言った言葉だ、つまらなくて眠たくなる話しをよく覚えていたね」

「記憶力は良い方なんです。校長先生のお話しはつまらなくありません。生徒愛に溢れていて素晴らしかったです」


 彼女の言葉にもう一度校長は大笑いした。


「いやこんなにうれしい誉め言葉は今までなかったよ。そうだねチャレンジしなさいと言って止めるのは野暮だね。十分あげよう、思う存分語りなさい。尻ぬぐいは私が責任をもってしますから」

「ありがとうございます」


 校長は座る。その顔は楽し気に笑っていた。


 そして十分間の自由を得た彼女は俺達新入生を見た。

 全員を魅了する顔でなく、しおらしくした美少女の表情ではない普通の女の子の笑みを彼女はしていた。


「さて、改めて自己紹介をしようか。私は穂高湊、今年の新入生代表です。高校入学おめでとう、はおかしいのかな?私も同じ新入生だしね」


 普通なはずなのに新入生は先ほどよりも魅了されている。


「さっき聞いてもらったように、私から同級生の君たちに高校三年間を無為に過ごさないよう、やる気の出る応援の言葉を掛けたいと思う」


 あ、やばい彼女はやらかす気だ。


「まず私が新入生代表の選ばれたのは入試と内申点で優秀な成績を取ったおかげだ。自己採点でもほぼ満点だったから間違いはないと思う」


 館内が一気に戸惑いでざわつく。


「同じ中学の子達は知っていると思うが、私は成績優秀にスポーツ万能、品行方正で通っている。あと家は結構なお金持ちでもある」


 戸惑いは嫉妬にまみれた殺意に変わった。


「でもね」


 普通なら怖気づく状況なのに彼女は恐れていなかった。


「必死に勉強しないと成績優秀にはならなかった。もの凄く練習したおかげでスポーツ万能になった。常に意識したおかげで品行方正と呼ばれるようになった。その為には努力し続けないといけなかった。あ、家がお金持ちなのは両親が頑張ってくれたおかげだね、いつもあなたの娘は感謝しています」


 保護者席から笑いが起きた。

 そのおかげで生徒の殺意も少しだけ削がれた。


「家の事だけは別として、努力した結果が今の私です。ではどうして努力したのでしょう?はいそこの君、答えて」

「え、俺!?」


 演壇に一番近いところいた男子生徒が指名された。


「えーと努力する才能があったとか?」


 困りながらもちゃんと答える男子生徒。


「努力する才能か。最近になってよく聞くけど私の考えは違うかな。努力に才能という言葉はない、才能のために頑張る行為が努力だと思っている。手段が努力で目的が才能、手段が才能というのは結構おかしなことだよね。ああ、これは言われるまで考えなかった。国語担当の先生はいますか!その内に間違って使用している日本語のことでお話ししましょう」


 急に話を振られた年配の国語教師らしき人はわたしぃ!?な感じで自分を指差し首が落ちそうな勢いで頷いている。


「ありがとう、君が良い答えを言ってくれたから先生と話し合うきっかけが作れたよ」


 強引に男子生徒への対応を終わらせた。

 たぶん予定とは違う答えがきて内心は困ったのだろう。時間も少ないしな。

 男子生徒も女子に感謝されて満更でもなかっただろう。


「では努力を維持し続けるには何が必要か?それはモチベーションです」


 人任せにすると時間が足らなくなると考えて自分で答えを言いやがった。

 まあいくら優秀でも入りたてほやほやの高校生、そこまでは完璧にはいかなかったか。


「訳せばやる気や意欲、動機ですね。それなら新入生代表になる努力のやる気とはいったい何だと思いますか?」


 俺の周囲がざわざわする。

 やっぱり自分が優秀を示すためか。バカ、恋よ恋!とか聞こえてくる。


「おーい引き籠ってないで見てやれよ。たぶん面白いことになるぞ」

「うるさい」


 隣の馬鹿が笑いを噛み殺しなら言ってくる。


 今の俺は顔を両手で隠し、背中を丸めてなにも見ないようにしている。

 流石にわかるさ彼女、湊が次に何を言うのかぐらい。だって・・・


「それは愛する彼氏の存在です」


 こうみえても穂高湊の彼氏なんだから。


『キャアァァァア!』


 一瞬の沈黙の後、今日一番の大歓声が上がった。

 主に聞こえてくるのは女子の声だ。やはり女性に恋愛は大好物なのだろう。


「彼のために、彼の傍に居続けるために、愛する彼のために私は努力して今の私が出来上がりました」


 愛が重いです湊さん。


「大切な何かのために努力する。それを皆さんには知ってほしかった。どうか三年間の高校生活の中で恋でも物でも目的でもなんでもいいから努力するための何かを見つけてください。そうすれば私の様に幸せな青春を送れるかもしれませんよ」


 どうやら応援と称した公開告白(処刑)は終了したようだ。


 女子の歓声が凄いことになっている。男子の方は彼氏(殺害対象)を探しているみたいだ。


「あ、最後に彼と私は清い交際を成人するまですることになっているので」


 もう止めて俺のHPはゼロなの。


「私は処女です」


 この時の大歓声に体育館の窓、数枚にヒビが入ったと後で知った。


 HPがマイナス域に達したので少し失神するがその前に言っておくことが。


俺、時東周平は優秀で問題児の穂高湊と交際しています。ガクッ


 


 


(復活後の教室に向かう途中)

「あの後どうなった・・・?」

「先生数名と穂高ママに両脇を抱えられて満面の笑みで強制退場した。穂高コールが凄かったな」

「・・・」

「校長は大爆笑してたぞ。大物だよな」

「頼む・・・俺を殺してくれ」


※筆者「どうしても矛盾が生じるので、プロローグというかエンディングの副会長は二年生のときに転校してきたことになっています。流石にこれを見てやらかす度胸は副会長にはありません」

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