4.

 スーパーで、水無月が豚肉とにんじんと玉ねぎとじゃがいもを買っていく。蓮はただそれについて歩くだけだった。

 目を細めながら、スーパーを歩き、水無月はどこか楽しそうだった。

 水無月の一人暮らしのアパートは、男子高校生が二人で作業するにはかなり狭かったが、何とか動き回った。

「じゃがいもの皮むきと芽を取るのは頼む」

「了解」

 カレーを作ると言い出したのは水無月だった。

「一人だとカレーとか鍋ってやらねえんだよ。カレーは一人分ならレトルトでもいいやってなるし、鍋はそもそも一人用の鍋があまりない」

「そういうもんなんだ」

「そういや、聞いてないけど、蓮は何で俺を描きたいわけ? 蓮って友達多いし、モデルやってくれる人、一人くらいいるだろ」

 友達はたしかにいる。でも、それは兄がいることも教えないような関係性の友達だ。そんな人間をモデルにしたら、自分が相手を軽んじていることも、絵によって暴かれる。そのことを、蓮は恐れていた。

「お情けでモデルやってもらっても、それなりだろ。そうじゃなくて、オレはオレが美しいと思った人を描きたいんだ。水無月のことを、オレは美しいって思った。だからモデルになってほしい」

「へえ? それで、俺は何番目の候補なんだ?」

 意地悪に笑んで、水無月が疑問を投げかけてくる。カレーはもうすぐ出来上がろうとしていた。

「何番目も何も、候補は水無月一人だけど」

「は? ばかかおまえ。俺はほぼ断っただろ。それで誰にも声かけてないって、秋のコンクール捨ててんのか」

 罵倒されて、蓮は気づいた。コンクール。そういやコンクールに出すんだったか。

「いや、正直コンクールとか賞とかそういうことじゃないんだわ。だって、オレ美大志望とかじゃないし。好きで描いてるから、好きなように描ければそれでいい。だから、コンクールよりもさ、好きなものを描けるかどうかの方が大事なんだよ」

 美術部には美大志望がいた気がするけど、まあ、それはいい。蓮は好きだから描いている。そこに、上手いとか下手とかそういう評価がつくようになっただけのことだ。もちろん、技術の向上は目指すが、何を描くかは蓮が決めたかった。

「ふうん。で、その好きなものが俺……」

 水無月は、そこまで言ってすぐに逆を向いた。

「あくまで絵に描きたいって意味の、好きだから、別に、あれじゃなくて……」

 恋愛と、言葉にしてしまえば、それは形を持ってしまう。だから、蓮は何とは言わなかった。言えなかった。兄が気にかけていた、おそらく過去に何かあった少年に、踏みこむ勇気も、蓮にはなかった。

「いや、数日しかろくに交流してないんだから、そうなるだろ」

 しばらく考えて、水無月が言う。

「容姿だけじゃなくて、中身も含めて描きたい、か。考えてみれば、ここ数日、熱烈に告白されてるようなもんだな」

 カレーを盛り付ける皿を出しながら、水無月は平然としていた。

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