5.

「水無月、さ、オレの絵のモデルしてくんない?」

 実を言えば、水無月を名前で呼ぶのも、これが初めてなのに、勢いで絵のモデルを頼んでしまった。

「断る」

 迷うことなく、即座に断って、水無月は麦茶のおかわりを注いでいた。白い手が麦茶のボトルを持っているだけのその様子すらも、美しい。

 蓮はあることに気づいた。刑事である柊が気にかけていたなら、犯罪に関わっている可能性がある。展覧会に絵が展示されたら、水無月の身に危険が及ぶのではないか。そう思って、蓮はぞっとした。

「ごめん! 水無月、オレ、おまえが絵に描かれたらまずいことになるかもなんて、想像してなかった!」

 麦茶を飲んでいた水無月が、意表を突かれたと顔に示して、それから、笑い出した。

「ははっ、おまえ、やっぱり、霧野さんの弟だな。まっすぐで、他人思い」

 水無月の笑ったところなんて、初めて見た。教室でも綺麗な顔に表すのは、不快感か無だったからだ。水無月は頭髪検査にひっかからない程度すれすれを攻めた長さの髪を邪魔そうに払って、真実を一つ、教えてくれた。

「俺は、自分の顔が大っ嫌いなだけ。別に展覧会に飾られたからって誰かに追われるとか、そんなんねえよ」

 吐き捨てるように言って、水無月は腕を組んだ。

 自分の顔が大嫌い? こんなに綺麗なのに。

 蓮は自分の容姿をよくも悪くも普通だと思っている。水無月くらい整っていたら、と思うこともないわけではない。

「でも、助けられたし、ただ却下ってのも悪い気がすんな」

「じゃあ……!」

「引き受けねえよ。その程度の気持ちの被写体だかモデルなんて、ろくなもんじゃねえだろ」

「それもそうか。じゃあ、水無月をやる気にしたら、引き受けてくれんのか?」

 活路を見出そうとする蓮を、鼻で笑って、水無月は告げた。

「俺がこの容姿を好きだって思う……のは無理だから、嫌いではない、くらいまで思えたら、やるってのはどうだ」

 こんな綺麗な顔、嫌いじゃなくなるなんてすぐじゃないのか、と蓮は思ったが、口に出さずにおいた。

「男に二言はないんだろうな」

「ねえよ。そのときはヌードでも何でもやってやるよ」

 どうせできないだろうと見下されているのがよくわかる。蓮は絶対に水無月をモデルにすると決めた。

「いや、イメージ月光の下の美少年だから、服は着てるけど」

「ふうん。それにしても、展覧会だかに出ること想定なんて、おまえ、絵に自信あるんだな」

「それなりに実績あるからな。でも、いつだって真剣勝負だよ」

 ブルーをメインにした絵が多いよねという指摘も、頭から吹っ飛んでいた。本物の、ブルーサファイアを見つけたのだ。これを描かずして、どうする。描かないわけにはいかないと思ったのだ。

「とりあえず、明日から一緒に弁当食おうぜ」

「……好きにすれば」

 水無月は、蓮から顔を背けて、麦茶をもう一度飲み干した。

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