第6話 飛んで君津
そして電車は、五井駅、姉ヶ崎駅と、市原市に入っても、特に風景に変化なし。ただ、ずっと住宅街と工場が続く。
海は近くてもひたすら工場ばかりなので、神奈川湘南のようなムードは全くない。おしゃれなお店も、観光客の姿も全くなく、田園の落ち着きとかもなく、侘び寂びとは無縁。田舎でも都会でもない、特徴のない町、これがディープサウス千葉だ。ここではどんな人が、どんな生活してるのか全く思いつかない。
姉ヶ崎を出発すると、左側には畑と田んぼと、なぜか草ボーボーの空き地が増え始める。右側にはまた大きな工場が現れ、白と赤の煙突がマジで赤い炎をあげている。
やっぱり、一時のノリでくるところじゃなかった。
晶子の朝の弾んだ気持ちは駄々崩れになってきた。せっかくの土曜の休みに、なんでおじさん警官と工場地帯を走る電車に向かい合わせに乗っているのか。
「市原は、ヨネスケの出身地だな」
舟橋はそんな意味不明の情報をつぶやくと、腕を組んで目を閉じた。車内で、あらかじめ事件捜査の打合せでもするのかと思っていたが、完全寝る気だ。邪魔してやろうかとも思ったが、他にも車内では半分くらいの乗客が既に寝ていた。この電車には催眠効果でもあるのか、ポカポカとした昼の日差しに晶子も眠くなってきた。
鴇田への思いも、「例えアイコンが本人の写真だとして、多分学生時代の奇跡の一枚に違いない。実際現れたら太って禿げたパチンコ屋の前に並んでいそうな、ただのおじさんだった」というオチになりそうな気がしてきた。イケメンは無自覚であるほど尊いのだが、無自覚であるが故に劣化も早い。そうだ、現実とは、そういうもんだ。
この後、君津について事件現場ちょっと見たら、適当なこと言って、後は舟橋に海鮮丼でもおごってももらって、お土産でも買って帰ろう。
そんなことを晶子は考えながら車窓をボーッと眺め続けた。
だらだらと直線でカーブもなく線路が続き、風景に変化もなく温かい日差しが降り注ぐ、眠くなるものわかる。舟橋はグラグラと完全に船を漕いでいる。ひどい前傾姿勢、ここまで前ノメリになれるものか?
千葉は平坦すぎる。田舎なのに山らしい山がない。海は近いのに、東京湾に面した内房は埋め立てられて工場地帯になっている。自慢するものが少ない、ごくごくたまに「王様のブランチ」に取り上げられることがあっても、鴨川のシャチが暴れる水族館か、館山の菜の花畑ぐらいで、行きたくなる感が薄い。
外を見ながらだんだんと晶子は無常の境地になって来た。そんな時、車窓の向こうに見える建物の数が急に増えた。
「んっ、木更津か」
舟橋が目を覚ました。
そうか、木更津についたのか。昔のドラマ『木更津キャッツアイ』でお馴染みの町。
「乗り換えだな」と舟橋は急に立ち上がった。
電車の行き先を確かめなかったが、木更津終点の電車だったのか。
ホームに降りて掲示板を見上げると、君津方面の電車は『乗り換え待ち時間二十分』と出ている。
ちょっと待て、たった一駅なのに乗り換え待ちが二十分! だからさっき舟橋は、一時間三〇分もかかるとか言ってたのか。
「舟橋さん時間無駄なので、タクシーとかバスとかないんですか?」
「二十分なんてすぐだよ。久留里線なんて一時間に一本だぞ。もう切符買っちゃってるし、鴇田にも到着時間は伝えてあるから。ちょっとぐらいの待ち時間は気にすんなよ」
睡眠たっぷりで舟橋は元気だ。
まぁ迎えに来てくれるなら急いでもしょうがないな。でも、こういう無駄な時間を持て余すのが晶子は昔から好きじゃない。ホームに居てもしょうがない、観光地なわけだから駅構内に何かないか、と階段を上がったが小さいコンビニが一件あるだけだった。店内には特に珍しいものはなく、千葉県ならどこでも売ってる『ぬれ煎餅』と『ピーナツ最中』を最前線に押し出していた。
収穫なくホームに戻ると、ベンチに座っていた舟橋が「だから俺みたいに弁当買って正解だろ」とつぶやいた。
正解って何の正解だよ。
ネットニュースをスマホで見ながら時間を潰していると、ようやく乗り換えの電車が入ってきた。車内には結構客が乗っていて、座席もほぼ埋まっている。さっきの電車はガラガラだったのに、なぜ混んでる。疲れてきたのに車内で立つのは最悪だな。
それより、
「舟橋さん、この電車千葉から来たんではないですか?」
「あぁそうかもな」と、事も無げな舟橋。
おい、じゃあ最初から千葉駅で君津行きに乘れば良かったんじゃないか!
混み合った車内にいるのは、意外にも大半が二〇代ぐらいの男性だった。
「この人たち、どこいくんですかね」
「さぁ知らん。でもこの辺、最近人口増えてるんだよ。車だとこの辺便利なんだよ。空いてたらアクアラインで東京まで四〇分だ」
「千葉市行くのとかわらないじゃないですか」
これじゃ、ますます県庁所在地の千葉市で過疎化が進むわけだ。
ドア際に立って外を見ていると、電車は急に山間に入った。トンネルを抜けて、建物増えてきた、ちょっと都会に近づいたような気がしたら、もう君津だった。
電車はもっと南まで行くはずだが、君津駅で乗客の大半が降りた。この人たち、どこかで音楽フェスでもあるんではなかろうか、と晶子は想像した。
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