第5話 万葉軒のとんかつ弁当一択

 君津で変死体が見つかった日から、三日たった週末の土曜日。

 所轄署の鴇田と会うことになった。その目的は、第一発見でありながら捜査を外された鴇田巡査の名誉回復という、フワフワしたものだった。

 舟橋から説明を聞いた時は、ワクワクと勢い込んで再捜査を主張した晶子だったが、家に帰って冷静になると、「もう一度、関係者にちょっとだけ話を聞いたとしても、所轄署の調べ以上に、何か新しい発見が出る可能性は低い」と思い始めた。

 でも、晶子にとって一番大事なことは、アイコンで見た、現在絶賛独身中の超絶爽やかイケメン・鴇田が、実際のところ世の中に存在するのかどうか? を確かめられればいい。

 どうせヒマだし、鴇田が写真と全然違っても、適当に観光して帰りにお土産を舟橋に買わせれば、それなりに意味のある一日になると打算した。


 そんな邪念をまとって晶子は、待ち合わせ場所のJR千葉駅中央改札口付近に来た。

 時間はちょうど午前十一時。

 舟橋からは、待ち合わせの場所と時間を指定されただけだ。捜査にしてはちょっと遅くないかい? と思いながら、こういうシチュエーションでの舟橋登場パターンを考えつつ、付近をきょろきょろと見回した。すると、

 「おーいこっち! 」と声がする。改札の中で舟橋が手を振っている。

 なんで先に中にいる。晶子はパスモで改札をくぐった。

「ちょうどよかったよ、今電車が入って来たとこ、急いで」

 先を急ぐ舟橋を追いかけて内房線と表示されたホームに降りると、そこには黄色と青色帯の各駅停車が停まっていた。「特急の指定席に乗る」と思っていたが、来ている電車に跳び乗るという、行き当たりばったりプランだった。

 列車後方の車内に乗り込むと、対面シートがある本気のローカル線だった。車内は学生がチラホラいるが、東京方面行きと比べて格段に空いている。

 急いで乗ったわりには、電車はなかなか出発しない。

「出発まで、十分弱あるな、ちょっとお弁当買ってくるけど、市川は何がいい?」

 舟橋は呑気な事を言い出した。

「でも、そんなに時間かかります? 君津って木更津のちょっと先ですよね」

 千葉に住んでいても、千葉駅より東や南に行く内房線や外房線に乗ることはあまりない。スマホで確認すると、君津までは駅は八つ。それなら、三十分位で到着じゃないかと思っていた。

「あぁそうだけど、乗り換えとか含めると一時間半くらいかかるぞ」

「えっ、何でそんなに」

 予想外すぎる。今度はスマホのマップで確認した。

「たまには電車の旅も素敵だぞ。ちょっと待ってて」舟橋は本当に買いに出た。

 時間大丈夫なのか、それより車内でお弁当を食べていいのか。

 出発時間を気にしながら車内の様子を見ていると、土曜の授業終わりの高校生が結構乗ってくる。日に焼けて、いかにも部活やっていそうな男子高校生達を見ると、ついついこれから会う鴇田のことを思ってしまう。

 晶子がニヤケそうになっていると、レジ袋片手に舟橋が戻って来た。

「間に合った。市川にもお茶買ってきてやったからね」

 買い物が上手くいって舟橋は満足そうだ。

「何のお弁当を買って来たんですか?」

 千葉駅でお弁当なんて買ったことないので、ちょっと気になった。

「とんかつ弁当」

「えっ、ヘビーですね」

「これで五五〇円! 安くない?」

「安っ」

 今時、コンビニ弁当でも六〇〇円位するのに、駅弁で、トンカツで、なぜそんなに安い。

「だろ、駅弁は昔から万葉軒のとんかつ弁当一択ね」

 舟橋は袋からのんきな豚が書かれた弁当を取り出した。

「まだ、食べないで下さいね」

 出発前に食べ出しそうな舟橋に「待て」をしつけた。


 電車は千葉駅を出発すると、駅前のソゴー色した巨大建造物を抜け、毎日見慣れた千葉県庁、県警本部の脇を通り抜けていく。

 「……当車両は全車両禁煙になっております」

 ローカル線らしい、ちょっと聞かない車内アナウンスが流れた。ソース色した薄いトンカツの駅弁を食べ始めた舟橋を、出来るだけ見ないように、晶子は窓外をぼんやりと眺めた。

 隣の蘇我駅を過ぎると進行方向右側には、さっそく千葉湾岸名物の工場地帯が見え始めた。蘇我は、前の事件で行ったディスティニーランドを通る京葉線の終点駅だが、駅前には不動産屋と居酒屋チェーンが一軒あるだけだ。

 終電で寝てしまって、この駅で起きたら地獄だなぁ。

 海が近いはずだが全く見えない、くすんだ色の工場建造物ばかりで気持ちがどんよりとしてきた。電車は降りたことのない「浜野」や「八幡宿」という駅をつぎつぎと過ぎる。

 その間も風景は変わり映えなく、右側には工業地帯の煙突、左側は高圧電線と家と畑がダラーッと続く。田舎というほど田舎になり切れず、山も見えず、だいたいどの駅も同じ風景。


 空は明るいのだが、だんだんと気持ちは暗くなり始めた。やましい心で軽はずみに来たこと、晶子はちょっと後悔しはじめた。

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