人魚の楽園

まこちー

東の果て

なぁお前、知ってるか?

この大陸の東の果てには

人魚の楽園があるんだぜ。


「シェイ!起きろって」

朝の恒例行事。シェイを起こすこと。

「朝だぜ!西に行こう」

オレはシェイの家のドアを何度も叩く。起きる気配はなし。いつものことだ。

「入るぜー」

シェイはいつも鍵をかけない。不用心なドアを開けると、玄関の前でうつ伏せに倒れている男を見つけた。短い紺色の髪、水色の鱗。この男がシェイだ。今日も玄関を出る直前に二度寝をしてしまったようだ。

「シェイ、人間見に行こう」

顔の近くで言うと、シェイが目を開けた。

「……拒否。おれ……行く……必要……ない」

「そう言わずによォ〜。今日は絶対来るぜ!そういう占いだったからな!」

「お前……占い……当たらない」

「そんなこと言うなって!ロマンだろロマン!」

オレは人魚街で占い師をしている。まだ知名度が低いのでたまにギャンブルで稼いでいるが。

「人間……来るな……面倒……」

「嘘つけ!来たら一番嬉しそうにする癖によ!」

「……」

シェイの頬が一瞬緩む。オレは男の脇の下に腕を突っ込んで、無理やり立たせた。

「よしよし、行くぞ!この間怪我したヒレは大丈夫か?」

「問題……無い。……切っただけ。……ラルフ」

「なんだよ」

「人間……面倒……」

あぁもうコイツは!往生際の悪い!

「西に人間見に行くなら二人で行くって決まり作ったのお前の親父だろ!ごちゃごちゃ言ってねーで行くぞ!」

オレはシェイの尾ヒレを引っ張って引きずるように外に連れて行った。


人魚の楽園にはたまに人間が流れてくる。

ここは特殊な土地で、出るのは簡単でも入るのは難しい。だから来る人間も少ないのだ。

オレは人間を見るのが好きだった。百年も生きられない、魔力も使えない種族。珍しい存在だ。

諸島。人間が泳いでくるのはもちろん、船を使ってくるのも大変な場所だ。それでも毎月何人かはここに上陸するのだから、人間は面白い。

オレたち二人は西の海岸に向かう。人間たちが流れ着く場所だ。

「……人間、いない」

「今から来るんだよ!」

シェイを岩場に座らせて、その隣にオレも座る。二人で来たのには理由がある。一人で人間に会うのは危険なのだ。人間は人魚を見て攻撃してきたり、連れ去って売ろうとするから。

「眠い……睡眠、必要……」

「来たばかりじゃねぇか!」

シェイはこんな態度だが、オレたちは何度か人間と会ったことがある。オレの占いは当たるんだ。

「ラルフ……枕……」

「ん」

ピンク色の鱗が生えた下半身を向けてやる。ヌメっているが、シェイはそんなことお構いなしに頭を乗せて目を閉じた。

「なまぐさい……」

「うるせぇな!魚なんだから仕方ねーだろ!お前の下半身だってくせぇよ!」

においには文句を言うらしい。



一時間ほど経っただろうか。波の様子が変わった。

「人間……来る……」

パチリと目を開けて起き上がり、西を指差す。やっぱ楽しみなんじゃねぇか。

髪の短い人間二人が瀕死の状態で海岸に打ち上げられた。オレたちは顔を見合わせて宙を泳ぐ。

「どっちが先に人間を起こせるか勝負だぜ!」

「負けない……」

金髪と銀髪。どちらもオスだ。近づいて呼吸を確認する。よし、まだギリギリ生きてる。オレは口角を上げて、人間の近くの岩場に座る。シェイはどこに行ったんだ。まぁいい。オレが勝つんだからな。

「そこの人間たち!人魚の楽園にようこそ!!!」

銀髪の方が少し動いてゆっくりと目を開けた。良い感じだ。

「ま、まさか……人魚……!?」

掠れた声で言う。くぅーっ!この注目の瞬間がいつも楽しいぜ!

「そうだ。歓迎するぜ?」

ウィンクする。と、そのとき、人間の後ろから小さな波が押し寄せた。

「うわぁ!?」

波はすぐに引く。海から顔を出しているのは青い鱗の人魚。おいおい、シェイ……何やってるんだよ。

「シェイ、人間をころす気か?」

「否定。人間……起こす……目的」

銀髪の隣にいた金髪の男が起き上がった。たしかに起きたけどよ、危ねぇぜ。

「人魚だ!本物の人魚がいたんだ!」

人間の二人が顔を見合わせて笑う。オレが一人、シェイが一人起こした。勝負は引き分けだが、人間のその笑顔が見れたから悔しさは飛んでいっちまった。



人間が来たことをオレの親父とシェイの親父に伝える。こういうときはすぐに大人に伝えることになっている。二人の人間は王宮に招かれた。人魚の楽園はこの大陸の東の国フートテチに属してはいるが民族として独立している。王宮は認められている。

二人の人間は人魚たちに歓迎された。たくさんの料理、美しい人魚たちの踊り。これも恒例になっている。千年前から変わらない。ここに辿り着いた人間をもてなす。人魚たちは人間を祝福する。人間が来た日は俺たちも楽しいもんだ。美味しい料理がたくさん食べられるからな。この日だけは誰でも勝手に王宮に出入りできる。

「シェイ、もう食わねェの?」

「食欲、満たす……完了」

「そうかよ。じゃあオレが貰うわ。そっちのワカメサラダくれ」

「拒否。……俺、ワカメ……食べる」

「ワカメ以外残すのかよ」

シェイが頷く。オレはまだ食い足りなかったのでサラダとドレッシング、イカの刺身を取りに皿を持って席を立った。

「おい、ピンク髪の兄ちゃん!」

朝見つけた銀髪の人間がオレに向かって手を振っている。皿を机に置いて宙を泳ぐ。

「すげぇな。本当に人魚だよ」

隣には金髪の人間がいた。

「ここは本当に人魚の楽園だ!しばらく滞在してもいいか?」

「もちろんだぜ。宿も用意する。人間用のでかいベッドで寝るといいぜ」

オレが言うと、二人がハイタッチした。喜んでもらえて良かった。

金髪の方がおもむろに口を開く。

「な、なぁ。人魚の兄ちゃん、俺たち二つ頼みたいことがあるんだが」

「ん?何だ?」

「一つは……その鱗を一枚くれないか?古くなったものでもいい。ピンク色で光っていて、綺麗だからさ」

「俺のでいいのかよ。美人な女の人魚にだってピンクの鱗はあるぜ?」

「い、いや。命の恩人のをもらいたいんだ。宝物にしたい」

「そうか。……はい」

俺は尾ヒレに一番近い部分の新しい鱗を剥がして男に渡した。古いものではなかったから痛かったし血が出たが問題はない。

「そんな綺麗な鱗でいいのか!?ってか、血が出てる!」

「大丈夫だぜ!よくひっかかって剥がれるしな。またすぐに生えてくるぜ」

「あ、ありがとう……」

人間がそれを大切そうに握る。我ながら美しい鱗だと思った。

さて、

「もう一つの願いってのは?」

俺が聞くと、二人は突然興奮して話し始めた。

「ここに『人間が魔族になれる薬』ってのがあるらしいな!」

「俺たちはそれが欲しくてここまで来たんだ!」

「おお、そうか!あるぜー!」

満面の笑みで答える。ブイサインまでつけてやると、二人の人間は手を叩いて喜んだ。

「やった!ついに見つけたぞ!」

「あぁ!俺たち魔族になれるんだ!」

「ははは、お前らもそうだったのか。ここに来る人間はほとんど全員がその薬を欲しがるんだぜ」

「玉薬、用意……進行……」

俺の後ろから聞きなれた声。シェイだ。いつの間にいたんだよ。

「青の鱗の兄ちゃん、話が早くて助かるな!」

「あ、でも。寿命を差し出さなきゃいけないとか、あったりして……」

「こ、怖いこと言うなよ!」

そんなわけあるか。

「そんなわけあるかよ。大丈夫だ。寿命なんて取らねぇから!」

明るく言って、二人の人間に笑顔を見せる。二人は胸を撫で下ろした。

「明日まで、用意、完了。……目指す」

「おお頼むぜ、シェイ!」



人間が満腹になって眠った。良かった。満足してもらえたようだ。俺も寝よう。今日は人間が来たから朝の仕事のために王宮の中で眠れる。豪華な部屋の貝のベッドに横になる。シェイは一足先に隣のベッドでヒレを伸ばして横になっていた。

「なぁ、シェイ。起きてるか?」

「ん」

「人間、幸せだったかな」

「肯定。幸せ、顔、見た」

喋るスピードが速い。こういうときのシェイには確信の気持ちがある。

「ははは、良かったな」

「……」

シェイが頷いて、すぐに寝息を立てた。



人間が来た翌日の朝は早い。シェイが夕方のうちに用意していた玉薬を二つ持ってオレの枕元に無言で立っていた。起きたときに真上に真顔のシェイがいたから叫び声を上げちまった。

「起こしてくれよ……」

「殴る、良い……か?」

「ダメだ!!!優しく起こせ!!!……とにかく行くぞ!遅れるわけにはいかねェ!」

顔を洗って着替えて鱗と尾ヒレにオイルを塗り合う。海に浸からない日はこの海水成分が入ったオイルを塗らないと鱗が汚くなるからな。

「準備、完了。俺、行く」

「やっぱ人間と会うときテンション高いよなお前」

「そう……か?」

「うん」

苦笑すると、シェイがほんの少しだけ目を細めた。

「笑い」

「……下手だなー……」

「笑い……つもり……」

「無理すんなって。あ、時間ヤベェ。行くぜ!」

人間たちにとっておきのプレゼントをあげなきゃだ。

海岸で人間たちを見つけた。他の人魚たちがここに連れて来たらしい。

「オイル塗らなくても良かったかもな。王宮で渡す予定だったから塗っちまったが」

「場所、どうでも、いい」

「だなー。ま、渡せれば関係ねェか」

二人の人間がこちらに手を振っている。シェイがすごい速さで宙を泳いだ。オレも負けじと泳ぐ。

「兄ちゃんたち、薬持ってきてくれたんだな!」

「念願だ!子どもの頃から魔族になりたかったんだ!俺は龍族がいいなー!でっかくてかっこいいし!」

「言っておくが、ランダムだぜ。人魚族になる可能性もある」

「分かってるよ、願掛けだよ願掛け」

そんなことまで知ってるのかよ。

「薬、渡す。……飲め」

シェイが人間に薬を渡す。横顔。口角が上がっている。

「ありがとう!」

二人は頭を下げ、同時に飲み込んだ。

「っ……?」

「気分はどうだ?」

「なんか、あんまり変わらないな。味もしなかったし……ひ、ひぃっ!?」

「うわぁ!?なんだこれ!」

二人の声が変わった。声だけではない。頭が、体が、音を立てて崩れていく。体の穴から真っ黒な液体が流れて、崩れていく。

「ふっ……」

あのシェイが、口角を上げて笑っている。この光景は何度も見ているはずなのに、この男の目には毎回興味深く映るのだろう。

「人間、いない、なった……」

「あぁ」

液体もあっという間に蒸発して消えた。シェイもいつもの無表情になっている。周りの人魚たちは「終わった終わった」「あー、良かった」と話しながら散り散りに帰って行く。

「……面倒」

「本当にそう思ってるのかよ?オレには楽しくやってるように見えたぜー?」

「……」

シェイは一人でブツブツと呪文のように独り言を呟きながら去ってしまった。



この大陸の東の果て。人魚の国に行ったのならば……。

決して『魔族になりたい』なんて言ってはいけないぜ?

そりゃあ、魔族ってのは強くてかっこいい。憧れる人間は多いだろう。だが、人魚たちにだって許せないと思うことはある。

……世の中には知らなくていいこともあるってことだ。

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人魚の楽園 まこちー @makoz0210

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