18 聖鍵2 - つっこみたんとうもとむII




 ――我々は、穴を掘るもの――


 小人たちは言う。自分たちは何も、生み出してはいないのだと。


 研究し、発見する。探求し、発掘する。試行し、発明する――それら全てはただ、穴を掘る作業なのだと。自分たちが新たに見いだしたものは何もなく、生み出したものも何もなく、全てははじめから知っていること――忘れてしまったものを、新しいものと錯誤しているに過ぎないのだと。


「ヒトのハジマリ――禁じられた『智慧の実』――それを口にしたヒトは、この星の全てを知ったのじゃ。土を耕し、作物を得る方法。ケモノの飼い方、殺し方。火を熾し、鉄を鍛えるすべ――文明の礎になるありとあらゆる全てを――可能性の種を」


 しかし、時を経るにつれ、代を重ねるにつれ――それらを失っていく。


 技術によって芸術を滅ぼし、意思によって創意を崩す――文明は自らの力で、あるいは×の力によって滅ぼされ――けれどもヒトは、可能性持つケモノであるゆえに。智慧もつ命であるゆえに――何度でも興り、滅び――それを繰り返す。


 立ち上がる力がある――倒れていく力がある。


 生きて、死に、残した命が次を継ぐ――生まれ変わる。繰り返す。営みはそうして、新生しながら――


「けれども、我々は違うのじゃ――智慧もつ身でありながら、まるで永遠に生きる――『生命の実』を口にしたかのように――この『壁』のなかに在る限り、我々に真の終わりは訪れぬのじゃ」


 まるで罰であるかのように――時を経るにつれ、忘れていく。


「半永久的に、生きられる。しかし代わりに、忘れていくのじゃ――心はだんだんとカラになり、身体はただの殻となる。ばあの同胞たちもそうして――ひとり、またひとりと消えていったのじゃ。けれども、それは死ではなく――ただ、消えただけ。心という至宝を失ったものたちは、もう還ることもない。今もきっと、この地の、浄気のなかをさまよっているのじゃろう――」


 だから、忘れないように――心を失くさないように、小人たちは探求するのだ。


 己の心を充たし続ける、何かを。


 そうやって文明を紡ぎ、繋ぎながらも――忘れていくことが定めであるならば、


「我々はただ、繰り返している。穴を掘り――土が崩れ、それを埋めていく――また、穴を掘る。対策を考え、設備を整えながら、少しずつ穴を深くしていく――それでも、我々だけでは届かないのじゃ。その、向こう側には」


 なぜならば、小人たちはただ「繰り返している」だけ――もう、そこからは何も、真に新しきものは生まれない。古いものを、過去にあったものを、掘り返しているだけ。新しいものであったように――忘れているだけ。


「子は産まれぬつくれぬ。村人の数はだんだんと減っていく――いずれ、全てが消え去ってしまうじゃろう。そうなればもう、失われていった……消えてしまった同胞たちは――我々は、この地に取り残されたままなのじゃ――永遠に、新しい生を紡ぐことは出来ないのじゃ」


 だからこそ、あの扉の向こうへ――新世界へ、あるいは旧くから知る――真に、ヒトがいるべき世界へ。


「可能性の扉が開かれれば――だから、どうか――巨人さま。かつて我らに炎を灯したように、どうか暗がりを照らしてくだされ――そして――」


 ――我らをお導きください、せいけんさま――




 ――和やかな空気が去っていく。


 取り残された聖剣はあの大木の根の下で、去っていく集団を見送っている。


 真摯な願いから一転し――ロストたちは村のなかとその周辺を案内されることになった。聖剣は留守番というか、お荷物だから残されているという訳である。イッヌがその足元でぐっすり眠っているせいもあったかもしれないが――


 ――あの下僕は、儀式に協力するという。


(わたくしは、判断を委ねました――)


 この小人たちが、敵か、味方か――害なすものか、手を取れるものか、どうか。


(……わたくしには、判断しかねます。このものたちの正体を。――悪意があれば、分かるでしょう。敵意があれば、分かります。敵意も悪意もない、しかし真性の邪悪であるならば、判断するまでもありません――しかし)


 悪意もなければ敵意もなく、ましてや邪悪とはかけ離れた――純粋無垢イノセント


 その正体を、聖剣は定めることが出来ずにいた。


(ときに――もっとも純粋なものこそが、何よりの邪悪に勝ることもある――)


 自覚なく、他意はなく。

 あるいは純粋な善意から――他者を傷つける――そうした――


「せいけんさまー」


「まじうごかねー」


「せいけんだー、でんせつだー」


 何名かの小人が聖剣の近くにたむろしていた。無邪気に、楽しそうに、子どものように――伝説の聖剣なので選ばれた者にしか抜けない、という話の真偽を確かめようとして――


「どろっぷきー」


『やめなさい!』


「びくともしない」「なかみぶれまくりなのに」「ちょうぜつひきこもりかん」


『引きこもりとは失敬な、わたくしほど野外で時を過ごした聖剣はいませんよ!』


 小人たちには――聖剣の声が、聞こえている。


 触れたわけでもなく、はじめから。それが意思もつ存在だと把握していた。


(下僕は自覚なくとも、これらが特異なものだと感じていたのでしょう――ヒトに似て非なる――物質であることから乖離しかけた、この<ホール>特有の……何か)


 聖剣の発する気配こえを、当然のように知覚している。感受性が優れているとかいう次元ではなく、その身体が――聖剣の内包する<霊>にほど近い――


(魂と癒着した――もっとも、純粋な――)


 小人たちには人の心の声、考えていることが手に取るように分かるのだろう。お互いの考えも、全てを把握している――共有している、といってもいい。個々人がそれぞれ勝手に、しかしある種の文脈を維持した発言をするのもそれが理由だろう。


(本来なら、「口」も必要ないのでしょう。外気……浄気とやらが、彼らにとっての栄養のようですし――わざわざ言葉を発するのは、下僕たちへの気遣い以外の何ものでもなく――あるいは、「話す」こともまた娯楽の一環、それこそ嗜好品を味わうための器官)


 ヒトというかたちを保っている理由が分からないほど――


(滅びることがないのだから、生殖の必要はなく。摂取する全てが存在維持に還元されるから、排泄する必要もなく――ある種、完成された――ヒトというかたちから、可能な限りの不要をそぎ落としたかのような――)


 故に、何もない。


(その「心」だけが、彼らを個々に、ヒトたらしめる最後の楔――どうして、なんのために存在しているのか――あるいは、此の世の反応。弾けるために生じた、一瞬の泡のようなもの――それなら、なるほど、確かに「妖精さん」なのでしょう)


 そんな理外の異物のために、果たして――


(あるいは、人間も――)


 ――危険を冒すというのなら、聖剣はそれに従うのみだ。


「こうすればいいのでは?」「おまえてんさい」「やったれー」


『ちょっ、何を、』


「ふぃにーしゅ」


 一人の小人が助走し――そして、聖剣を蹴り倒した。


(このチビども――! わたくしの足元の土を掘って――)


 そしてこれにのせる、と――倒れた聖剣を板の上に――その板がひとりでに動き出す。板には紐が繋がれ、いつの間にか目覚めていたイッヌが曳いているのだ。


『なんですかこれは!』


「しゃりんといういだいなはつめい」「きょじんさまにかんしゃ」「いえい」


『わ、わたくしをどこに連れていくつもりなのです――!?』


「せいけんさま、なまくら」「きれいきれいしますー」「いっつ、ふぁいあ」


『!?』


 ――果たして、聖剣さまの命運や如何に――



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