17 聖鍵1 - つっこみたんとうもとむI




 ――唐突な、静寂が訪れた。


 沈黙、というべきかもしれない。大勢の小人たちが、一斉に黙り込んでしまったが故の――この静けさ。


 ……一人だけ、地面に転がって「ひひ、ひひひ……」とさるぐつわ越しに奇妙な声を上げている小人こそいるが――小人たちは明らかに、これまでと異なる雰囲気を醸していた。


 ロストはいつでも聖剣を手に取れるよう立ち上がり、周囲の小人たちの様子に神経を研ぎ澄ませた。さすがのレリエフもお姫様にうつつを抜かさず警戒し、長老の方に意識を向けている。何もわかっていない様子のお姫様が戸惑っていた。


 先制するのは、愚策だろう。下手に攻撃すれば破綻する――相手は、話し合いの場を設けているのだから。どう転ぶかは、話の展開次第になる。


「我々がこういう場を設けたのは、素直にお二人を歓迎しているからですじゃ――我々の偉大なる祖先さま……その末裔の巨人さまと――我々が待ち望んだ――」


 ――せいけんさま。


「それは……こちらにおられる聖剣さまのことでは――」


「あなたさまのことでございますのじゃ――」


 ははぁ――と、やっぱりどこか「ノリ」でやってる感じに、周囲の小人たちが揃って跪き、頭を下げる。あの『ヴィーデ』という小人も同じくである。どことなく楽しそうな雰囲気が、こちらの緊張をダメな感じに緩和する。引き締めなければ、と意識しながら、ロストは長老に向き直る。


「どういう……ことです? ボクは、あなたたちのことを知ったのは今日が初めてで――そもそも、その『せいけんさま』とは、いったい何を指してるんですか……?」


「『聖なる鍵』――あの扉を開く、聖なる鍵――『聖鍵』を持つお方」


「扉を……開く?」


 開かない扉があるなら――扉であるなら、そこには「鍵穴」があってもおかしくはない。そうした人工物をこれまで目にしてこなかったために浮かばなかった発想だが――


「いや、でも――カギ?」


 そんなものに覚えはない。気が付いた時には布一枚――いろいろあって、仮に何か持っていても気付けなかったかもしれず、落とした可能性もあるが――やはり、ピンとこない。


「そう、カギでございます――あなたさま方を見つけた子らが確かに、見たと――あなたさまの『そこ』に輝く――聖なる鍵を!」


 長老が杖にしがみつきながら腰を上げ、そしてロストを指さした。


 小人の背丈だからちょっと分かりづらいが、どうにもロストの腰を――足の付け根のあいだを指さしているように思われる。


「…………」


 ちょっと、理解しかねた。


『まさか、あの、あれでありますか……?』


 あれってなんだ。何か……見たのか。ロストの体温が急激に下がっていく。いや、上がっているのか。分からない。なんだか穴があったら入りたい気分だ。


「つまり、なんですか――」


 ロストは改めて周囲の小人たちを見渡す――視線が触れるそばから「ははー」と頭を下げていく小人たち。幼い子どもといった容姿のため、性別を判断しかねるのだが

――恐らく、この場の全員が――


「男――が、来るのを待っていた……という認識でよろしいでしょうか」


「そうですじゃ――」


 そうかそうかきっと巨大な扉を開けられるのは力がある男性こそ相応しいとかそういう認識なのだろう――


「あなたさまには、我々の抱える『うつろ』を埋めるお力がありますのじゃ――我々を、あの扉の向こうに導いてくださるお力が――」


「実物を見てないので断言は出来かねますけど、自分で言うのもなんですが、正直ボクは低能非力なもので、」


「何を仰います! ……穴のあるもの、こちらに来るのじゃ!」


 おー、と数人の小人が集団のなから抜け出てきて、ロストの前にやってくる。そしてロストに背を向けて跪くと、地面に頭と手をつき、腰を上げた。お尻を突き出すような格好である。腰巻きがその役割を取り上げられようとしている――


「……穴?」


 それがあったら入りたい気分ではあったが――


 一人の小人の腰巻きがするりと落ちた。ついそちらに目が行ってしまって――ロストは、それを目撃する。


 すぐに目を逸らしたものの、視覚に焼き付いたかのようにその映像は無視できないものだった。


 ――そこには、何もなかったのだ。ナニかの比喩などではない――ありのままに目にしたものを表すなら――


(つるんと、していた――お尻って、そういうものだっけ?)


 足の付け根、お尻――背中や、お腹。そこら一帯が全てがつるりと一つに繋がっているのだ。「穴」と呼べるようなものは見当たらない。強いて挙げるなら、お尻の谷間――そちらに小さなくぼみがある程度。しかし、それは――ニンゲンなら男女ともにそちらにあるべきものとは、何かが違う。塞がっている、というべきか。


「あの……?」


「そうなのじゃ――これでようやく、『穴』ですのじゃ。ばあも含め、他のものにはもう何もありませぬ――そちらのものたちは村に来て日が浅いゆえ……比較的、という程度ではありますがのう」


「…………」


「どうぞ、お触れになってくだされ――それが何よりの、あなたさまが『せいけんさま』である証になりましょう――何も起きぬとしても、我々は責めはしませんのじゃ。ただ、再び長い時を過ごすだけのこと……」


 そう言われると――それに、持てなされた上の、「お願い」だ。余計な揉め事に発展させないためにも、ここは従うべきだろう。


『下僕、あなた、自分を正当化しようとしてませんか? 「お願いされたなら仕方ない」とか思いながら……』


 聖剣さまが久々に何か言っているが――正直なところ、この小人たちの身体に触れて、確かめてみたいという知的好奇心があったのは否定できないが――


「ごくり」


 恐る恐る、指を伸ばす――手近にある、腰巻きで隠れたその場所に――触れると、さわれた小人がびくっと身を震わせる。


(やっぱり――柔らかい――なんだ、この肌の質感……体温がないというか、ひんやりしてる……肉がある感じじゃない。骨も――尾骨だっけ――かたちだけ、そう見えるだけで、骨格がある気がしない――)


 飛び跳ねていた時、首から下げていた名札代わりなのだろう板が胸にあたっても、まるで音がしなかったこと。ぼよん、と板を跳ね返す、謎の弾力があったのを見かけていた。脂肪がある訳ではない。そこは平らなのに――


(弾力がある――指が、入ってく――どこまで行くんだ……? あれ、沈んでく――溶けてる? ――貫通、して……? 熱が――これは、ボクの体温? それとも――)


 何か――とてつもなく問題のある一線を越えてしまったかのような――ぞくり、と背筋を言い知れない感覚が走り抜けた。


「!」


 おおー、と周囲から声があがった。突然のあまり、ロストは硬直した。それは驚愕と感嘆の声だった。くたり、と目の前の小人の身体から力が抜けた。とっさに指を引っ込める。


「あ、あの――」


「やはり、あなたは『せいけんさま』のお資格がありますのじゃ――見てくだされ、長らく何も感じることがなかった我々のあいだに生じた、この――」


 くたり、くたりと――傍でお尻を突き出していた他の小人たちが脱力する。手足がぴくぴくと痙攣していた。死んでしまったのでは、と焦りたくなるような有様である。


「な、何ごと……」


「共鳴しておるのじゃ――ひとりの開通によって、可能性の扉が開かれたのじゃ――ばあたち、古くから居るものにはかなわない、すでに取り戻せない――新世界への……あるいは、旧き生命への扉が……」


 うわ言のようにつぶやいたかと思うと、長老はこれまでになく感情的になって、


「――おお! どうぞ『せいけんさま』……今宵の儀式に、ぜひ、ぜひにお願いしますのじゃ――どうか、お立合いくだされ――『断痕さま』に捧げる、せいなる儀式に――」


 どうかー、どうかー、と長老の真似をするように、小人たちがこうべを垂れる。


 儀式――何をするのか、させられるのか、まったく見当がつかない。小人たちの思想や感性はあまりにも異質だ。しかし――古くから、この『壁』のなかの世界を知る者たちである。


(『聖鍵』とは、別にカギそのものじゃなく……儀式の要になる、男……ということなのか? 儀式をすれば、扉が開く……? ここは異世界だし、魔女もいたくらいだから……そういう魔法的な仕掛けがあっても不思議じゃない――)


『本気で理解してないあたり、この下僕はよけいにタチが悪いですね……。楽観も、一つの逃避ではないでしょうか』


 聖剣にはこの先に待つ何かが予想できたようだったが――



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