16 せいけんをもとめて5 - うわさの姫と小人さんたちの要求




 七人の小人に連れられ――首や手足、胴体など、身体中のありとあらゆるところに縄を絡められ、半ば強制的に引っ張られて来たのは――


(本物のニンゲンだ――)


 一人の少女。


 クセのある赤茶けた髪を振り乱し、涙でうるんだ灰色の瞳に様々な感情を湛え――口を塞いでいた布が外れると、甲高い声で喚き散らす。布を拾った小人が驚きの跳躍力でそれを再び少女の口に押し込む――汚れの目立つ白い衣装に身を包んだ、痩身の女の子だ。

 下は裸足で、足元の段差に気付かず転び、膝を擦りむく。可哀想に、涙目だ。それでもなお強引に引っ張っていく小人たち。自身の倍ほども身長差がある相手だというのに、七人がかりとはいえ、抵抗する少女をいとも簡単に引きずってきた。


「引きこもりですからのう、こうでもしなければ外に出てきませんのじゃ」


「はあ、そうですか……。いや、まあ、その――」


 ロストたちのいるテーブルの前で、少女は跪く。両手を身体の前で縛られていて、涙目でこちらを見上げている。口に布を押し込められたまま、頬を赤く染めながら――なんだかとても困った絵面だな、とロストは少女の助けを求めるような視線から顔を背けつつ――


(人間の――ボクと同じくらいの年の――女の子だ)


 思えば、この土地で目を覚ましてからというもの、自分と同じ「人間」を見るのは初めてかもしれない。魔女という前例はあるが――ほとんど憶えていないのもあるし、それにあれは年上の大人の女性だったから――年の近い少女の存在に、多少思うところがないでもない。


「……はうぁ……」


「うう――」


 ……状況が状況なのもあり、どう対応していいか分からなかった。一応、立場としては小人サイドの方が上で、小人たちが拘束している相手を勝手に助けていいものか、という理性的な考えで言い訳しながら――とりあえず、ロストは長老とレリエフの方に向き直り、


「もしかして、この子が……『お姫様』――ですか?」


「本人はそう言っておりますのう」


『なんだかそんな気がするであります――解放してあげてもよいでありますか?』


「どうぞどうぞ、巨人さまのお好きなようにですじゃ――この村のものは全て、巨人さまとせいけんさまの自由にしてくださいなのじゃ」


 許可をもらうと、レリエフが少女に近づく――その大きな影に呑まれ、少女の目に大粒の涙が溢れた。全身がぷるぷる震え出す。よせばいいのに、レリエフが手甲から刀剣を伸ばした。ぷるぷるがぶるぶるに変わり、紅潮していた頬から血の気が失せる。ロストがなんだか哀れに思っている前で、レリエフが少女の拘束を解く。


「……!」


 想像と異なる展開に驚いたのか、理解が追い付いていない様子で硬直する少女。レリエフはその口を塞いでいた布をとってやり、少女の目の涙を鎧の指先で拭う。


『我輩は安心と信頼の騎士――聖騎士レリエフ・トラストリアであります。美しい顔に涙は似合わない、であります』


 なんだか聞いている側が恥ずかしくなるようなことを言う巨大鎧の前で、地面に跪いていた少女の足が横に開く。いわゆる女の子座り。全身から力が抜けて、開いた口が塞がらない、といった様子。放心しているのか、呆然としているのか――いずれにしても、極度の緊張から解放されたためだろう――少女の足元の地面に染みが出来ていた。まるでお茶でもこぼしたかのように――


「あ、あたしの……騎士ナイトさまなの……? あたしを迎えにきてくれたの……?」


 言ってることもそうだし、いろいろとあれだしで、ロストはそちらの様子を直視できなかった。


「騎士さま……!」


『我輩の姫でありますか……!』


 まるで初めて見た相手を自分の親だと認識する小鳥みたいだ。


(女の子なら誰でもいいのかな、レリエフさん……)


 記憶がないのだから、仕方ないのかもしれないが――


「ところで、この<ホール>には他に――というか、王さま、王子さまみたいな――支配階級的なポジションの人……存在って、いたりするんですか?」


「支配者といえば、そのような存在がおりますのう――<9人の魔女>――そう呼ばれる……」


 今なんて、とロストがそちらに惹かれるそばで、


「おひめさまいるー」「こっちよりまじひめ」「まじめがみ」「てんにょー」


 小人たちがにわかに騒ぎ出す。誰か来たのかと思ったが、そういう意図ではないようだ。


「人間の、お姫様? ……王族?」


「正確には、この<ホール>にそのような者はおりませぬが……ここから北東よりに進んだところ、ちょうど<ホール>の中心にあたる集落……<スカイクラッド>に、そのようなお人がおりますのじゃ。あそこは特殊な場所でしてのう――この地よりも浄気の影響がない、神聖な地なのですじゃ」


「へえ――『壁』のなかの、中心地」


 外を目指す身からすればわざわざ向かうべきところではないが――『壁』で周囲一帯を囲うからには、それは「何か」を守るためであるはずだ。「何から」守るのかはともかく――中心には、この<ホール>にとって重要なものがあるのではないか。


 興味をそそられるロストの横で、自己主張するように小人たちが飛び跳ねながら、


「へんじんのそうくつー」「ききかいかい」「へんたいまつり」「楽しいけども」


「石がしゃべるのー」「どうぐ売りにいくのよね」「ばいばいごっこ」


「先に話した『巡回者』のような、変わった人々の拠点でしての。そういう意味では、この<ホール>の首都であり……そこを統べるあのお人は、まさしく『姫』なのかもしれませんのじゃ」


『我輩の姫でありますか!?』


 ……節操がなさすぎるのでは?


「な、ないとさま……!?」


 姫も動揺しておられる。


「でもひめさまやばいのー」「けんとおしゃべりしてたりー」「ひとりでぶつぶつ」


「せいけんさまー? のおなかまかもねー」「しゃべるさやえんどー」


 ぴく、と聖剣が最後の言葉に反応を示したが、口を挟ませないような勢いで、


「しょけーぱーてー」「くびちょんぱ」「あれはさいこ」「ぐろんぐろん」「おこさまなみだめ」「じだいがはやすぎたのだ……」「おとなのしょー」「それもひとつのおしょくじけん、なのよね」「あわれないけにえまたひとり」「そしてだれもいなくなったけん」


 小人たちの発言に不穏な単語が混じり始める。


「なんか……お姫様っていうより――」


「きっと女王だわ……恐ろしい女王さま……」


 やはり同じ人間同士、気が合うようだ。


(それにしても……「女神」とか「天女」って聞こえたな――この子を拾ってきたっていう、南の方も気になる――次の目的地は南、それから北上……かな)


 方針も定まってきたところで――次に考えるべきは、ここにいつまで滞在するか、だが――



 ――――鞘ですって。聖剣よりは使えるかしら。だって、「穴」があるものね。



 ――――うふふ――――



「? ……今、誰か、なにか――」


 わいわいがやがや……小人たちが騒がしい。お茶会が盛り上がってきたといったところだろうか。別に小人たちは何も口にしていないのだが。不思議なのは、飛んだり跳ねたりして首から下げた看板のようなものが胸を叩いているというのに、まるで音が聞こえないことだ。小人たちの高めの声だけが響いている。


「やばいやつきた」「さいこーれつはこちらです」「はなれろはなれろー」


「ん……?」


「きょじんさまとばとるするー?」「せいけんさまがみちびくのー?」


「ん!?」


 小人たちの包囲が崩れていく――開いた空間を、数人の小人たちがやってくる。また何かを引きずっていると思えば、その縄の先には――同じ、小人の姿。どちらもまるで罪人のように手錠めいた金属で両手を拘束されている。一人はこころなしか落ち着いた表情で歩いていて、もう一人は目隠しもさるぐつわもされた上で、ずるずると地面を引きずられている。


「な、なんですか、今度は……?」


 第一印象は「囚人」だが――ここも一応、文明的な集落である以上、そうした小人が出てくるものなのか。


「厄介な子らでしてのう……歩いているのは『ヴィーデ』、引きずられて悦んでる方が『スースカ』と申しますのじゃ。どちらも名のある子……つまり、みなの記憶に残る問題児なのですじゃ」


「へ、へえ……。どうして急に、そんな人たちを……?」


 記憶に残る――問題児。後に続く言葉からは、悪いイメージしか浮かばない。


「『ヴィーデ』は暴力の研究をしている脳筋でのう、人を実験体サンドバッグにするのじゃよ。一方の『スースカ』はニンゲンの身体の限界を試すためといって、自分の身体に傷をつけるのじゃ。あれは特に、ああして拘束しておかないと、すぐ……」


「いや、あの――まさか、さっき言ってた――」


 情報の波に流されすっかり頭の隅に追いやってしまっていたが――先ほど、長老は何やら不穏なことを口にしていた。


「ニンゲンの血を見せますのじゃ」


「いやいやいや! 何させる気ですか!? いくら二人とも自分から進んで協力しそうだからって!」


「しかしのう、ものを真に理解するためには、考えるだけでなく、じかにその目に収める『体験』が必要ですのじゃ――文明の進歩には、少なくない犠牲が必要ですからのう」


 ロストは薄々感じていたのだが、もしかするとここの小人たちには倫理観というものが欠如しているのかもしれない。


「いや、あの、話を聞くだけでいいので……! だいじょぶです、はい。もうじゅうぶん貴重な情報をいただきましたので」


 一刻も早くこの村を離れなければ――まず、レリエフあたりが解体されそうだ。


「そうですかのう――それならのう――情報も、タダではありませんからのう。なにせ、身体を張って研究している者もおりますのじゃからのう――」


「――え?」


 これまでになく、不穏な気配――やはり、歓待するからには訳があるのだ。


 ここからが、いよいよ本題――小人たちの「要求」が始まる――


「……あの、あたしはどうして呼ばれたのかしら――お仕置きするんじゃないの? ……怒られないの? それはそれでいいのだけど――それはそれとして……あの、誰かー? あたしはどうしてたらいいの……?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る