15 せいけんをもとめて4 - 小人さんのお茶会II
――なんとか、食べたふりをしよう。
「あ、あれはなんですか!」
そうやって注意を逸らしてスプーンの中身を捨てようかと思ったロストだが、いかんせん衆人環視が過ぎた。とはいえ、別に適当に問いかけたのではない。
ロストたちを囲む、青白い子どもたちの集団から離れたところ――ヒトが、座っている。
(さっきのイッヌみたいな格好で――人間? でも……?)
地面にお尻をつき、膝を抱えるような格好のように見える。ただ、何か違和感がある。胴体と手足のバランスに狂いがあるようだ。遠目だし、座っているためよく分からないのだが――
「あれはネコですのじゃ。ご存知ないですかのう」
「ネコ? ……言われてみれば――」
あれは、ネコの座り方――なのだろう。いや、しかし――ネコとはあんなに、人間的な顔立ちをしていただろうか。くるん、と背を向けてどこかに去っていってしまったが、前足と後ろ足、四つの足を使って軽やかに走る姿はなるほど人間には真似できないものではある。
(大きな目、小さな鼻……口もちょっと尖ってて、頭の上に耳があって、尻尾もあった――ほんとにネコだ。記憶のないボクでも知ってる。けど――野生だからなのか、想像よりだいぶ大きいような)
一瞬、一糸もまとっていない少女のように見えて驚いた。
「我々はアレに乗って、たまに南の方へ向かうのですじゃ」
「へえ――やっぱりデカいですよねあれ!」
小人とはいえ、その背丈はロストの半分くらいはある。そんな彼らが乗り物代わりに使うというのだから、それなりのサイズがありそうだ。
「イッヌはあれ以上大きくなりませんでのう……」
「乗るつもりで育ててたんだ……」
かなりのポテンシャルを秘めた原住民である。
「そうそう、南といえばのう――<サイレントリーヴ>で収穫してきたばかりのご馳走がありますのじゃ。フルーツがお気に召さないようであれば、そちらを出させますじゃよ。遠慮しないでくださいのう」
「あ、はい――」
なんだか意図が見抜かれているような気がして、少し気まずい。なんとなくレリエフの方を見れば、鎧の前面がそっぽを向いている――さっきの、ネコが去っていった方を見つめているようだ。さっきから口数が少なくなったが、小人たちに付き合わされて疲れているのだろうか。
ロストは近くで何かの作業をしている小人たちに目を向けつつ、話題を変えようと、
「そういえばなんですけど、ボクたち以外のニンゲン――大きい方の人間って、いたりしますかね?」
自分たちのように――『壁』の外からやってきた人間が。
「そうですのう……ちょうど、すぅ――――」
と、頭上を仰ぐように顔を上げたまま、語尾を伸ばし続ける長老。
……また始まった。もしかするとこれが「頭がぱーになっちゃう」ということなのだろうか。確かに口は「ぱー」となっているが――思い出すのに時間がかっているのかもしれない。
「――――うじつまえ、ですじゃ」
やっと言葉が続くと、なんだか安心したかのように少しがくっとなる自分がいる。
「南に行った子らが、大ニンゲンを拾ってきましたのじゃ」
「え? 数日っていうのが長老さまにとってどれくらいを指すのかは分かりませんが――もしかして、今もこの村に?」
拾ってきた、という表現にややそら恐ろしいものを感じるが――
「ほうですじゃ。ちょうどあなた様と同じくらいの背格好の――自分のことを『お姫様』だとか言っておる……ちょっとアブない感じのオナゴですじゃ」
「それは確かに危なそうですね、あはは――……おひめさま?」
なんだか聞き覚えある単語だ。思わずレリエフの方を見るが、まだネコの消えた方に鎧が向いている。なんだろう、イッヌよりネコ派なのか。
「……レリエフさん?」
『――はい? どうかしたでありますか?』
「いえ――」
エネルギー切れでも起こしているのかと心配になったが――
「なんか、『お姫様』がいるらしいですよ?」
『――はい?』
「いや、だから――」
『…………』
「?」
本格的に壊れてしまったのか――既に話を聞いていて、当人に会った上での、この反応なのだろうか。ハズレだったとか――それで意気消沈しているのかもしれない。
『あ、お姫様でありますね! 我が主……!』
慌てたように、そう声を上げてから――鎧の胸の方から、ごんごん―――と、何かを打ち付けるような音が聞こえてきた。
「…………」
もしかして――忘れていた?
(ひとのことは、言えないけれども)
例の『魔女』との戦闘の影響なのか――記憶がないためロストには判断がつかないが、それだけレリエフも負傷したのかもしれない。
(自分の……大事な目的まで忘れるって――)
そもそも自分が誰なのかも分からないロストにとって、「大事なもの」を忘れることがどれだけの意味を持つのかは、想像する他にないのだが――ちら、と大木の根元に突き刺さった聖剣を見やる。イッヌが刀身にもたれかかっているが、危なくないのだろうか。
(……迂闊に、怪我も出来ないな)
と、ロストがぼんやりしているそばで、長老がその辺の小人と何か話している。どうやら件の『お姫様』を呼んでくれるそうだ。
「お茶会するからー」「呼んだんですけどー」「おひめさまだからー」「そっちから来い、みたいなー」
「せいけんさまと巨人さまがお会いしたいそうじゃ――」
「それはしじょうめいれい」「この上ないもんだい」「引っぱってくるぞー」「ようしゃはするなー」「ここに来るまで引っぱるのをやめない」「きあい入れてけー」
おー、と何やら縄のようなものを手に、七人の小人たちが駆けだしていった。
「あ、あんまり手荒な真似はしないでもらえると」
「いえいえ、気にしないでくださいなのじゃ――どのみち、あの子にも働いてもらいますからのう」
「?」
「そのためにも
長老が目を向けた先――さっきから視界の隅、大木の傍で作業をしていたグループが「おー」と返事をした。それから数人がかりで、板の上に乗った白い造形物をこちらに運んでくる。
白い――青や黒が溶け込んだような不思議な色をした――お城のような、謎の物体。ロストとレリエフ、人数分あるようだ。
(物体と言っていいのか……)
ロストの視線は、いつの間にかテーブルの端に寄せられていたフルーツの残骸に向けられる。あの液体によく似た何か――それが、つんつんした四つの尖塔を周囲に持つ、角ばったお城の造形に仕上げられている。
「……なんです、これ」
「甘味ですじゃ。甘露、ともいいますのう」
「いや、名前じゃなくてですね、どういう成分の品なのかを――」
「ふわっふわのー」「とろっとろー」「あまくてー」「たまににがいー」
じんせいの味ー――と、声を揃えて教えてくれたのは、問題のお城を運んできたグループである。それぞれエプロンみたいなもので身体の前面を覆っている。髪も束ねていたり、帽子の中に隠していたり――まるでコックの真似をする子どもみたいだ。
「<ここ>の食べ物はあまり味がしませんからのう――それに、長くいるほど、食欲もなくなってくるのじゃ。そんな我々の、ちょっとした嗜好品でございますのじゃ」
「ほう……それは少し楽しみです――さっきのフルーツとの違いが分かりませんが」
「違いはかたち、ですのじゃ。文明の味が感じられますじゃろう?」
「うーん……確かに。この辺とか文明的です」
適当に答えている。これもコミュニケーションの一環。小人たちの生態を知るためには必要なことだ。
(食べ物……なんだよね? これから食べるっていうのに――砂のお城みたいに――どうして崩れると分かってて、こんな手のかかる成形をしてるんだろう?)
「丹精込めて、かたちを整えたものを――ひと口で、食べてしまうのじゃ。まあ、ばあたちの口は小さいからのう、丸飲みにはできませんじゃが――そういう滅びの美学を楽しむ嗜好品ですのじゃ。文明的な、ニンゲンだけの愉しみなのじゃ」
「へ、へえ……それは、文明的……? なんですかね?」
『美術品を壊すのは、ケモノの所業……だと、我輩は思うでありますが』
レリエフの鎧がこちらを――問題のお城に向いている。
「巨人さま。そもそも、ケモノに芸術の価値は分かりますまい。何も知らずに壊す、それがケモノですからのう。ヒトは、美しいと分かった上で、自らそれを壊す――そういうことが出来る、生き物なのですじゃ――これは、それを疑似体験する嗜好品なのじゃ。生来より、『破壊したい』という欲求を持つヒトだからこそ、こうしたかたちで満足を得る……そうすれば、本物を壊すことはないからのう」
「そ、そうです、ね……?」
なんだかそら恐ろしい思想の一端を垣間見た――ような気がする。
「ともあれ、一度お試しになってみてくださいなのじゃ。この子らがせっかく丹精込めたものですからのう――」
『そうでありますか――』
と、話に納得したのか、レリエフがようやくスプーンを手にとった。食べるんだ、と驚くロストの前で――ぷしゅー、と
『ん』
鎧と、兜とのあいだに出来たわずかな隙間――そこに、スプーンの上の白いかたまりを流し込んだ。そうやって食べるんだ……とロストは感心する。
「ものによっては甘かったり苦かったりと様々ですからのう――こうやって加工することで、なんとなーくいい感じになるようにもしておりますのじゃ」
『そこはかとなく甘いであります』
そうなんだ……、とお城そのものよりレリエフの反応に意識をとられていたロストも、テーブルの上にどかんと乗ったお城にスプーンを入れる――
「……あ、ほんと。不思議な甘さがありますね、この白いの。食感というか、のどごしもいい感じです――」
「我々は味をほとんど感じませんからのう――食事という行為に求めるのは、そういう感覚と、心持ちを楽しむことなのですじゃ。どういうかたちであれ、何かを食するという行為が我々の心を充たし、潤しますのじゃ。『
「なるほど――なんとなく、分かります」
スプーンが進むと、作業を担当していた小人たちもなんだか嬉しそうな、誇らしそうな顔をしていた。だんだん彼らの表情の変化や個々の違いも分かるようになってきた。
一方で、
『む――――』
「おや、聖剣さんどうかしましたか」
『いえ、別に』
「もしかして、食べてみたい……とか?」
そういえば前にもこんなやりとりをした覚えがある。記憶がある、というのはいいことだ。
「今回はほとんど液体ですからね――かけてあげましょうか? そうしたら、味わえるかも。ボクの白いのをあげますね」
『いえ、結構です。やめなさい、スプーンを近づけるのではありませ――』
「どうですか? これは心で味わう食事だそうなので、何か感じるものがあったんじゃないかと」
『屈辱と人生の苦みをしかと味わいました――あなた、さてはわたくしが焼いたことを根に持ってますね、憶えてもいないくせに』
「苦かったんですか、ぜんぶがぜんぶ甘い訳じゃないんですね――それとも感覚は人それぞれということでしょうか。ところで長老さん、これの原材料はなんですか? 南の方で収穫してきたそうですけど――さっきのフルーツとはまた違うものなんでしょうか」
『おいこら、スムーズにわたくしから目を逸らすのではありません』
現実と向かい合っているところなので、邪魔しないでほしい。イッヌにペロペロされている聖剣から視線を外し――硬い唾液を飲み込んでから、改めてロストは長老に向き直る。
「もしかして、これ――ニンゲン、だったりしません?」
がた、とレリエフの動きが止まった。なななにを、とぶっ飛んだ声を上げている。
――流されるままそれを口に入れてから――ふと、そんな考えが脳裏をよぎったのだ。まさかと思いつつも、拭い去れないその不安を――思い切って、たずねてみた。
すると、「ほっほっほ」と――初めて、顔にしわを作ってまで表情を変化させて――笑った。ふっさふっさと、付けヒゲが揺れている。若干顔からずれ落ちていた。
ほっほっほー、はっはっはー、ふぉっふぉっふぉー――笑い声が、波及する。周囲の小人たちが一斉に輪唱する。レリエフが思わず立ち上がる。近くに群がっていた小人が転がり落ちる。ロストは背筋に悪寒を感じたまま、動けない――
「面白いことを言いますのう――これだから、村に人が来るのは面白い――長生きの秘訣ですのじゃ。――ご安心くだされ、これは南の果樹園から採ってきたもの。この場所では、ヒトも、植物も、ケモノも、みな同じ生物ですのじゃ。だから、同じようなものを内に孕んでいるんですのう」
「そ、そうですか――」
「第一、生物は死ねば同様の液体になるとはいえ、すぐに霧散してしまいますのじゃ」
そう言われたら、もうそれを信じるしかない。我ながら、突飛な発想だったとも思う。
「しかしのう、せいけんさま――」
「? ……あれ? ボク?」
「そうですじゃ――ヒトも、植物も、ケモノも、同じものが流れている――それに気付けるとはさすがの慧眼ですのう」
「いや、まあ……見た目が、その……さっきそういう話をしたばかりだし」
「同じものが流れているということは、木の実やケモノの肉を摂れば、それは己の身体に確実に『
れべるあっぷー、けーけんちー、さかなさかなさかなー、と意味不明な言葉を口ずさむ小人たちである。
「だから存分に堪能くだされ。成長への近道、この<ホール>を生き抜く術ですじゃ。もしもまだ疑うようであれば――そうですのう、ニンゲンの『それ』を見てみるのが手っ取り早いのじゃ」
「は……はい?」
その時である。
「むぐぐぐ――――ぷはっ……違うのよ長老さま……! わざとじゃないの、取れちゃっただけなのよ! だからお願い、ひどいことはしないで……!」
小人たちに引きずられるようにして――ひとりのニンゲンが現れた。
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