14 せいけんをもとめて3 - 小人さんのお茶会I
長老の後に続きながら、レリエフが語った内容は実にシンプルだった。
魔女――『淫蕩』の魔女を名乗る女を倒し、しばらくして――気を失ったロストの介抱をしていたところ――
わんわんわんわん――という鳴き声――イッヌを散歩中だった小人たちと出くわしたのだ。小人たちは先日の地響きを聞きつけ、短い足でその調査のため壁に沿って歩いてきたらしい。
『愛イッヌを散歩する習慣があるそうであります』
「あいいっぬ……愛剣みたいなニュアンスかな……」
そのイッヌは、今もロストの引きずる聖剣の後をついてきている。特定の飼い主がいる訳ではなく、村人全員で飼っているようだ。あのオオカミを手なずけるとは、底知れない小人たちである。
『我輩たちが下っていた水場の下流に、この村の湖があった、という次第でありますが――』
――恩人殿は、何をどこまで憶えているでありますか、と。
『長老殿が仰るには――大きな怪我を負って、それを癒すと――癒すためのエネルギーとして消費されるものがあるという話であります。それが、記憶――』
レリエフから、ロストがレリエフを発見してからここに至るまでの出来事を掻い摘んで説明された。その話を聞いて脳裏をよぎる映像もあれば――そういえばそんなこともあったな、という――おぼろげで、まるで水面にふと浮かんだかのような――そして意識していなければ消えてしまう――
(覚えてるって――はっきり、言い切れない)
特に、魔女と出くわしてからのことは何一つ記憶に残っていなかった。
『特に、気を失う――重傷を負った直前の記憶ほど、失いやすいという話であります……』
「そうなのじゃ――そうでなくても、この『壁』に立ち込めるもやにはヒトの記憶を思い出せなくする……物事を忘れっぽくさせる要素が含まれておるようなのじゃ」
なのじゃなのじゃ、と後をついてくる数人の小人が繰り返す。もしかするとその木霊のような反応も、「覚えておく」ための習慣なのかもしれない。
「…………」
正直、記憶喪失は今更だ。驚いたのは丸一日以上眠りこけていたこと。そして、それよりも気になるのは――
(ボクの身体は、いったいどうなってるんだ……?)
両腕で聖剣を引きずりながら、長老の後に続く。腰にはレリエフが長老に頼んで用意してくれたもふもふ毛皮の腰巻きをつけているので安心だが――
(この
独自の法則が支配する、この<ホール>と呼ばれる場所――ここはいったい、なんなのか?
原因はあの「もや」にあるのか――「外の世界」も同様なのか――あるいは――
(ついでにこの小人さんたち――もしかして、アホみたいな顔してる割には頭がいいのか?)
少なくとも、ロストよりも長くこの場所に住み――ロストよりも、この場所を熟知している。
「もやの話なんですけど……」
村の比較的端にある、大きな木に向かいながら、
「どうしてこの村のなかだけ、もやが立ち込めてないんです? まあ、完全ではないみたいですけど……他とはぜんぜん違う――何より、明るいですし」
「明るいのは、今がそういう時間帯だからなのじゃ。しかし、もやが――<
「浄気……」
「と、なぁ――――、」
「?」
杖をつきながら、短い歩幅でのろのろ歩いていた長老が、不意に空を仰いで停止する。しばらく壊れた機械みたいに声を出していたかと思うと、再び不意に前に向き直り、歩みを再開しながら、
「――――んにちか前、村にやってきた『巡回者』の方が仰っていた、ような気がするのじゃ」
「ずいぶん、アバウト……」
「浄気に関しては……きっと、あの扉の向こうに理由がある、と『ばあ』たちは考えておるのじゃ。風の通り道……この<ホール>を囲う『壁』のどこを探しても、あのような大穴はないといいますのう……」
ばあ、というのは長老自身を指す一人称であるらしい。見た目の割に歳をとっているのかもしれない。そう言われても、まったく信じられないのだが――年寄りのふりをした小さな子どもにしか思えなかった。
「長老さまはぶらっくなじだいから生きてるらしー」
「今もたいがいぶらっく」
「だいーほらくも見てきたらしー」
「げきおことけいやくのかけはしよ」
「だからたまに頭がぱーってなっちゃうらしー」
「なが生きまじかんべん」
たずねてもいないのにロストの疑問に答えてくれる小人たちである。横に並んでこちらを見上げて来る。両手が空いていたら手でも繋がれそうな雰囲気だ。
「その……巡回者っていうのは? 他にも……この村みたいな集落が?」
誰にともなくたずねる。訊けば誰かしらがなんでも答えてくれそうだったから、どんどん質問したくなる。
「それは当然、ありますのじゃ――この村は<アナ・ア・キー>と呼ばれておりますのう」
「穴が開いてるからかな……」
「『巡回者』は旅の方。壁に沿って内部を一周している人々がいるのじゃ。『壁』のなかは日に日に変わりますのでのう。それらを調べて回っているのですじゃ」
「へえ……」
「北には、大きな水源……雪の塊があってのう……それが溶けることで各地の川に水を伝え……――南には<サイレントリーヴ>、浄気濃度の高い湿原があって、様々な資源がとれますのじゃ」
地理に関する情報はありがたい。念のためメモを残しておきたいところだが――木の皮からつくった用紙と、炭を使った筆記用具があるらしく、あとでそれらで描いた地図をくれる、という話になった。さすがに貴重品らしい品をタダで使わせてもらう訳にもいかない。頼んだらすぐに渡してくれそうな雰囲気があるぶん、逆に遠慮してしまう。
(それにしても――すごいな。ボクよりもぜんぜん小さいから、その見た目で勝手に「幼い」って思ってたけど、しっかりこの場所に根付いてる)
ほとんど着の身着のまま、長い移動を考えていた割になんの準備もしていなかった自分が恥ずかしく思えてくる。
ただ――準備をするのは、必要性を感じるからだ。食糧や、水分――その他にも着替えだったり医薬品だったりと、旅をするなら持っておくべき荷物はいくらでもあるだろう。
(でも……お腹も空かないし、喉もほとんど渇かない。傷なんて、全身燃やされても治っちゃうそうだし――)
荷物は、聖剣だけがあればいい。そういう結論に達した。
それが何か、とても不吉なことのように感じながら――
長老を先頭に――勢い余って前に飛び出す小人もいたが――いつの間にかどんどん後列が増えていって長くなってしまった行列の目的地は、柵に囲まれた村の外れ、大きく広く枝葉を伸ばした大木の下だった。
そこには足の短いテーブルと、よりコンパクトなサイズの椅子が数脚。先に移動していた小人がテーブルの周りに椅子を並べている。その数は三つ。どういう計算なのかは知れないが、そのうちの一つ、大木を背にした席に長老が腰掛けた。
『我輩は……ちょっと、無理そうでありますね……』
「ボクも……ぎりぎり……」
小人向けにつくられた椅子なのだから仕方ない。聖剣は木の根元に刺しておくとして――ロストは膝を抱えるような格好になれば腰を下ろせるが、レリエフはちょっとどころでなく不可能だ。押し潰すか、バランスを崩して倒れるのが目に見えているので、テーブルの横で跪くような格好に落ち着いた。
「でかー」「まじきょじん」
と、椅子と鎧とを見比べて声をもらす小人たち。見れば分かるだろうに。いろいろと手際よく何かの支度をしているのに、変なところで抜けている。
(愛嬌といえば、そうなのかもしれない……)
テーブルの上に、木を彫って作ったと思しき器が置かれる。カップだか皿だか判別がつかないデザインだが、サイズ感はロスト的にはカップ。それに、薄い金属で出来たバケツ状の容器から、色のついた液体がどぼどぼ……びちゃっ――と注がれた。だいぶこぼれているし、なんだか器に液体が染み込んでいる気がする。早く飲まないとすぐになくなってしまいそうだ。
「お茶でございますー」
「ど、どうも……」
淹れてくれたのは、頭に白い帽子のようなものを乗っけた小人だ。目を細めてにこにこしている。似たような小人がもう一人いて、そちらがレリエフのカップにお茶を注いだ。木のそばでは黒い帽子をかぶった小人たちが作業中。
「これは……なんです?」
長老にたずねる。彼女――でいいのだろうか――の前に、カップはない。客人にだけ振る舞われる謎の液体……。歓待されていると思いたいのだが、どうにも素直に受け取れない自分がいる。
「それはお茶なのじゃ」
「いや、はい……そうなんですけどね?」
「『断痕さま』の水と、いい感じの葉っぱから淹れましたー」
と、帽子の小人が教えてくれる。「断痕さまの水」というのは、あの湖から汲んだ水のことだろうか。
「よく寝たり、眠れなかったりー、とりあえずいい気分になれますよー」
「フルーツもどうぞなのじゃ」
長老が手にしていた杖を上に向かって伸ばす――伸びていく。長老が立ち上がった訳でもなく、ひとりでに先端が伸縮しているのだ。生物的な伸縮で、ちょっと気持ち悪い。頭上の枝に成っていた木の実を引っかけて、引っ張り落とす。――ぼとっ。テーブルの真ん中に墜落したそれが、白い液体をぶちまけた。ロストはとっさにカップを引っ込めたが、レリエフのお茶にはそれが入った。ところでレリエフさんはどうやって飲み食いするのだろう、とロストは思った。
「ばあはあまり実のあるものは食べませんでのう――お口に合うかは分かりかねますのじゃが……この辺のものはだいたい同じなので、きっと大丈夫ですじゃ」
「まあ……ボクも似たようなもの食べた記憶がありますけど――というかこれ、実がありますかね――正直、そんな怪しいものを出すのはどうかと思います……」
見た目は硬そうなのに、手にしてみると柔らかく――今みたいに簡単に潰れて中身をぶちまける。自然界に存在する色で適当に表面を塗った、液体の詰まった風船のような代物だ。
この中身がまた不思議で、液体のようにどろりとしながら、粘性があるのか固体的な様相を保っている。そのくせ口に含むと綿みたいな食感で――無味無臭。種はなく、厚めの皮はたぶん食べられない。
味や匂いがないのか、それとも、それが分からなくなっているのか。渡された木のスプーンで掬ったそれを眺めていると、なんだか不安な心地になる。
(食べなきゃ、ダメかな――あまりお腹空いてないけど――)
見ていると、少しだけ喉の奥に渇きが、口のなかに唾液が滲むのは確かだ。
(せっかく歓待されてるし、無下にするのもどうかと思うけど……それにこういうのって、断ったら
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