13 せいけんをもとめて2 - ファーストコンタクト
その
我々の言ってること、分かりますか? 我々は、ニンゲン、ですのじゃ――
「え、ええ、はい……。むしろボクの言葉が通じてますか?」
集団の代表者らしき人物が進み出て来る。薄い生地で出来た長めの腰巻きをつけ、腰が曲がっている訳でもないのに身の丈ほどもある白い杖をついている。語尾は「のじゃ」、そんな幼児。他と違って首から板を下げてはいないが、その代わり髪の毛みたいな銀の付けヒゲを垂らしている。付けヒゲだと分かるのは、そのつるつるとした肌にまったく似合っていないからである。
正直――ロストには彼らの見分けがつかなかった。男なのか女なのかも分からない。みんな同じ顔をしているようにも見えるし、みんなほぼ全裸という同じ格好をしているのだ。その中で、一人だけ謎の付けヒゲ姿。きっとこの老人風の幼児が集団のリーダー的存在なのだろう。杖もなんだかそれっぽい。
その幼児はもごもごとヒゲを動かしながら、
「どうやら共通の言語を用いてるようで安心しましたのう。――巨人さまの仰る通りでしたのじゃ」
とってつけたような「のじゃ」幼児が、背後を仰ぐ。
『我輩の言葉が信用できなかったのでありますか? ――というか、あの、もう少し道を開けてほしいであります……踏み潰してしまいそうであります――』
テントの入り口を、巨大な影が覆う――ロストは心の底から安堵した。いまや見慣れた巨大な鎧、聖騎士レリエフがそこにいたのだ。
「レリエフさん!」
『おお、恩人殿! ……レリエフ"さん"?』
思わず呼び掛けてしまうくらいには、その姿を見て感情が高ぶったのだ。それくらい、目の前の小人たちの「圧」がすごかったのである。外の明るさを背に、影に隠れた表情――そのなかで、瞳だけが宝石みたいにきらきら輝き、ロストを見ている。
『――まあ、ともあれご無事で何よりであります――これがちょっと邪魔でありますね、えいやっと』
テントの入り口はレリエフには狭すぎたようで――その入り口に腕を突っ込むと、軽い掛け声とともに持ち上げる――途端に、視界が開けた。辺りが突然真っ白になったかのような光の刺激に目を細める――
目が慣れた時、ロストはまるで野外に放り出されたような心地になった。
テントがなくなれば、そこはもう「外」だったのである。
そこは――ひと言で表すなら、「村」だ。
地面はなだらかでところどころに高低差は見られるが、おおよそ平地といって差し支えない。剥き出しの地面もあれば、ロストが寝込んでいた石台のようなものが地面に埋まっている個所もあった。下草や雑草が生えっぱなしのところもある。そうした空間が突然目の前に広がったのだ。状況を把握するのに多少の時間を要した。
村の敷地はかなり広範囲に渡っているようで、開けた土地に、点々と建物らしき「囲い」があった。木でつくられた柵である。屋根が見られないため建物だと断言できないが、上部をテントで覆っているものもあるため、用途ごとに用意されたものなのだろう。
遠く、動物の鳴き声が聞こえた。野生でないと直感したのは、村のなかにちらほらイッヌや、ヒツジのような巨大もこもこの姿が見られるためだ。どこかでまとめて飼育しているのか、複数の重なった声が連続して響いている。
……あの『壁』の中とは思えない――というか、森をはじめとして人の気配が感じられなかった、てっきり人類未開の地かと思っていたこの場所に、こんなにも文明的な光景が広がっているなんて――
もしかしたら、ここは「壁の外」なのではないか……ロストがそう思うのも仕方ないだろう。
その理由は、もう一つ。ロストがずっと景色に気を取られていた一番の理由でもある。
ここに来るまでずっと目の前を覆っていたあの「もや」が――ぜんぜん気にならないくらいに、薄いのだ。それでも夜明け前みたいな明るさではあったが、明らかに視界が澄み渡っている――「朝もやがかかっている」という程度なのだ。十メートル以上先まで見渡せる。それだけで気分が晴れやかになる。
(でも――そのせいか、逆に――)
この村の外に広がるもやが、より深く濃く――まるで白い巨大な綿に囲われているかのようで、より強い圧迫感、息苦しさを覚える。あまりそちらを意識するべきではないかもしれない。
圧迫感といえば――首を巡らせば、見るものを圧倒するようあの巨壁は、相も変わらずそこに存在していた。
(この村、『壁』の下にあるんだ――)
どうやら壁際につくられているようである。ロストがレリエフを発見したような、瓦礫が積もっている個所も遠くに窺えた。あそこから地続きの場所なのだとよく分かる。
壁やもや、瓦礫に囲われた――小さな、空白。それがこの村の印象だった。
(で――)
ロストは『壁』に背を向ける格好で、聖剣に隠れているのだが――その周囲を、無数の青白い小人たちに取り囲まれている。
テントの入り口から見えていたのはごく少数。その何倍もの小人たちが――ずらずらと。一面が真っ白に思えるのも仕方ないほど。青白い小人たちがところ狭しと並んでいる。まるで見世物になったような気分で、『壁』と同じくらいその光景に圧倒される。
思わずそうした目の前の景色に気を取られてしまうのだが――
(風を感じる――空気が、なんとなく冷たい――)
後ろには数メートル先に『壁』があるはずなのだが、どうにももっと奥の方に、何かしらの空間があるような感覚があった。空気の流れというか、音の響きのようなものが異なる――村のなかに視線を巡らせているあいだも、視界の端に映り込んでいた白い空間――どうやら村と『壁』のあいだに、「もや」の立ち込める一帯があるようなのだ。
恐る恐る、真後ろを振り返る――これまでと同じように、視界を阻害するもやの奥――
そこには、巨大な
(え……? なんだこれ……? 壁に――穴?)
それは『壁』と地続きで――恐らく、『壁』の途中に、意図的に設けられたものなのだろう。
(門……扉? そのためにつくられた
もやの白を飲み込むような、より強大な黒――もやに覆われていても、なんとなく把握できるその輪郭。
さすがにその奥までは、もやのせいもあって見通せない。ただひたすらに暗い。それだけがよく分かる。下の方に動きがある――闇が、かすかに揺れている――水だ。この空洞の下部に水が満ちている。湖だろうか。波打つそれは、なだらかな坂道で途切れている――その坂を上った先が、ロストたちの現在地だ。
「驚きましたじゃろう――」
と、「のじゃ」が言う。長老キャラなのかもしれない、とロストは思った。
「これは、『巨人の
「だん、こん……?」
どういう意味だろう。『壁』のあいだにつけられた傷、裂け目のようだから?
「この巨大な洞穴の奥に、巨大な扉があったのじゃ――その扉を無理やりこじあけたような……まるで大剣で断ち切ったかのような痕があるのじゃ。それはかつて、とぉ――――」
「?」
「――――い昔、この『壁』のなかにいた、巨大な存在――『壁』をつくりあげた人々――その痕跡を、我々は『断痕さま』と呼んでいるのじゃ。それは恐らく、ここにおわす巨人さまのような人々……我々の遠い祖先――」
「はあ、そうなんですか……」
この壁をつくりあげるほど巨大な存在の子孫が、こんなにも小さいとは思えないのだが――生命の神秘と言われれば、そうなのかもしれないが――「断痕さまー」と、なぜかレリエフを中心に跪き、首を垂れる小人たち。高い声できゃっきゃと楽しそうだが、もしかして「伝説の巨人」の再来とでも思われてしまったのか。
というか――
「――扉って、言いました? ……もしかして、壁の外に通じてるんですか!?」
だから、『壁』に覆われた他の場所よりも通気性がよく、風が通るためこの辺りだけもやの濃度が低いのか――
「恐らくは――しかし、『断痕さま』が壊した扉の先に、もう一枚、扉があってのう。この『壁』の外には行けませんのじゃ……」
「そう、なんですか……」
「もう一枚の扉はとても硬くて、大きくてのう……。ヒトの手では――我々だけでなく、あなた様やここにおられる巨人さまでも開けるかどうかという、巨大な扉――それが開けないものだから、我々はここで暮らしているのじゃ」
暮らしているのじゃー、と何故か繰り返す小人たちが数人。
(水没でもしてるのか、単純にこの人たちの腕力じゃ動かせないのか――なんにしても、そこから外に出られる可能性があるなら、ちょっと行ってみる価値はあるんじゃないか?)
見れば、湖の上には木でできた小舟が浮かんでいる。扉の先のもう一枚について知っているということは、彼らにはそこへ渡る手段も技術もあるということだ。
(そして……たぶんだけど、この人はボクたちに、その扉を開くことを期待している……そんな気がする)
単なる親切による観光案内でなければ、わざわざ赤の他人に説明したりしないのでは――というのは、やや穿ちすぎだろうか。どうやら小人たちは、扉の存在を神聖視しているようだし、それを誇るために語って聞かせただけ、という線もある。
(まあ、どういう意図があったとしても、説明してくれるからにはボクたちに対して好意的という訳で――レリエフさんのお陰かもだけど――)
扉のことも気になるが、ついに巡り合えた『壁』のなかの原住民である。いろいろと聞きたいことがあった。
(その前に……)
なるべくなら、聖剣も含めた三人(?)だけで落ち着いて話したい。
しかし――
「きょじんさまー」
「せいけんさまー」
「せいけんさまー?」
ははー、と波打つように頭を下げる小人の集団。なんだか敬っているというより「ノリ」でやっているような雰囲気である。きらきらと、好奇心に満ちた数々の視線に晒される。この包囲網はなかなか厄介だ。
『ずっとこの調子なのであります』
と、レリエフも困った様子。
『恩人殿が寝込んでいるあいだも、ずっと――身の回りのお世話をしてくれたのは助かっているでありますが、少々居心地が悪くなるくらいには集団でくるものでありますから……』
それで、ロストを気遣って、小人たちを引き連れてテントを離れていた、ということらしい。今も鎧のあちこちに群がられているが、相当気に入っているのか。サイズ感的に、大木をよじ登る虫のように見えなくもない。
(何なんだろう、この子たち――)
ニンゲン、だと名乗った。サイズは人間の子ども大ではある。実際、長老を除いた他のものたちは揃って子どもっぽい所作を見せる。
言葉は通じる。信仰のようなものも、文明的な生活基盤もあるようだ。しかし、それをそのまま飲み込むには、その見た目は不可思議に過ぎる。
頭部に薄らと生えている、銀色にも見える白髪は薄い青を含んでいる――肌はそれをより薄くしたような色。薄もやのせいか、ほのかに光を帯びているように見えた。
全体的に華奢だが、幼児めいた柔らかな体型だ。頭は比較的大きい方。皮膚の下に血管のようなものは見当たらず、どことなく冷ややかな質感を想起させる。実際、こんなに集まっているにもかかわらず、集団が生む熱気のようなものがまるで感じられない。背後の洞穴のせいもあるかもしれないが――
ロストが一番気になったのは、その腹部――首から下げた看板のようなものと、腰に巻いた毛皮のあいだ――剥き出しの腹部に、ヘソが見られないことだ。
(つるっつるだ……それに、髪はあるけど、他の毛はない――産毛すら、ないみたいなんだけど……? ヒゲは偽物だし……)
宇宙人――ではないにしても、妖精などといった物語上の生物と考えた方がまだ腑に落ちる。
小人さん、というよりは、「妖精さん」と呼ぶべきだろうか――
(それにしても……頭ふわふわなのかな? 遠慮とか知らないのかな?)
ロストがちょっと苛立っているのは、現在、自分が下半身に何もつけていないからである。すっぽんぽんなのである。一応聖剣の陰に隠れてはいるが、その後ろにも小人がいるのだ。全方位に存在していて、じろじろきらきらと不躾な視線を向けて来る。
加えて――わんわん、くうん――これだ。聖剣さまとお喋りしているのか、ひとの足元での自己主張が激しい。同種のオオカミに殺されかけた身としては、落ち着けなくて当然である。
「あのう――ちょっと場所を変えたいのですが――」
「そうじゃそうじゃ、せいけんさま――」
「?」
長老の視線の位置に違和感を覚える。自分の瞳を覗き込む幼児を疑問に思うロストの前で、長老は自分の身の丈ほどもある杖を掲げて、
「『お茶会』の準備をするのじゃ――!」
ははー、と恭しく頭を下げる小人たち。「お茶会、おちゃいかーい」と揃って声を上げながら、ざわざわと四方に散っていく。その行く先を追っていると、「こちらへどうぞなのじゃ」と言って長老が歩き出す。
「……お茶会?」
『お食事会、らしいであります』
言われて、自身の腹具合を意識する。空腹かと聞かれれば、たぶんそうなのだろう――そんな曖昧な答えが浮かぶ。特に食欲はない。我ながら不思議である。
『恩人殿が目覚めるのを待っていてもらっていたでありますよ』
「目覚めるのを――そうだ、ボクはどれだけ眠ってたんですか? というか、ここに来るまでにいったい何が?」
『話せばまあ、シンプルなのでありますが――恩人殿は、何をどこまで憶えているでありますか?』
「え……?」
何を――どこまで――?
(そもそも、ボクはどうして眠ってたんだっけ――)
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