12 せいけんをもとめて1 - アナ・ア・キー村




 ――暗がりのなか――


 一人の少年が、まるで遺体のように安置されている。

 着ていた上着はそのままに、腰巻きは解かれ下半身を覆うようにかけられている。

 その傍らには、副葬品――


「め、目覚めないのね――びっくりしたわ。でもどうして起きないのかしら。王子さまの起こし方は知らないわ、眠っているのはだいたいいつも、お姫様だもの」


『…………』


「……あれ? 聖剣さん……? 急に喋るから驚いたのに――どうしたの? もしかして、眠ってしまったのかしら――それなら声は潜めるけれど――……伝説の聖剣を持って現れた、人間の男の子――もしかして、本当に王子さまなのかしら? あたしを迎えにきてくれたの?」


「……すう――すう……」


「ぜんぜんまったく、びくともしない! ――でも不思議だわ。本当にあたしと同じ、ニンゲンなのかしら。同じニンゲンなのに、あたしとこんなにも違うなんて。クモイトみたいなきれいな銀の髪……可愛い寝顔。目玉の色は青いのね! 空の色だわ、たまに見える……。あたしと取り換えっこしてくれないかしら……あたしの瞳はくすんでいるの。骨を焼いた、燃えカスみたいな灰の色……」


 独り言とは思えないほど陽気に、陰気に、まるで歌うみたいにぴーちくぱーちく。飛べない小鳥が泣いている。今にも目玉をほじくり出しそうな勢いで――


「小人さんたちは言うのよ、瞳の色は、心の色――透明なほどに聡明なの。だからあたしの頭は悪いのね。頭が悪いからくすんでいるのかしら――目玉を換えたら変わると思う? それとも――頭の中身――」


 その傍らで、伝説の聖剣は頭を抱える。


(……わたくしにはどうすることも出来ないというのに――この頭のおかしな娘と、我が下僕を二人きりにするなんて! あぁ……近頃のわたくし、己の無力さを痛感してばかりです。どうしてこんなことになったのでしょう――)


 聖剣は珍しく恐怖を感じていた。自分の使い手が今、発言に狂気を孕むおかしな少女に検分されているこの状況に。理解できない思考構造をした、人の皮を被った何者かに。

 少女が何をしても、少年が何をされても、聖剣には一切の手だしが出来ない。それをただ横で、見ているしか出来ないのだ。犯されても、殺されても、壊されても――何も、出来ない。

 少女が聖剣に触れたのをきっかけに、せめて声を上げて制止しようと何度か思ったが、どうにもこの少女、話が通じる気がしない。心ここに在らず、意識はきっと頭のなかのお花畑に。新しいお人形を前に、わくわくが止められない無邪気で、残酷な――


「胸は平たいのね、そして硬い――」


 ……聖剣はほっと胸を撫で下ろす。少女の興味が他に移ったからだ。


「こんこん、こんこん。扉があるみたい。心臓の音が聞こえるわ。胸もしっかり動いてる。死んではいないのよね? 死んだら溶けてしまうのだものね。……開けたら中身が見れるかしら? 心臓はきっとあったかい――……ん、あったかい――今更だけど、あったかいのね! なんだか久しぶりだわ、この感じ……あったかくて、すべすべしてる――あぁ、でも、あたしが触ったら汚れてしまうわ。せっかく小人さんたちが、きれいきれいしてあげたのに。ごめんなさいね、すぐに拭き取るわ」


 かさこそ、ごしごし――


「わっ……――何かしら、急に大きく……」


 少女の驚く声がする。またですか、と聖剣はため息をこぼす。


「どうしましょう、どうしましょう! これは大事なものなのに、勝手に動かしてしまったらさすがに怒られてしまうわ……。でも……だけど――動いたのは、あなたが先よね? あたしは何もしてないわ。これは勝手にずれたのよ。そのまま落ちても仕方ない――めくってしまってもいいわよね? いったい何があるのかしら。小人さんたちの宝物――扉を開ける、魔法の『鍵』――」


 どきどき、わくわく――してはいけない、触ってはいけない、そう言われている秘め事を覗き込む――そんな心音が、狭い室内に響き渡るようだった。


 そのとき不意に。


 はあ、はあ、はあ――と、『第三者』の呼吸音。思い出したようにびっくりと、少女はその「目」と目を合わせる。


「もしかして、あたしを見張っているつもりなの? 馬鹿な子ね。あたしは悪い子じゃないわ、本当よ。ただちょっと……これはお勉強なの、みんな大好き知識の探求。後学のために必要なのよ。大事なものなら知っておかなくちゃ、大事な時に壊しちゃうかもしれないわ。そういうお話はいっぱいあるのよ、本当よ。あなたは知らないでしょうけど、今度聞かせてあげるわ。だからこのことは黙っておいてね。みんなが知ってるのに、触ってるのに、あたしだけ知らないなんて不公平だもの――ほんのちょっとよ、触らないからいいわよね――」


 きゃっ、とまるで子ウサギが跳ねるような悲鳴が一つ。


「『鍵』って……物じゃなかったのね。これは体にくっついてるわ……。匂いを確かめてみましょう……すん、すん……小人さんがきれいにしたから、あんまり何も感じないけど……やっぱり身体の一部だわ。同じ匂いがするもの。でも……すん……なんだか変な気分になるわ。――ほんとにあたしと違うのね。同じニンゲンじゃないのかしら? それともこれがオトコノコなの? オトコノコにはこんなものがついてるの? ……歩きづらそうだわ。前に突き出て、おっきくて。お尻の方まで続いてるの? ウシロノアナもちゃんとある。小人さんとも違うみたい」


 聖剣は膝を抱えて小さくなって、目を深くつむって耳を覆った。――だけどそもそも、聖剣には目もなければ耳もない。心を閉ざすようなイメージだが、それでも結局声は届く。


「……体のなかに管でも入ってるみたいだわ。引っ張ったら抜けるのかしら。でもぜんぶがぜんぶ、皮膚に覆われて……あら、ここはなんだか目蓋みたい。目蓋って不思議よね、ぱちくり動くし、身体の中身が見えるのよ。だから心の窓なのね。目蓋とお口と……――それ以外にも、こういうかたちで中身が見えるのね。開くのかしら、めくってみたらどうなるの? あ――びくびくしてて、気味が悪い――でもなんだか……」


 早く誰か来ないものか。聖剣はイライラ、イライラ――その苛立ちが伝わったのか――


「硬いのかしら……硬そうだわ。でも柔らかそうな見た目をしてる……骨でも爪でもないのなら、きっと柔らかいはずよね……だけど不思議、これは触ってみなくちゃいけないわ。ついでに味もみてみましょう――食べられるかもしれないわ!」




 ぺろ――ぺろぺろ――


 何かに――ナニカを――舐められている。


 こそばゆく、くすぐったい。ざらざらとした感触が肌を撫でる。少し気持ち悪いけど、嫌じゃない。不思議な感覚と――はあ、はあ――耳朶に触れる、熱を帯びた吐息。頭の奥がぞくぞくするような――


「っ――」


 うっすらと、目を開く。頭の上に広がる暗がり、足元からほのかに明かりが入ってくるが、何かがそれを阻んでいる。はっ、はあ……、吐息のする方に首を傾けて、


 もこもことした白い毛の塊と「目」があって――



「うあああああああああ……!? なんでオオカミが!?」



「きゃあ!?」



 ――え?


 突如足元から響いた他人の悲鳴に、ロストの思考は停止する――しかし――わんわんわんわん! ――聞き覚えのある吠え声に全身が緊張し、逃げ出していく何者かに視線を向ける余裕はなかった。


 うううう……――視線の先で、小さなケモノが唸っている。前に見たものとは違って小ぎれいだが、やはりこいつはオオカミだ。うう……わんわん! ロストを見上げて警戒している。


「なんで、ここに……ここはどこ? 聖剣さま?」


 ロストは見知らぬ場所にいた。石のような硬い板の上に寝かされており、地上よりはやや高い位置にある。オオカミはその下、土がむき出しの地面にいる。だからかすぐには襲ってこないが、いつ飛び掛かってきても不思議じゃない。


『ようやくお目覚めですか……』


「聖剣さま!」


 見れば、ロストの寝かされていた台座のような石に立てかけられ、かの聖剣がどことなく安堵したかのような気配を発している。


「早くこいつをぶっ殺しましょう!」


『マテ、ですよ。オスワリ』


「わううん……」


「!?」


 聖剣の発した謎の言葉に、オオカミが応えたかのようだった。マテと言われて唸りを止め、オスワリの一言で腰を下げて座り込む。


「聖剣さま……本当に伝説の聖剣だったんですね……疑っていました」


『これくらいのことで尊敬されても嬉しくないのですが――いいですか、それはオオカミではありません。確かに同じ種ではありますが、集まって固まって、化け物になるようなことはありません――恐らくですが――それは、オオカミが家畜化されたものです。ヒトの支配下に置かれ、大人しくなった――「イッヌ」と呼ばれています』


「い、イッヌ……発音しづらい名前ですね……なんだか誰かを思い出します」


『…………。ともあれ、安全な生き物です。わたくしたちをこの場所に導いたのも、そこのイッヌのお陰です。現れた時はどうしたものかと思いましたが、こうしてわたくしの言うことを聞いて行動するぶんには、可愛らしいものですね』


 とりあえず、一安心。ここがどこで、なぜ自分がこんな場所にいるのかは分からないが――それは聖剣さまから聞くとして――なぜだろう、上半身はなんともないのに、下の方がやたらと涼しい――半身だけを起こして台座に座っていたロストはふと、その違和感の正体に気付く。


「あの……どうしてボクは……」


『さっきの少女が、驚いた拍子に持ち去ったのでしょう――上着を脱いで隠しなさい。あるいはイッヌを乗せるといいでしょう』


「聖剣さまに隠れます」


『やめなさい!』


「ところで聖剣さま、ボクらにいったい何があったんですか? ここは――」


 テント、だろうか。厚い布で周囲を覆われた、薄暗い空間――足の伸びる先、入り口らしき場所から光が差し込んでいる――明らかに、人の手が入った跡がある。


『わたくしも一つ聞きたいことがあったのです――あなたは、どこまで憶えて――』


「そういえば、はどこですか?」


『…………』


「……聖剣さま?」


『いえ、今のでだいたい把握しました。レリエフなら外にいますよ――まったく、騎士を名乗るなら、常に主人の傍に控えているべきでしょうに。――ともあれ、先ほどのイッヌの声に気付いたのでしょう。村のものたちが戻ってきます』


「……村? ここは人里なんですか?」


『ヒトと呼べるかどうかの判断はあなたに任せますが――わたくしは祈ることにしましょう』


「祈るって……何を、何に?」


『あなたの正気が保たれるよう――わたくしの持つ奇跡に』


 いったい何が現れるのかと戦々恐々、ロストは石台から降りて聖剣の陰にしゃがみこむ。するとイッヌがくんくん鼻を鳴らしながら寄ってきた。急に噛まれやしないかとそちらに意識を奪われていると――ぞろぞろ、ざわざわ――テントの入り口を、集団の影と気配が埋め始める。


 聖剣の陰からそちらを覗いて、


「宇宙人……?」


『なんですかそれは。現実逃避はやめなさい、しかと確かに見極めるのです――』


 そこにいたのは、しゃがみこむロストとほとんど同じ背丈しかない――ロストが立ち上がれば腰のあたりに届くかどうかという程度の――小さな、小さな、白い人形ヒトガタ


 銀に近い白色の毛髪(触覚?)に、白目とほとんど見分けがつかないような白い瞳――幼子のような集団が、つぶらな瞳でロストを見ている。


 なぜか首から紐で板のようなものを下げているが――それがなければほぼ全裸。下半身こそ毛皮のような腰巻きで覆っているが、隠すものなどないとばかりに青白い肌の全てを晒している――


(……あの、直視しづらい絵面なんですが)


『何を躊躇うのですか、相手は子どもですよ』


「……いや、なんというか……むしろそちらの方が問題がありそう、といいますか」


『問題があると感じる方にこそ問題があるのです。――見極めるのです……この子どもたちが、敵か味方か。わたくしはあなたの判断に委ねます。……正直もう疲れました。しばらく黙っていていいですか』


「おうちに帰りたいとか言わないで……!」


『ほうら、イッヌ、わたくしとお喋りしていましょうね』


「聖剣さま――!」


 俗世の冒険は聖なる剣にはよほど堪えるものなのか、それっきり聖剣は本当に黙り込んでしまった。


 見知らぬ土地、見知らぬ人々(?)のなか、一人取り残されるロストであった。



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