7 よるのい+み無/生の目覚め - <???>/聖剣さまドロップキック(!)
――<
『<聖骸>とは、現在の技術では再現することの出来ない、古代の人々の手によって造られたという聖なる遺物であります。基本的な性能は聖剣に近い、と聞いているでありますが、なにぶん我輩、聖剣を知らないもので――聖剣を持たない我輩は、こうして<聖骸>を運用しているであります』
それはつまり、やはり「中の人」がいるということか。ロボットじゃないことが多少残念だが、それならそれで、「中の人」はいったい何者なのか――巨人なのか、自分のことをヒトだと思い込んでいるなんらかの人工物なのか――というか出てこないんですか?
疑問や興味は尽かなかったが、聖剣にもう寝なさいと叱られ――ロストはその夜、眠りについた。
レリエフ(仮)が用意した例の布を下に敷き、ごつごつとした岩場で横になる。決して寝やすい環境ではなかったし、身体的疲労がまるでないため、眠気もそれほどなかったのだが――寝ようとすると、案外あっさり意識は沈むものだった。
(そういえば、<安心と信頼の騎士>っていうキャッチーなフレーズはいったいなんだったんだろうか……。まあいいか、明日も聞けるし――)
そんなことをぼんやりと考えていたものの――その「明日」は――
…………、
………………、
……………………――――
――――うふふ――――、
「……?」
――――あります、あります、であります――――、
「???」
――――うふふ。馬鹿みたい。あります、あります、であります――――、
声が、聞こえてくる。
一つではない。一人の声のようでもあり、複数人の重なった声のようでもあり。
それは自分の頭のなかで響いているようでもあって、外から話しかけられているかのようにも流れていく。
…………
…………
無数の声はもはやただの雑音であり――それら環境音を背景に、
――――間抜けで愚かな。無様で不快。我輩とは、何様なのか。
(いや、ボクもちょっと……変な人だなぁ、とは、思ったり、思わなかったり)
…………聖騎士…………聖騎士聖騎士……聖騎士聖騎士聖騎士…………!
目を閉じていたロストは、闇のなか、何かの気配を感じている。
――――隠されたもの、秘められたもの。
中身が見たい。中を覗きたい……。
「うう……」
仰向けに眠る、彼の身体の上――何かが、圧し掛かる。
――――知りたいのでしょう? 未知を。
探求心、好奇心。知らないものに触れる、
知を満たしたいという、欲求。
――――空っぽの頭に、入れたい。未知で満たしたい。
――――気持ち良くなりたい――――
――――ねえ、
いいのです……さあ、わたくしに全てを委ねて――――
知らなくていい。分からなくていい――――
恐いことなど、何もない――――
――――ただ、気持ちよくなればいいの。
「――ぁ――っ」
強烈な悪寒を覚え、ロストは目を覚ました。
「ここは――」
全てが白く塗り潰された、空間――地面。場所。座標。
倒れているのか。浮いているのか。動いているのか。止まっているのか――生きているのか。死んでいるのか――眠っているのか。起きているのか――全てが、定まらない。
ただ、そこに在る。
一面の白で覆われたそこに、自分という存在が、ただ存在している。
動けなかった。夢でも見ているのかと自分を疑う。起き上がろうとする。立ち上がろうとする。座ろうとする。動かずにいようとする――訳が分からなくなる。
全ての動きが同時に発生し、しかし実際は何も起こっていない。
上へ、下へ。右へ、左へ。内側から外へ。外から中へ――
ぐちゃぐちゃと――自分というものが変わっていくような――
どろどろに――自分というものが溶けていくような――
「誰……?」
崩壊しようとする自分という何かを、誰かが抱き留めてくれる。
それはロストの上に覆いかぶさるように――
「聖剣、さま……?」
誰かが、自分の上に乗っている。それは影のようで、陽炎のようで、不定形で掴めない。像を結んでいるようで、歪んでいる。輪郭があるようで、乱れている。どろどろ、どろどろと――流動している。なやましく、なまめかしく――ゆらゆら。ぬらぬら。てらてらと――水気を含んでいるかのように、潤って、煌めいて、張りがあって、柔らかに。
人のようだ。人のようなかたちをしている。
女性のように見えた。そう思った。そう思うとそれはどんどん女性的な輪郭をかたちづくり、ロストの意識はだんだんとその黒陰に吸い込まれていく。
視界がその誰かだけでいっぱいになる。満たされていく。
それはとても美しかった。それはとても愛らしかった。それはとても、とても――女性的で。ロスト自身まだ知らない、自分のなかに眠る何かを――
むくむくと、ロストの心の奥で立ち上がる――ナニか。
自分が一本の棒にでもなってしまったかのように、全ての感覚が直線状に収束する。他には何も分からない、考えられない――
ただただ、目の前にいる誰かにとらわれている。
その誰かが、何かを手にしていることに気付く。いや、とっくに気付いていた。それが何なのか、それが誰なのか。
それは、剣だ。大きな刀身を持つ――
その刀身の切っ先が、ロストの胸に触れている。
『
「え、あ――待って、ダメ……!」
『何が? どうして? これは――誰も傷付けない、何も奪わない。誰も苦しめない、何も与えない――ただ、ただただあなたが気持ち良くなるだけ。これは当然のこと。必要なこと。誰もが行うこと。誰もが求めていること』
「誰もが……みんな、が……?」
『そう――みんなが、したいこと。それを今、あなただけが――あなただけが、今、これを得られる――抵抗しないで。遠慮しないで。これはいずれ全てに行き渡るもの、全てがすでに手にしているもの――だから、ほら、大丈夫、大丈夫だから』
「入る――は、いっちゃ――」
『ほら、入っちゃう、入っちゃうよぉ……!』
「やめ――あっ、あっ――!」
ずぶ――ずぶぶぶ――突入する侵入している潜入してイく――頭のナカが明滅する。ちかちかと、黒と白が連続する。身体が熱くなる冷たくなるどうにかなる。ビクンビクンと、自分のなかの何かが脈動して蠕動して痙攣して跳ね回る。内側から拡がったその感覚が骨を肉を皮膚を衝き動かし、次第に全身が小刻みに震え出す。
『もうダメ? 我慢できない? 限界? もう
ダメだ。ダメだダメだダメダ――頭では分かっているのに、身体が言うことを聞かない。どんどん黒くなる。どんどん白くなる。どろどろ白くなって溶け出して、ぼろぼろ溢れそうになる――
「出る……出ちゃう――大事なものが――」
『いいよっ、出してっ、ぜんぶさらけ出して! 気持ち良くなって……!』
ずぶずぶと――それはとっても気持ち良い――ぐずぐずと――中に入る。一つになる――ふかぶかと――入り乱れる。混じり合う――
来る……う――……狂う――!
「ひとの下僕に何してくれてるんですかコノヤロー……!」
――ずぐふっ!
何かが、飛んできた。
それが、ロストの上にまたがっていた誰かを吹っ飛ばした。
それは――
「せい、けんさ、ま……?」
離れたところに、肩で息をする――ひとりの、女の子の後ろ姿。
それはぼんやりとしていて、色も形もよく分からない――ただ、"それがそうであるということ"だけが理解できた。
「まったく……どこの馬の骨だか知りませんが――寝込みを襲うとは、不躾な。この上ない邪悪……いえ、この下にないほど下劣で低俗な存在ですね!」
『――……』
「はあ? 共通語でオーケイですが?」
//――器……
『『ワタクシは何者になれますか?』』
「いや、意味不明ですが? 共通語でオーケイとは言いましたが、別に口を開くことを許可した覚えはありません」
『ワタクシはN番目ですか?』
『あなたは1番目なのですか?』
??ハジマリにして、オワリ――呪われた、魔剣……
「あぁっ、煩わしい! ……何なのですか! この<声>は……! ロスト! あなたのせいですか!? そういえばあなたが好きそうな単語の羅列ですしね!」
「は、はい……? いや、あの――何が、なんだか。ボクには、何も――」
「仕方ありません。夢から覚める一番の方法――わたくし以外に×されて悦んでいたくらいですからね、このわたくしの手にかかることは、きっと最高の体験になるでしょう」
「大剣、だけに……」
「よし――死になさい」
……………………、
………………、
…………――――どぴ
「うぁああああああああああああ!?」
『わぁああああああああああああ!?』
どこからか悲鳴が上がった。ロストは飛び起きた。
「な、何か!? ……聖剣さま!? 何かありましたか!?」
『それはこちらの台詞です、下僕』
「いや、でも、悲鳴が……?」
薄明かりのなか、聖剣は昨夜と変わらない場所に突き刺さっている。
「……レリエフ(仮)さん……?」
すぐ近くに巨大鎧が転がっている。まるで腰を抜かしたかのように、地面に座り込む格好だ。
「どうしたんですか」
『ど、どうしたもこうしたも――恩人殿がうなされていたかと思えば、突然大声を上げるものでありますから……』
よっこいしょ、と腰を上げる鎧である。
『もう、びっくりしたでありますよ。
「それは――ちょっと見てみたい――申し訳ありません」
『……ところで、恩人殿?』
「その呼び方で定着してるんですか……。名乗りませんでしたっけ。それともあれですか、ボクがなかなか名前を覚えなかったことへのあてつけですか」
『いえいえ、そんなつもりは微塵しかなく、ただこれで呼び慣れてしまっただけでありますが……――それよりも、でありますね』
微塵はあるのか、と突っ込みかけるも、急にレリエフ(仮)が声のトーンを落とすものだから、何か重要な発見でもあったのかとロストは口を閉ざし、続きを待つ。
見れば、レリエフ(仮)の手には、昨日は見かけなかったバケツのような容器があり、その足元には液体が飛び散ったような跡が出来ていた。鎧の脚にも雫が残っている。
(……また液漏れしたんだろうか……)
寝起きのせいでぼんやりしているのか、再び浮上するロボット説。
『何か、恐い夢でも見たのでありますか? その……言いづらいのですが――』
「恐い夢……? ん――」
ちら、と聖剣の方を見る。何か――
(聖剣さまが美少女になっていた、ような……――いや、まさかね。聖剣さまがそんな、絶世の美少女なわけ、)
『聞こえていますよ、下僕』
「え」
思わず口を手で押さえる――驚きのあまり間抜けに開いていたが、別に声にはしていなかったはず――いや、そんなことよりも――
遅れて――ようやく――気付く。
「……あ」
『はい、そうであります――ちょうど、ここに水があるであります。驚いて少しこぼしてしまいましたが……』
『驚いたとは、下僕のこの痴態にですか? では慣れておく必要がありますね、恐らくこれからもたびたびするでしょうから。きっとクセになっているんでしょう』
寝床代わりに岩場の上に敷いていた布に、うっすらと液体が溜まっている。どうやらこの布、撥水加工がされているようだ。液体は染み込んでいない。しかし、ロストの脚のあいだは濡れていた。
「――――」
『…………』
『……水場を、見つけたであります。我輩の吹き飛ばした岩山の下に、水源が……』
「~~~!」
『早く片付けなさい、下僕。時間は有限ですよ』
「……死にたい」
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