6 よるのいとなみ2 - レリエフさん(仮)
「ま、まあ……本人かどうかは別にして――本当に聖騎士かどうかも置いておくとして――他に、何か思い出せることはありませんか?」
『はい……。恩人殿が言うように、我輩もどこからか落ちてきた――と、思われるであります』
「ええ、それはまあ……たぶんそうやって落下したから、あんなに出血していたんだと思います」
固形物の入った皮袋に目を落とす。赤黒く汚れている。
『それに、この<聖骸>……これにはある程度の飛行機能が備わっているようでありますから、やはり我輩はあの壁を越えてきたと思われるであります』
「じゃあ……! もしかして、ボクたちを連れて飛んでいくことも……?」
『それが――どうにも、不調というか、機能に障害があるようであります。先の戦闘で実感したであります。<
「落下して内部の機構が故障したのか……そもそも、故障したから落下したのか……」
いずれにしても、壁を越えることは難しそうだ。
(でも、壁の向こうに、国がある――それが分かっただけでも収穫だ)
レリエフが何者であれ、一応『騎士』であるという話は信じてもよさそうだ。例の固形物の食べ方といい、身にまとっている鎧といい、それだけは信憑性が高い。
だとするなら、『騎士団』を擁する組織……国家があるはずだ。
『国でありますか……。確かに、我輩は国に仕える騎士であります――ぽら、ぽらりす……ぽろり――ポラリスタ――そう、我が祖国の名は<ポラリスタ>……!』
「ポラリスタ……」
不思議と、耳馴染みのある名前だ。ぽらりすた、ぽろりした……何度となく口のなかで繰り返す。そのあいだも、レリエフは頭を抱えるようにしながら、うわ言のように、
『我輩は女王の命を受け――いや、我輩自らの意思で、幼き「天子」さまをお救いすべく――……そう、姫をお救いするべくその後を追った、かの<伝説の聖騎士>殿のように――』
「てんしさま……。それが、主さまですか」
『はい――ただ……なぜでありましょうか。それが王子であったのか、姫であったのか……記憶のなかのお姿には後光のようなものが差していて、うまく思い出せないであります』
思い出せないのは記憶喪失だからか、それとも――鎧に残されたメッセージを読んで、「自分は主を探している」と思い込んでしまっているだけ、全ては妄想の類なのか――
『どことなく……気高く、聡明で、そして愛らしい容姿をしていた気がするでありますから、きっと姫だと思うであります!』
「ずいぶんとアバウトなんですね……」
『騎士とは、王に拝謁する際に
と、聖剣からのフォローが入る。話しているうちにこちらも何か思い出してきたのだろうか。
「ともあれ、その姫を探しに、レリエフ(仮称)さんはこの場所に来た、と。そこは鎧のメッセージと一致しますね。もしそのメッセージがレリエフ(仮称)さんが自分で刻んだものなら――ホール……でしたっけ。それがここの名称なんでしょうか」
他人の鎧を
(……そうなると、ここがそれだけ危険な場所だと、国では認知されていたことになる――そんな場所に、お姫様が? ……お転婆か?)
ともあれ、聞きだせるのはこれくらいか。レリエフ(仮称)も状態はロストとそう変わらないようだ。この世界の知識を持っているぶんマシだろうが、記憶のない――そもそもこの世界の人間ではないかもしれない――ロストが聞いても、現状それほど役に立つとは思えない。
「とりあえず、お互い行く当てもないようなので、しばらく行動を共にしてもらってもいいですか? レリエフ(仮)さん。その方が何かとべん……助かるので!」
『はい、我輩もそれに異存はないでありますが――その(仮)はどうにかならないでありますか?』
『そんなことよりも、です』
と、聖剣が再び口を挟む。
『そこの自称騎士――あなたは先ほど、文学は不得手とは言いましたが、騎士に関する話には通じている、というようなことを言いましたね?』
『それはもう。何せ我輩こそ、その伝説に謳われる聖騎士の一人でありますから!』
「自称ですけどね」
『じ、自分のこともロクに覚えていない我輩でありますが! しかし! なぜか自分が「聖騎士」であると、「聖騎士」とはなんであるかを、そのことは事実として、知識として理解しているであります! 自分が人間であることを誰に言われずとも分かるように!』
え、人間なんですか、と今更な疑問と好奇心を覚えるロストだったが、
『それならば――わたくしの主さまについても何かご存知なのではないですか? わたくしはポラリスタという国名に覚えはありませんが――同じ聖騎士を名乗るのであれば』
「…………」
薄々、ロストは感じていたのだが――この聖剣は、もうずいぶん長いこと、この場所――<ホール>と仮称する――にいるようだ。聖剣に年齢はなく、寿命というものとも無縁だろう。しかし、人間はそうではない。それはつまり――
(伝説に謳われる――それってつまり、聖剣さまの真の持ち主はもう――)
そしてそのことを、聖剣も自覚している――あるいは、目を逸らしながらも――
「ボクも、そもそも聖騎士ってなんぞやって、多少興味があります。よかったら……なんかこう、『これぞ聖騎士!』って分かりやすく伝わるような、いい感じのエピソードをお願いします」
『いい感じのエピソードでありますか……うーむ――たとえば、お仕えする姫のため、その後を追って冥府に身を投げた――騎士の忠義を謳うエピソードなどがありますが――これぞ聖騎士でありますか――そもそも聖騎士とは――えーっと……なんでありますかね……?』
「あれ?」
『い、いえ、ちゃんと分かっているでありますよ!? 何せ自分のことなのでありますから……!』
伝説の称号であることは知っているが、その由来については詳しくないパターンのやつだろうか。世襲制などで形式的に受け継がれる称号なのかもしれない。
『聖騎士とは、でありますね――人々を、文明を滅ぼしうる<四つの
「伝説っぽいですね……。聖剣は出てこないんですか? どういう訳かボク、三本の聖剣があるっていう話を知ってるんですが……」
『それはでありますね――御遣いに祝福された四人の聖騎士には、様々な異能が備わっていて、常人には扱えない力を行使する権利が与えられている、と言われているであります。その一つがこの<聖骸>であり――三本の<聖剣>である、と』
『わたくしのことですね!』
なんだか楽しそうだ。ロスト個人としてはその<聖骸>とやらについて詳しく聞きたいところだが、今は聖剣さまに譲っておこう。
『正直、我輩はあまり聖剣については詳しくないでありますが――いわく、決して折れることなく、あらゆるものを断ち切ることが出来る……もっとも優れた剣、であると。通常の剣では刃の届かない悪霊、悪因すらも断ち切る、あらゆる
悪霊――と言われ、ロストの脳裏をよぎるのは、昨日のオオカミである。通常の生物とはかけ離れた存在であったように思う。あれに抵抗できたのも、聖剣だったからこそ、なのだろうか。
『伝説の聖剣といえば、でありますね――三本と言いましたが、伝説に謳われているのは一本のみ――失われし三本目の長剣。これはかつて存在した伝説の都が滅びた時、共に失われてしまった……と。人々が罪を犯したため、天の怒りに触れた結果、取り上げられてしまったという話であります』
「へえ……。それが聖剣さまなんでしょうか? 神さまに没収されたんですか?」
『…………』
「聖剣さま?」
『そういえば、伝説の聖剣とは美しき長剣である、と言われていたであります』
焚き火に照らされる聖剣は、刀身が大きく、ややくすんだ銀色をしている。散々地面を引きづってきたので、土や泥に塗れているのは仕方ないとして――長剣といえばそうかもしれないが、どちらかといえば「大剣」という表現が相応しい――
「…………」
『…………』
妙に気まずい沈黙が流れていた。
「あ、あの、一つ気になったんですけどね!」
『な、なんでありますか!』
「聖騎士は四人なんですよね? なのに、聖剣は三本なんですか?」
『それは、でありますね――<3>、というのは「聖なる数」というのもあるでありますが――実は四本ある、とも言われているであります。数も合うでありますし』
「へ、へえ……! じゃあもしかすると、その四番目がうちの聖剣さまかもしれませんね!」
『…………』
ノーコメントである。
「せ、聖騎士について詳しく……」
本来の目的に戻ろう。
『聖騎士は四人いるであります。一人は、「壊剣」の聖騎士。その名の通り、手にした武器を破壊してしまうほどの怪力の持ち主であります』
「……とんでもない人ですね……」
『一人は、「投剣」の聖騎士。その名の通り、剣を投げるであります』
「剣は振るうものでは……?」
『一人は、「棄剣」の聖騎士。一度使った剣は棄てるそうであります。剣よりも刀を多く使うとか。「棄刀」でありますかね』
「わあ……」
『そして最後に、「無剣」の聖騎士。そもそも剣を使わないであります。我輩のことでありますね!』
「…………」
レリエフ(仮)のことはさておくとしても――なんとなく、聖剣が頭を抱えているような気配を感じた。剣のことが嫌いなのかというくらい、ロクでもない二つ名を持つ聖騎士たちである。
「あのぅ……聖剣さまの知ってる聖騎士はいましたか?」
『いません! なんですか今のロクでなしの集団は!』
「そうですか――……時代が違うのかも、しれませんね……」
『~~~!』
なんだかめちゃくちゃ機嫌が悪そうだが、
「ボクとしては、ちょっと腑に落ちる部分もあったりするんですけどね――壊すのはともかく、投げたり棄てたりする人たち……聖剣さま、誰かにここまでぶん投げられた覚えとか、ありません? それで失われてしまったのかも」
『我輩専用の聖剣がないのも、それが理由かもしれないでありますね……』
「それは……レリエフ(仮)さんの先代とかが紛失したのかも……」
『そういえば、「壊剣」の聖騎士には、かの者に相応しき剣でないために、手にした剣が壊れてしまう――という逸話があるであります』
ぴく、と聖剣が興味を示した気配があった。
「じゃあ、折れることのない聖剣こそ、その人が真に手にすべき剣……という風にも考えられますね。その『壊剣』の聖騎士さんについて、他に何か知りませんか?」
『いえ――「東」の話はあまり入ってこないでありますから――……東? 今ちょっと何か思い出しかけたであります!』
「そうですかそれは良かったですね――」
東。
(現在地が西側だとするなら、真逆なんだけど――壁を伝っていけば、もしかするとどこかに扉なり門なり、何かしらの出入り口があるかもしれない)
ようやく、今後の方針が見えてきたようだ。
……それと、レリエフ(仮)には何かものを考えさせるより、適当に話をさせていた方がぽろっと情報を聞き出せそうだと、ロストは思った。
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