5 よるのいとなみ1 - 異世界料理(?)
「――とまあ、そういう感じですね。ボクと聖剣さまはこの森……この壁のなかの世界のことをほとんど何も知りません。そしてボクは聖剣さまが本当に<聖剣>なのか多少疑いを持ち始めています」
焚き火を囲いながら、一人と一本と一体は休息をとっていた。
レリエフが<アンデッド>の群れを退けて、少しして――夜もずいぶんと深くなり、夜目の利かないロストを歩かせる訳にはいかず、そもそもどこへ向かうべきかの指針もない。そのため一行はこの場で野営することにしたのである。
準備は全てレリエフがしてくれた。てきぱきと――森の方に行って薪になる木の枝を伐採し、ついでに果実を収穫する。手際よくその辺の小石を集め薪を並べると、手甲から火を噴いて焚き火をおこしたのである。本人いわく、『騎士でありますから』とのこと。ロストは一部始終を呆然と見守っているだけで、何もしなかった。まったくの役立たずだった。騎士とは万能の存在……便利な言葉だなぁ、と感心していただけである。
口に入れた先から溶け出していくような果実を摂りつつ、ロストは自分と聖剣のこれまでの経緯をレリエフに話した。そのあいだレリエフは、自身が引きずっていた例の布を切り裂き、ワイルドな格好なロストのために衣服を繕ってくれた。本当に万能である。やはりロボットかもしれないとロストは思った。
新しい装いは頭からかぶるタイプの上着と、膝下まであるスカート状の腰巻き。生地が厚いため通気性が悪く多少蒸れるし、重さもあるが、臭いし薄いし素肌の露出が多いため怪我をしやすいこれまでのぼろ切れに比べれば、じゅうぶんマシである。
「そんな訳で――やっぱりボクは、異世界からやってきたんじゃないかと思うんですよ」
『まぁた始まりましたか……』
聖剣が呆れているが、レリエフはきょとんとした様子で、
『イセカイとはなんでありますか?』
「ご存知ないですか? この世界とは異なる、別の世界のことです。ここより文明の発展した……人の手による巨大な建造物が街に溢れていて、人の仕事を代わりにやってくれるロボットがいっぱいいる、そういう世界があるんです」
……不思議なことに現在、一行は天を衝くような巨大な壁の下におり、ロストの前には、彼の代わりに様々な仕事を請け負ってくれる機械めいた存在がいるのだが。
「と、ともかく、そういう世界から、ここみたいな……文明があまり発展していない、未開の土地に移動する……いつの間にかそんなところにいる、みたいな、そういう物語が世のなかにはあるんですよ。少なくともボクがこんなことを口にするくらいには、記憶をなくす前のボクの身の回りには存在していたはずなんです」
『そうでありますか……。なにぶん、我輩、文学は不得手でして……。騎士に関する伝説なら、いろいろと知っているのでありますが。何せ、自分がその聖騎士なものでありますから!』
「そうですか……。とりあえず、異世界の話は置いておきますけど――なんにしても、ボクはどこか高いところから落ちてきたんだと思うんですよ。それで木に引っかかって……枝が折れて、地面に落ちて、目が覚めた。どこから落ちてきたのかは分からないんですが――たぶん異世界なんですけど――あの、<アンデッド>たち。彼らも、その……」
『恩人殿と同じように、落ちてきたものたちでありますか?』
「はい……。ボクの場合、今説明したように、奇跡的に助かったんですけど、そうはならなかった人たちが――」
もしかすると、自分もそうなっていたかもしれない。奇跡の有無か、他に何か理由があるのかは分からないが――もしも、という不安がロストの口から漏れる。
焚き火の薪と一緒に燃えている、かつて自分が身にまとっていたぼろ切れをぼんやり見つめ、ため息をこぼす。
(というか――ボクも実は、半分そうなってるのかも――だって、お腹も空かないし、怪我も治るし――疲れも感じない……)
これは人間的ではない、と思う。
そして、人間的でないということが――とても、恐ろしいことだと感じる。
『なんにしても、であります。とりあえず今はしっかり食べて、休みましょう。身体は疲れていないと感じても、心もそうとは限らないでありますから。しかし、きちんと食べてお腹を満たせば、気分も上向き、前向きになれるというものであります』
「いや、でも、食欲がないといいますか……レリリエフさんが採ってきたフルーツはなんていうか……」
ロストが森のなかで収穫したものもそうだったが、ここらにある果実はどうにも味気ない。無味無臭で、味わえるのは食べたという気分だけ。しかも、口のなかは潤うが、あまり腹に溜まったという感覚が得られないのだ。食欲もないので困りはしないのだが、口にするたびにこれでいいのかという疑問や不安がよぎる。
『では、これはいかがでありますか。多少食べづらいでありますが、今なら比較的新鮮な鉄分も含まれている、完全栄養食であります』
と、どこからか小ぶりな皮袋を取り出すレリエフである。ロストは渡されたそれをなんとなく受け取って――焚き火に照らされた皮袋が、赤黒く汚れていることに気付く。
「……こ、これは……? まさか、さっきの戦利品……」
『それは我輩の血であります』
「…………」
鎧の中に仕舞っていたものなのだろうか。結ばれていた紐を解いて、皮袋の中を確認する。親指大のサイズの、茶色の固形物がいくつか入っていた。幸い、皮袋の中まで血は浸透していないようである。それでもやはり気分的な抵抗は感じたものの、
「い、いただきます……」
とにかく食べてみれば、気分も変わるかもしれないと思い、一つだけ口にする。
『石のように固いので、噛まずに舐める、口の中でほぐしていって、溶け出したものを噛んで飲み込むであります』
口の中の水分が奪われていく――そのぶんだけ固形物が角から柔らかくなっていき、砂のようなじゃりじゃりとした質感が舌を刺激する。申し訳程度の甘みが口内に広がると、不思議と唾液の分泌量が高まり、固形物の崩壊が促進される。崩れた小片は歯のあいだに挟むと簡単に砕け、飲み込むと、喉を通っていく確かな実感が得られる。
「……!」
決して、特別美味しいという訳ではない。しかし、あの果実よりは確実に、「食べた」という実感を得られる――「生きてる」ことを噛み締められる一品だった。
「これは、なんという食べ物ですか?」
『さあ……?』
「え」
『身体に良いとされる様々な物質を、集めて固めて、申し訳程度に砂糖で味付けした、騎士団ご用達の完全栄養固形食、としか』
「そ、そうですか……」
素材が不明なのが若干気になるが、製法が分かっているだけ安心できる。
『…………』
ロストがもう一つ頬張ろうとすると、どこからか何か言いたげな視線――気配を感じた。
地面に突き刺さった聖剣である。
「おや、もしかして聖剣さま、食べたいんですか? 羨ましいんですか?」
『いえ、別に』
「だけど残念、聖剣さまにはお口がありませんからねぇ……」
『そんな! ことよりも……! デザートの時間です! この騎士の話を聞くべきではありませんか!』
「ん、それもそうですね――」
すっかり忘れていた、訳ではないが、自分のことでいっぱいいっぱいで気が回らなかった。
固形物の名称こそ知らないが、食べ方を詳しく把握しているなど、この騎士には明らかにロストや聖剣が持たない経験や知識がある。そもそもどこからやってきたのか、何をしにここへ来たのか、そういう話を聞けるだけでも、ロストたちにとっては大きな前進である。
『我輩の話でありますか? 我輩は安心と信頼の騎士、聖騎士レリエフ・トラストリアであります!』
「それはもう聞きましたから――トラットリアさんはどうしてここに? もしかしてなんですけど、この巨大な壁を越えて……飛んできたんじゃありませんか?」
『…………』
沈黙する聖剣、そして騎士。なぜそこで黙るのか、何か言えない事情でもあるのかとロストが若干の警戒を覚えていると、
『我輩は……はい、確かに……壁を越えて……飛んで? 来たのだと、思われるであります』
「えっと……?」
『すみません、恩人殿……どうも、その辺の記憶が曖昧であります。どうして我輩があんなところにいたのか――そこに至るまでの経緯が、詳しく思い出せないであります』
「え、でも、ボクと違って自分の名前とか、主さまを助けに来たとか――」
『それは――実はでありますね、ここに……』
「!」
こん、こん。と――鎧の内側から、ノックでもするような音が聞こえた。
『<私の名は安心と信頼の騎士、聖騎士レリエフ・トラストリア――主をお救いするべく、このホールに突入す>――と、鎧の内側に刻まれていたのであります』
「ええ……。それって……え? つまり――」
もしも――もしもこの鎧が、誰か別人のものだとしたら――『レリエフ・トラストリア』という名前も、誰か他の人物の名前という可能性もあるのか。
「あなたは……レリエフさん、じゃない……?」
『く……面目ないであります……』
初めてちゃんと呼んでもらえたのに、それが本名でないかもしれない――という、なんともいえない感情に苦しめられているようであった。
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