4 機械か巨人2 - <アンデッド>
『恩人殿、なぜお隠れになっているでありますか? てっきり爆発四散させてしまったものかと……』
こちらの身を案じるような台詞に、ロストは聖剣の陰から顔を覗かせる。
『それに……どなたかとお喋りされていた様子でありますが、他にもどなたかおられるのでありますか?』
「あれ……? もしかして聖剣さまの声がお聞こえでない?」
『ええ、わたくしは今、あなたの頭に直接話しかけていますから――せめて我が一部に触れてもらわねば。そうすればこの騎士から情報を吸い取ることも出来ます』
情報を? 吸い取る? ――どことなく不穏な響きに若干の躊躇いは覚えたが、
「……でも、ボクは触る前から声が聞こえていたような……?」
『それは、あれですよ――……言われてみれば不思議ですね――何かこう、わたくしの偉大なる力が目覚めたのだと思われます。何せわたくし、奇跡を起こす聖剣ですので!』
えっへん、とか続きそうな根拠のなさが窺える発言である。
「そんな、適当な……」
聖剣の言葉に呆れていると、
『…………』
しゅこー、しゅこー、という呼吸音が闇のなかから聞こえてきた。自分も会話に混ぜてくれと言わんばかりに主張が強い。
見れば、佇む巨大なシルエット。赤い単眼がこちらを見下ろしていた。不気味なことこの上ない。改めて近くで見ると、なかなか威圧感のあるサイズである。
『……恩人殿、いったい何と会話を――はっ……これはもしや、突っ込まない方がいい案件なのでは……? 見れば相当にみすぼらしい格好をしているであります――我輩の想像も及ばぬような艱難辛苦を越えてきたのやも……可哀想に』
「え、初対面の人――ロボット……? にドン引きされた上に憐れまれてるんですが……」
『頭のなかに架空の友人を設けることで、日々を乗り越えてきたのでありますね……。そんな身空でありながら、どこの誰とも知れぬ我輩を気遣い、手を差し伸べてくれるとは……』
ぽた、ぽた……。
「……あのう、何か滴っているようなのですが……まさか、液漏れしてる?」
『あぁ、はい。我輩、どうにも負傷していたようで。今はまったくなんの問題も――まあ、ないとは言い切れないのでありますが――』
巨大鎧はそう言うと、若干前屈みになる姿勢をとりながら、両手を使い、腰から膝上までを覆うスカート上の金属板を軽く持ち上げた。実にスムーズな動きで、物音もほとんどしないなとロストがその謎の性能に感心していると――
びちゃぁ……、どぼどぼ……。赤黒い液体がその足元にまき散らされる。
『めちゃくちゃ出血していたようであります。しかし不思議と、まるで他人の血であるみたいに、我輩自身にはなんの負傷も見られないのでありますが』
「うわあ……」
ドン引きした。絵面もそうだが――これは、もはや致死量ではなかろうか。やはり『中の人』は巨人の類なのか。それにしても、いったい何があればそんな重傷を負い――どうして、鎧の表面にはこれといった損傷が見られないのか。
(鎧には傷一つないのに、中の人は負傷している……。聖剣さまが聞いたという地響きといい……何かに吹っ飛ばされて、あんなところに? それとも――)
聖剣の輝きに照らされて、輝く鎧。そのところどころにくくりつけられた紐と、その先に繋がる例の布に目をやる。マントといった風情ではない。どちらかといえばそれは、風を受けるための――
(……あの『壁』を越えて――飛んできた……?)
そして、墜落したとすれば――いろいろと、辻褄が合うのではないか。
(それにさっき、この場所のことを<ホール>って……)
正体がなんであれ、この巨大鎧には記憶があり、少なくともロストや聖剣が知る以上の情報を持っているようだ。
(とにかく――話をしよう。こちらに敵意はないようだし、意思の疎通もとれる)
そのためにも、まずは――
「えっと、レリーフさん」
『限りなく惜しいでありますが――なんでしょうか、恩人殿』
「ボクの名前はロストといいますが――ともあれ、ちょっとこの剣を手に取ってみてもらえますか。これは伝説の聖剣で、選ばれし者にしか抜けないそうなんです」
誰がいったいどういう基準で選んでいるのかは定かでないが、少なくとも聖剣に認められなければ――聖剣が「自分を使ってもいい」と判断した人間でなければ、引き抜くことは出来ないらしい。仮に認められても、聖剣的には真の主以外には振り回されたくないようだが。
『伝説の聖剣とは、騎士心をそそるフレーズでありますね――それでは早速、えい』
「え」
巨大鎧の、人間的な関節を持つ五指が備わった手甲は聖剣の柄を握るのにちょうどいいサイズで、ロストが両腕でなんとか引っ張ってきたそれを、自称・聖騎士はいとも簡単に引き抜いた。
『ふむ――不自然な重量があり、多少扱いにくいでありますが――確かにこれは良い剣であります』
片手で、ぶんぶんと振り回している。
(これは……少なくとも聖剣さま的には、自分を持たせても問題ない……敵ではないって判断した、ということなのか……? それにしても――)
ほんの少し、複雑な気分になる。一番の友達だと思っていた相手が、他の相手と親しくしている光景を目撃したかのような――自身に関する記憶もないロストには縁遠いイメージだが、たとえるならそのような心の動きである。我がことながら、不思議な感想だった。
『我が主ではありませんでしたが――確かに、聖騎士を自称するだけの力はあるようです』
やはり力こそパワーという訳か――サイズ感もちょうどいいし、これからはこのロボが聖剣さまを運んでいけばいいんじゃないですか、その方がボクも楽できるし……等々、前向きなんだか後ろ向きなんだか方向性の定まらないことをロストが思っていると、
『はっ――どこからか女性のような声が!』
ぶすっ、と聖剣を地面にぶっ刺すと、背筋を伸ばしてきょろきょろし始める巨大鎧である。
『もしや我輩の主さまなのでは!?』
「節操なさすぎでは……? 今の声は、その剣のものでして――」
『あそこに見えるのはもしや――!』
「え?」
あらぬ方向にヘルメットを向ける巨大鎧である。つられてそちらに顔を向けるも、その先は真っ暗闇。白いもやも漂っており、ロストには何も見つけられないのだが――
『我が下僕、何か来ます』
「え? え?」
いやボクにはあなたから授けられたロストという名前があるんですがもしかして一度もまともに呼ばれてないのでは、とロストの脳内を駆け巡る不満は、次の瞬間不安へと姿を変える。
『良くないものです――悪霊の類でしょう』
「悪霊って……まさか――」
『いえ、あのオオカミほどではありません。しかし、距離を置いて複数いるのが厄介ですね。下手をすると仲間を呼ばれるかもしれません――』
「それは……」
聖剣を振り回しながら回転するという昨日のような戦法が難しい集団ということか。遠心力に任せても、回転したまま移動できる距離には限りがある。そして一度立ち止まれば、動き出すまでのあいだに大きな隙が生まれる――
『どうやら、我輩の出番のようでありますね』
「リリーフさん? 結局、主さまじゃなかったんですか?」
『はい、我輩の主さまとは似ても似つかないケガレの気配に満ちているであります。我輩の主さまはもっとこう、神々しいお方だったかと!』
「やっぱりそこはうろ覚えなんですね……」
いくら目を凝らしてもロストには何も見えないのだが――もやに動きがあることだけは分かる。何かはいるのだ。それも、近づいている――空気の流れ、臭い――
――う、ああ……、
――じ……おお……。
「! ……人の声じゃないですか?」
『いえ……見た目は人間のようですが、あれはもう怪異の類であります。――滅してやるのが、せめてもの情けでしょう』
するりと、巨大鎧にまとわりついていた紐が地に落ちる。見れば、鎧の手甲から刀身のようなものが伸びている。
『安心と信頼の騎士――聖騎士が一人、レリエフ・トラストリア――参る、であります!』
吶喊し、騎士は駆けた。
「っ――!」
駆けだした瞬間、突風のような衝撃が周囲のもやを吹き散らした。ロストはとっさに両腕で顔を守る。巻き上げられた小石が聖剣にぶつかって音を立てた。腕のあいだから垣間見えたのは、銀色の後ろ姿。もやを裂き、闇を裂いて、剛腕が振り抜かれた。
刃がきらめく――炎が照らす。
騎士の腕から伸びた炎が、人型の何かを切り裂いた。
直後、液体のようなものを噴きだし――シルエット自体が白い液体へと融けて、地面に消えた。
騎士の鎧が光を帯びている――その一帯だけもやが晴れる――聖騎士を中心として、ロストにもようやく、そこに群がる人型を捉えることが出来た。
「ぞ、ぞんび……?」
見た目は、確かに人間だ。元は白かったのであろう布を身にまとった――しかし、その容貌はもはや人のそれではない。衣服は赤黒く変色し、ところどころが破れていた。同様に、肌は青黒く腫れあがり、手足は異常な角度に折れ曲がっている。
それでもなお、動いている。
男性のようなものもいれば、女性だったようなものも――髪ごと頭皮を失ったのか、赤黒い断面と白骨を覗かせる一方で、長い黒髪を伸ばしたきれいな顔を半分だけ残したもの――肩から両腕を失いながら、血液と、それ以外の白い何かを滴らせる虚ろな顔をした男――その全てを、騎士は容赦なく燃やし尽くす。
炎に照らされて垣間見えた、その光景――次の瞬間には闇に隠れてしまったそれらを、ロストの目は、心は、捉えてしまったのである。
「っ……」
『気をしっかり持つのです、ロスト』
「聖剣さま……。でも、あれは――」
『かつて人間だったもの。その死体に悪霊の類がとり憑いたもの。動く屍――<アンデッド>です』
「…………」
そういえばこの聖剣、ひとのことを『生きる屍にして動かす』とかなんとか言っていなかったか。
それが――あれなのか。
『――どうやら、ここまでの道中、わたくしたちを追いかけていたのはあれらだったようですね。夜が深まったことで本格的に活動を始めたのでしょう。放っておけば、あれらは他の生物を手にかけます。見境なく――生きるためではなく……ただ、炎に群がる羽虫のように。生者が存在することそれ自体を許せないのだろうと、誰かが言っていた覚えがあります』
「あれが、人間だったのなら――この人たちは――」
どこから、現れたのか。
どうして、こうなったのか。
『文明破壊――ビィイイイイイイ無ッ!』
騎士がまた一体、屍を塵に変える。焼き払う。亡骸は残らず、なぜか白い液体のようになって霧散する。輝きと炎のなか――屍のまとっていた白い布が宙を舞っていた。火の粉が触れる。布はすぐに燃えて、塵となって消えてしまう。
「…………」
知らず、ごくりと固い唾を飲み込んでいた。肩から腰へとかけていた、ぼろ切れを握りしめる。
(あれは――あれが、ボクだったかもしれない――)
なぜだか、そう思った。
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