15話 からくり屋敷

 昔々、浅比古あさひこという若い男の大工が居た。

 建築の腕は一流だったが、性格は臆病を極め、彼はいつも何かに怯えていた。

 狙われている、敵がくる――周りの人々は一笑に付したが、いったい本人には、何が見えていたのか。

 やがてその腕で稼いだ浅比古は、龍穴りゅうけつの土地に、自身の屋敷を建てた。

 だが彼は満足しなかった。まだまだ足らんと。敵に備え、大きく頑丈に、何人なんびとにも設計を把握されないように、増築し始めたのだ。

 それをさかいに浅比古の姿を見た者はおらず、屋敷の増築は今も尚、続いている。



「――というのが、余が知る限りの、この奇妙な屋敷の概要じゃな」


 學園を出発し、翌日の昼。

 伊織は修一郎や恋華と、目的の屋敷の前に到着していた。


(こりゃまた……)


 ……いびつである。

 町外れの平地に建つ一軒は、いや、まず一軒と数えては語弊を生むだろう。

 まるで大量の家屋を集めて、握り飯のごとく纏めたような。

 厳密な階数は不明だが、高さは城ほど。

 土台には石垣いしがきも何もなく、倒壊しないのが不思議でならない。

 龍穴――星の氣が集まる土地は天災と無縁だが、にしても滅茶苦茶な建築だ。


「今さらだが、浅比古って男は生きているのか?」


 伊織の素朴な疑問に、恋華が眉をひそめる。


「分からぬ。事実として増築は続いておっても、姿を見た者はおらんからのぅ。仮に生きていれば、百歳より上じゃな……」


 長寿も長寿、生きていても、ろくに動けまい。

 こんな建物に篭もるくらい臆病なら、他人に増築を頼むとも考えにくい。

 となれば。


「術や異能か、それとも思念が怪異と化したか」


 怪異の行動は、元となった思念に強く左右される。

 中には小豆を洗うだけのおきなの怪異も存在し、人間のこだわりは千差万別だ。

 屋敷を増築する怪異も、十分にあり得る。

 伊織の推測に、修一郎が屋敷を見上げて。


「どれか、であろうな。資材にしても、どこから調達しているのか……。ただ害はないゆえ、今は警察も放置しているわけだ」

「過去に誰か、入った記録は?」

「昔、警察が一度だけ。土地の権利書を確認するためにな。しかし迷った末、浅比古には会えず、かろうじて脱出したと」

「脱出ときたか。ははっ、魔境でも広がっていたりしてな」


 冗談めかして言えば、


「入れば分かる。余が一番乗りぃ~!」


 恋華が躊躇ためらいなく、戸を開いた。

 すると屋敷内から、ころりと何かが転がってくる。

 牛か豚か、白骨化した動物の頭蓋骨だ。


「……やっぱり余は、しんがりが好みじゃ。背中は任せるが良い」

「あのな……」


 伊織は溜め息をつき、浅比古屋敷に立ち入った。




「……ひどい臭いだな」


 ごみが散乱している玄関をすぎ、だだっ広い廊下を歩く。

 老朽化が激しく、踏み出すごとに木の床が軋みを上げ、埃が舞う。

 長い間、誰かが立ち入った形跡はない。

 と言っても、呪言獣が律儀に玄関から出入りするとは考えられず、ひと通り調べて回るしかなかろう。


「……とてもではないが、おやつを食べる気分にはなれんのぅ」


 明かりの提灯ちょうちんを手に呟く恋華は、げんなりとしていた。


「ふははっ、忍耐の鍛錬と思えば、異臭にも耐えられようぞ」


 修一郎が平然と先頭を進み、廊下の脇、ぼろぼろの襖を開く。

 中は畳部屋、奥も隣も畳部屋……、さらに隣の廊下に階段があって上ってみれば、なぜか天井に突き当たった。

 もはや、性質たちの悪い迷路だ。


「のわぁ!?」


 探索中、足元の床がずぼりと抜け、恋華が体勢を崩す。


「おい……!」


 伊織は恋華の腕を引っ張り、背後の壁に寄りかかるが。


「うおっ!?」「ひゃわっ……」


 壁の一部が縦に回転し、視界の上下が逆になった。


(……っ!)


 咄嗟に風陣歩ふうじんほを使い、恋華を抱きかかえ、壁を蹴る。

 半身を捻って畳に着地し、周りを見回す。

 ここは先ほどと似たような畳部屋――壁の回転と共に、廊下の隣に移動させられた形だ。先頭の修一郎も気づいただろうが、声はしない。


「か、からくり仕掛けの壁か! すまぬ、余のせいで……」

「気にするな、俺も不注意だった」


 申し訳なさそうな恋華を離し、伊織は軽く壁を叩いた。


「……向こうの声が聞こえない割には、薄いな。斬れるか」


 刀を抜いて太刀筋を連ね、壁に大穴を空ける。しかし、


「何だと……?」


 壁の向こうは廊下ではなく、別の部屋だった。当然、修一郎は見当たらない。

 いかなる仕掛けか。流石に少々、焦る。


「……術に惑わされたかのぅ?」

「それはない、と思いたいが……」


 伊織は幻傷げんしょうを会得する過程で、術に惑わされない訓練も積んでいた。

 浅比古の建築、不可解の一言に尽きる。


「ひとまず探索を続けて、修一郎と合流を目指すか」

「そうじゃな~。向こうも明かりを持っておるはずじゃし、兄上なら一人でも問題はない」


 言い切った恋華が、壁の穴をくぐる。

 伊織は追って恋華と並び、次々と部屋や廊下の敷居を跨いでいく。


「修一郎を信じているんだな」

「……昔から、守って貰っておる」


 恋華の横顔に影が差す。


「余はこの力ゆえ、いきすぎた他人の好意で、幼少期は危険に陥ることが多かった。今は対応を学んだがの」

「……他者に好かれる異能の弊害か」

「本当は……、兄上は、柳葉家の次期当主になる気などなかった」

「そうなのか?」

「うむ、最初は身内の誰かに譲る気じゃった。けど余も含めて、色んな人たちを守るために、立場を受け入れたのじゃ。手っ取り早いから」

「……強い男だな」

「かわゆい余の兄だからのぅ」


 にこりと笑う恋華は、誇らしげだ。


「ははっ、否定はせずにおくよ」


 伊織は若干の呆れを込めて、笑い返した。

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