11話 山頂の戦い

   ◇◇◇



 伊織と葵の一方で、鳥居の近辺。

 沙奈は隆源と、互角の戦いを繰り広げていた。


「首切舞、緋王!」


 前方の首切舞が、沙奈の動きに応じて斬馬刀を振るう。

 上空の緋王が、沙奈の意思に応じて急降下し、鋭い爪を振るう。

 通常、式神は一体までしか召喚できない。

 しかし沙奈が片手に持っている神器は、その法則をくつがえす。

 自立行動すら可能な緋王は、優秀な戦力だ。


「鬱陶しい……! 密迹金剛みっしゃくこんごう!」


 隆源のそば、密迹金剛が拳で斬馬刀を、錫杖で爪撃を受け止める。

 単純に二対一、術者も含めれば、三対二か。

 緋王の存在は、以前までの沙奈と隆源の差を、完全に埋めていた。


「この程度で、やれると思うなっ!!」


 密迹金剛が強引に斬馬刀を逸らし、巨躯をひねり、緋王の羽を殴りつける。

 退しりぞく緋王は軽微の負傷、その身体は炎に包まれており、密迹金剛の肌が焼ける。

 神器という括りで見れば、現状の緋王はそこまで強くはない。

 緋王の本質的な強みは、使い手と寄り添った成長にある。

 術者の沙奈が、まだまだ未熟なのだ。それでも。


(十分、戦えてる! あの隆源さんと……!)


 流石の神器だ。しかも緋王の負傷は、沙奈に返らない。

 負傷の許容量を超えれば、ほかの式神と同様にしばらく使えないが、利便性は抜群だった。


「触れれば焼けるか。厄介な式神め……」


 隆源が改めて、沙奈を見据える。


「良かろう、沙奈よ。我がどう思おうと、貴様が神器に選ばれたのは事実だ。貴様は強くなった。ゆえに我も、全力をもって戦おう」

「……っ!」


 隆源に称賛され、沙奈の内心に、様々な感情が浮かぶ。

 隆源とて、最初からこうだったわけではない。

 立場を自覚できていない幼少期は、たまに遊んで貰った。

 土御門つちみかど流の符術ふじゅつを学ぶ妹弟子として、兄弟子の隆源を昔は尊敬していた。

 今も尊敬する部分はあった。

 明堂院、本家男子の隆源に圧しかかる責任や重圧は、いかほどであろうか。

 これまでの扱いの嫌悪感と、称賛の喜びが入り混じる。


「覚識・顕現――」


 そして今。

 隆源は沙奈を、全力で戦うに相応しい相手だと、認めたのだろう。


「――地流天恩受死ちりゅうてんおんじゅしっ!!」


 一見すると何も起きていないが、顕現によって、たしかに隆源の何かが変わった。

 覚識とはさとりの概念のもとで、己が何者なのかを知り、感覚を広げ、第六感を会得する力だ。

 第六感で何を知覚するのかは人それぞれだが、隆源は間違いなく、沙奈とは似て非なる世界に身を置いていた。沙奈が至っていない境地だ。


「いくぞ、沙奈!」


 密迹金剛に続き、隆源が数枚の札を持ち、前に駆けた。

 ひとまず様子見と、沙奈は首切舞を下がらせ、緋王で牽制を試みる。


「緋王、お願い!」


 旋回した緋王が、羽ばたいて熱波を撒く。


の刻、日鉄にってつ。登りの風が、岩肌を撫でるか」


 言った隆源が、密迹金剛を盾に、右へと曲がる。

 直後に一陣の山風が吹き、熱波の流れが変わり、隆源たちから逸れた。


「そんな偶然で……!」


 沙奈は隆源に合わせ、接近されないように後退していく。


「はっ、そこの岩は滑りやすいぞ?」


 忠告とほぼ同時、足を下げた沙奈は滑り、尻餅を突く。


「いたっ……。偶然じゃ、ない?」


 未来予知――違う、そんな滅茶苦茶な知覚はありえない。

 だが、それに類する何かだ。

 沙奈は陰陽道にもとづく知識を、総動員する。


二言ふたことに共通する言葉は岩……。足元、地面……?)


 起き上がりながら思考を巡らせるが、既に隆源や密迹金剛は、素早く距離を詰めてきていた。


「ひ、緋王、守って! 首切舞!」


 緋王が密迹金剛に体当たりし、ゆく手を阻む。首力舞に隆源を攻撃させる。

 脅威度を考慮すれば、合理的な判断、のはずだった。

 首切舞が斬馬刀で大きく薙ぎ、


「今この一瞬、ここで攻撃は受けん!」


 隆源が足を止め、斬馬刀が空振った。

 あと一寸(約三cm)でも進んでいれば、切っ先は腹に届いていただろう。

 佇む隆源は冷静沈着で、


二重起爆符にじゅうきばくふ!」


 と投げた二枚の札が、首切舞のすぐ横を通過し、沙奈の左腕に張りつく。


「不味い、きゃ、ああっ……!?」


 二重の爆発が沙奈を襲う。

 激痛が走り、黒ずんだ左腕から、ぼたぼたと血が流れ落ちる。

 なるべく負傷の具合は視界に入れずに、


「……分かったわ。隆源さんは、地相ちそうを知覚しているのね」


 沙奈は隆源の覚識を看破した。


「ふんっ、貴様であれば、理解も早かろうよ」


 陰陽道における地相とは、地面の様相を読み、土地の良し悪しを見る占いを指す。

 本来は儀式を必要とし、広い範囲を見るが――おそらく隆源は地相を第六感で知覚し、より細分化して見ていた。

 地面の乾きで風を予測し、悪しき場所に相手を立たせれば転び、良き場所に自らが立てば、攻撃は受けない。

 口振りからして細かな良し悪しは、常に循環している。


「理解したからと言って、防ぐ手立てはないがな! 鋼符こうふ!」


 拮抗は崩れた。隆源が札を硬く鋭利に変化させ、沙奈を狙う。

 緋王を動かすが、爪撃は当たらず、寸前で避けられる。


(こんなの、どうしたら……!)


 対応し切れず、左腕の負傷も相まって、首切舞の操作がおろそかになる。


「やれ、密迹金剛!」


 最中さなか、密迹金剛が錫杖で、首切舞の頭部を粉砕した。


「かはっ……!?」


 首切舞が掻き消え、沙奈は吐血し、一気に追いつめられていく。

 絡繰太夫からくりだゆうは出せるが、もしもそちらまで壊されれば、術者の沙奈が耐え切れない。

 そもそも今の隆源に、糸の捕縛が効くのかどうか。


「……っ、起爆符!」

「効かん、結界符!」


 沙奈が投げた札を、隆源が結界で難なく防ぐ。

 緋王は密迹金剛の足止めで、精一杯だ。

 このままでは負ける。敗北は死を意味していた。

 活路が見い出せず、


「二重起爆符!」


 隆源が再び二枚の札を飛ばす。


「緋王……、く、あっ……」


 割り込んだ緋王が庇い、直撃はしなかったが、沙奈は爆風の勢いで岩場に転がる。

 見ればそろそろ、緋王も限界だった。


「……終わりか。分家の女に生まれなければ、こうはならなかっただろうに」


 隆源が憐れむような眼差しで、沙耶を見下ろす。


(私は……!)


 明堂院の分家の女に生まれ、嫌になったときはある。立場を恨んだときもある。

 事実、生まれや立場が違えば、こうして命は狙われまい。


(だとしても……)


 生まれや立場が違えば、出会えなかった人々が居る。得られなかったものがある。

 伊織と死合うこともなく、親しくなることもなかっただろう。


「私は、後悔なんてしない!」


 歩んできた道を。重ねてきた努力を。


「だって、私は私だから……!」


 死地において、沙奈はおぼろげに自己の本質を知り、心から肯定した。

 ゆえに今、ここで至る。たどたどしく立ち上がり、


「覚識・顕現――」

「な、に……!? 貴様……!」


 傷だらけの沙奈は、生まれへの、立場への誇りをもって叫ぶ。


「――八門方陣はちもんほうじんっ!!」


 新たな感覚を得て、沙奈の世界が一変する。

 視覚上は変わらないが、たしかにそれを感じていた。


「……っ!? 密迹金剛、く潰せ!」


 隆源が焦りぎみに命令し、踏み込んだ密迹金剛が、沙奈に錫杖を振り下ろす。


「緋王、きて!」


 沙奈は緋王を頭上にいかせ、ふらふらと左後ろに二歩、移動した。


「遅いぞ! 緋王を盾にすれば良いものを!」


 二歩程度では避け切れず、よもや必殺かと思われた一撃は。


「ぬ……!?」


 目測を誤ったか、錫杖が沙奈の真横、岩場に叩きつけられた。

 幸運としか呼べない状況は、無論、沙奈が引き寄せた現象だ。


「南西……、ここからなら!」


 隙を突いた緋王の爪が、密迹金剛を襲う。

 幸運にも密迹金剛が傾き、爪撃はその肩を深く抉った。


「ぐおっ……!? そういうことか!」


 隆源が口端から血を垂らし、拳を握り締める。


「貴様、方位を読んでいるな……!」

「えぇ。そっちは今、凶方きょうほうよ」


 沙奈の覚識は八門――八つに分けた、方位を知覚する。

 方位には吉方きっぽうと凶方があり、吉方に立てば幸運がもたらされ、凶方に立てば不運に見舞われる。

 吉方と凶方は常に循環し、一定ではない。

 奇しくも……、いや、同じ流派ならば必然か。

 隆源と似た覚識は、だからこそ真っ向から対抗しうる。

 良き足場と悪しき足場、吉方と凶方、これは大自然の摂理の読み合いだ。

 さらに変化が、もう一つ起きた。


「緋王! 次は東からよ!」


 羽ばたく緋王を包む炎が、轟々ごうごうと勢いを増す。

 沙奈が覚識に至り、緋王も応じて成長したのだ。

 高速の急降下は、さっきまでとは比べものにならない威力だった。

 吉方を維持しての連続の攻撃が、密迹金剛を翻弄ほんろうする。


「くっ、足場の移動が間に合わん……!」


 土台、空を飛ぶ緋王と地を歩く密迹金剛では、移動速度が違う。

 沙奈は方位を調節し、密迹金剛を凶方に追い込み、


「とどめを刺すわ! きたれ、絡繰太夫!」


 吉方に絡繰太夫を召喚し、糸で密迹金剛の両腕を絡め取る。

 緋王が両翼を畳んで突進し、


「がはっ……!? 馬鹿な……!」


 密迹金剛の胴を貫いた。

 隆源がひざまずき、密迹金剛が掻き消える。


「これで……! 起爆符!」


 沙奈は無防備な隆源に札を投げるが、


「まだ、終わらん!」


 身体が無数の札と化し、ざざざ、と崩れ落ちた。


「油断したな、沙奈よ!」


 声に振り返れば、いつの間にか後ろに立っていた隆源が、札を構える。

 しかし沙奈に驚きはなく、


「いいえ、吉方に死角はないわ」


 隆源の背後にきていた緋王が、爪を振るう。


「ぐ、あああああぁぁぁぁぁっ……!?」


 血しぶきが上がり、背中に爪撃を受けた隆源が、前のめりに倒れ伏す。


「……我が、負けたか……」

「…………」

「沙奈、殺すなり何なり、好きにしろ……」

「……殺さないわ」


 沙奈は懐から塗り薬を出し、隆源の手元に放る。

 隆源ほどの術者なら、この薬で傷を塞げば、命に別状はなかろう。

 自身の左腕の怪我は、伊織の薬を借りればいい。


「何ゆえ、だ……」

「隆源さんのことは、大嫌いだけれど。明堂院家の人間として、尊敬している部分はあるから」

「……っ! 容赦、痛み入る……」


 塗り薬を掴む隆源を残し、


(何とか勝てたわよ、伊織くん……)


 沙奈は伊織との合流を急いだ。

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