2幕 白富士山と神器・緋王

6話 修一郎の頼みごと

 天道學園に入學し、数日後の昼下がり。

 伊織は鍛堂の中、柳葉家専用の道場に招かれ、模擬戦をしていた。

 柳葉家の道場は、明堂院家の畳敷きの道場とは違い、板張りの床で剣道場のような内装だ。


「ふっ……!」


 短く息を吐き、得物の木刀で太刀筋を連ねる。


「ふははっ! 流石に速いな、伊織殿……!」


 両の拳を振るい、途中まで攻撃をさばいていた相手、修一郎が跳び退く。


「逃がさない!」


 そのぶん踏み込んで間合いを詰め、中段から大振りの一撃を放つ。


「何の、これしきっ!!」


 修一郎が片方の拳で木刀を受け、もう片方の拳で反撃する。

 伊織は即座に木刀を引いて回し、刀身に手を添え、拳を防ぐ。

 接触で鈍い音が響き――木刀が割れた。


「……うーむ、ここまでであるな」

「だな。休憩にしよう」


 二人で道場の端にいき、伊織はひょうたんに入れてきた水を飲み、手ぬぐいで汗を拭く。

 ここ数日で伊織は、沙奈とすごす一方、修一郎と友好関係を築いていた。

 今日は鍛錬の一環として模擬戦に誘われ、応じた次第だ。


「良質な素材の木刀を用意したつもりだが、どうにも脆くていかんな」


 床にあぐらをかいた修一郎が、不満そうに言う。

 木刀の破壊は、これで四本目だ。お互い、氣や術は使わずに戦ったが。


「素で木刀を割るとか、どんな拳だよ……」

「土台、それだけを鍛えてきた身よ。伊織殿、次は氣や術ありにして、真剣を使ってはどうだ? 吾輩はたとえ斬られても、そう簡単には死なぬぞ?」

「友を相手に、しかも模擬戦で真剣なんて使えるか! それはもう真剣勝負だ!」

「たしかに! これは一本取られたな、ふははっ!」


 笑い飛ばす修一郎は、まぁ、こういう男らしい。

 伊織は木刀を片づける際、修一郎の水筒に注目する。


軽銀アルミの水筒か。いいものを使っているな」


 水筒と言えばひょうたんか竹だったが、近ごろは軽銀性のものも流通している。

 元々は大倭国の軍人用で、蓋に方位磁石がついた、高価な品だ。


「恋華が買ったのだが、使わんと言うので貰ってな。まったくあの妹、流行りものを買うだけ買って、放置が多い……」


 嘆息たんそくした修一郎が、ぽんと手を打つ。


「そうだ、良案を思いついたぞ。伊織殿、折り入って頼みがある」

「頼み? 何でも言ってみてくれ」

「うむ、恋華のことだ。初対面時は失礼を働いたが、できればあの妹とも、仲良くしてはくれぬだろうか?」


 ここ数日の間、恋華と会うことも何度かあった。

 しかし、ときには睨まれ、ときには逃げられ、まともに話してはいない。


「一向に構わないが、本人があの調子じゃあな」

「……そこが問題でな。恋華の異能については、伝えたであろう?」

「あぁ、便利そうな力だよな。なぜか、俺には効かないみたいだが……」


 伊織は先日、修一郎から恋華の血統異能を聞き、初対面時の態度に納得していた。

 食堂での、下僕云々うんぬんの件だ。他者に好かれる力など生まれ持てば、わがままにもなるだろう。


「恋華はあの異能ゆえ、ああいう風に育ってしまった。力が効かぬ他人の伊織殿だからこそ、妹と交流し、他人との接しかたを学ばせてやって欲しいのだ」

「他人との……」


 血統異能は、血族の魂と繋がっている力だ。

 当人が子を成さずに死ねば、新たに生まれた血族に発現する。

 子を成せば子に継がれ、当人の力は消える。

 つまり恋華は今後、力を失う可能性がある。

 おそらく修一郎は、恋華の将来を案じているのだ。


「身内では駄目だ。伊織殿、どうであろうか?」

「ふむ……」


 修一郎の言葉を受け、伊織は少しばかり悩む。

 何とも妹想いの、良い兄だ。

 そのうえ友の頼みとなれば、天地がひっくり返っても、断る選択肢はない。

 ただし大きな懸念けねんがあり、即答は躊躇ためらわれた。


「俺も人付き合いは不慣れだが、それで良ければ……」


 伊織自身、沙奈から度々たびたび、常識を学んでいる身だ。

 流石に、任せろと豪語はできなかった。


「構わんよ、是非とも頼む。この御礼は」

「対価は要らない、きみには感謝している。この前の仲裁もそうだが、俺が明堂院家から何もされないのは、柳葉家のおかげなんだろう?」


 以前の沙奈の心配は杞憂に終わり、伊織の生活は平穏だった。

 一部の生徒から敵意こそ感じるが、手は出されない。

 沙奈いわく、柳葉家の次期当主、修一郎の権力が及んでいるという話だ。


「ふははっ、どうだかな。では折を見て恋華と……」


 とぼけた修一郎が話を戻し、


「兄上~! 町に下りようぞ~!」


 噂をすれば何とやら。道場の開けっ放しの入り口から、恋華が顔を覗かせた。


「どわっ、蓮水伊織! 何で柳葉家の道場におるのじゃ!」

「修一郎と模擬戦をしていてな。使わせて貰っているよ」

「ぬぐぅ……」


 うなる恋華は、複雑そうな表情だ。


「恋華よ、吾輩はこのあと、五大武家の会議が控えている。町に下りるのなら、伊織殿と一緒にいくといい」

「ふぇっ!?」


 恋華が素っ頓狂な声を上げ、伊織にうかがうような眼差しを向けた。


(唐突ではあるが……、どうせ今日は夕飯まで、鍛堂ですごすつもりだったしな)


 それは修一郎にも伝えており、だからこその勧めに違いない。

 つい先ほど頼みを承諾した手前、伊織にとっても好都合だ。


「俺ならいいぞ、いくか?」


 確認に訊けば、


「……ゆく」


 恋華が遠慮がちに頷いた。

 果たしてこの子が何を思うのか、伊織には想像もつかない。

 だが誘いに乗るのなら、少なくとも、嫌われてはいないのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る