第17話 渾身の一撃
「生きているわね、リュート」
「どうに、か……な」
鉄の巨人からは視線を外さずに、杖だけをリュートに向けて回復の魔法を掛ける。濃緑色の光が彼を包んだかと思えば、次の瞬間には何事もなかったかのようにリュートは平然と立ち上がった。そして、倒れそうになるリータを支える。
「大丈夫か?」
「ただの魔力切れよ。城壁よりも分厚いシールドに死にかけの怪我人を直したのよ。ありがとうの一言くらい欲しいわね」
「助かった」
「ずいぶん素直じゃない」
「「リュート!」」
大人数を相手に戦闘を続けるミレアとローズの二人が各々青い液体の入った小瓶を投げた。リュートはそれを同時にキャッチすると、栓を抜いてリータの口元へと運ぶ。
「魔力ポーションだ。ランクB冒険者から奪った物だから効果は期待出来る」
「私がいない間に何をしていたのよ」
ごくごくごく……。
「どうだ?」
「楽にはなった、ってところかしら」
ゆっくりとリュートの腕の中から立ち上がるリータは、鉄の巨人を睨みつける。
「あれの正体は星空の世界からやってきた者たちの成れの果てよ。
例え腕や脚、頭を破壊しようが体内の核となる部分を破壊しなければ永遠に動くことをやめない殺戮兵器。考えなしに攻撃してもすぐに修復してしまうわ」
リュートたちと別行動している間に手に入れた知識なのか。リータは敵の分析を始めた。その説明を聞いたリュートは安堵の笑みを浮かべた。
「つまり、普通よりも硬いゴーレムってだけか」
ならば、対処の仕様はいくらでも思いつく。
「リータ、俺に身体強化の魔法をかけてくれ。それが終わったらミレアとローズの援護を頼む」
「……無茶はしないでよ、魔力的にも回復魔法はもう使えないから。奇跡は二度も起きないのよ」
「いや、奇跡は既に二度起きている。さっき俺がリータに助けられたこと。そして、お前たちに出会えたことだ」
「…………ばか」
リュートに魔法をかけたリータはすぐさまミレアとローズの援護へと向かった。彼女の顔が少し赤いように見えたが、魔力ポーションの量が足りず、まだ体調が悪いのだろうか。
『ヘイ、主! 身体機能が三〇%上昇したよ!』
「……お前、俺の攻撃が効かないことを知っていたな」
先ほど脳内に直接送られた膨大な量の情報の中には、鉄の巨人の弱点やこの形態の戦闘スタイルなどは含まれていなかった。おそらくだが、まだまだリュートの知らない情報をこのアブソーブオプションは隠している。
『別に隠しているとかじゃあないのよねぇ。ただ主の脳のキャパシティを考えて『いる』『いらない』を区別しただーけ。
そもそも、そんな見るからに素早さと鋭さ重視の武器ちゃんで真正面から考えもなしに突っ込むなんて俺には理解不能だし〜。
それに主、俺が戦闘方法分かるかい? って聞いたら『ああ、頭に入っている』ってドヤ顔で――』
「分かった、後でゆっくり話そうか」
鉄の巨人の放つ光線を避けながらリュートは続ける。
「それよりも今はあいつだ。どう対処すればいい?」
『この形態はスピード特化なんだよねぇ』
「つまり?」
『どんな小さな物質でも、速ければ速いほどその威力は増す』
「……なるほど、だいたい分かった」
リュートは駆け出した。身体強化されたその脚の速度は先ほどよりも比べるまでもない。
真紅の鉤爪を構え、一直線に鉄の巨人へと突っ込んで行く。
鉄の巨人から放たれる光線を先ほどよりも小さな動作で避け続け、無駄な動きを削ぎ落とし、速度は一切落とさない。
リュートと鉄の巨人の距離はほぼ〇メートルに縮まり、衝突する。かに思われた瞬間、
「まだだッ!」
リュートは鉄の巨人へと攻撃せずに、その横を通り過ぎた。
リュートは走り続ける。空間全体を縦横無尽に走り回り、一撃の速度=威力を徐々に上昇させていく。
まだだッまだだッまだだッまだだッまだだッ! もっと速く! スピードの向こうへ! 加速し続けろッ!
リュートの姿は真紅の光球へと変化していた。それはまるで空を駆ける一筋の流れ星のように、美しくも燃えていたからだ。
だが、この戦法には欠点があった。それはリュートのスタミナだ。
いくら速く動けるからと言って、いくら真紅の鎧を装着しているからと言って、身体への負担は減らせてもリュートのスタミナには限界がある。
「アブソーブオプション! まだか⁉︎」
『へい、主! ヤツの全身スキャン完了だぜぇ。核は左胸だ、人間の心臓の位置だ!』
空間を縦横無尽に走り続けていたのは、加速する為だけではない。アブソーブオプションに鉄の巨人の弱点を調べさせる為でもあった。
「分かった!」
背後にまわったリュートは鉄の巨人の心臓部を貫こうと更に加速する。
その瞬間、鉄の巨人の頭がグルリッと半回転しリュートを補足した。巨大で鋼鉄な両手を自身の心臓部を守るかのように覆い隠す。
『我の力を使え!』
脳内に燃える真紅の声が響く。気が付けば、紅の鉤爪は同色の燃え盛る炎によって包まれていた。
「
高温の炎が鉄の巨人の剛腕をジュウゥゥッ! と橙色に溶かし、気持ち悪くなる異臭を放ちながら人間大の穴を開ける。
そこに物体同士がぶつかり合う感触はなく、するりっ、とリュートの身体が鉄の巨人を貫通したのだ。身体にポッカリと空いた穴が鉄の巨人の敗北を表す何よりの証拠だった。
ガロッシュを片付け、待機していた俺の曇りなき純粋な瞳に瓦解する鉄の巨人が遠目に映る。
リュートが勝った。その事実を確認した俺は自分の使命を全うする。
「来い、EX《エクス》チェイサー!」
白銀の髪とローブを勢い良く、改め格好よく靡かせる。
数秒後、辺り一面に力強いエンジン音がこだました。そして、ドガンッ! と迷宮の壁を壊しながら一台の大型バイクが姿を現した。
俺のイメージカラーにあった気品に満ちた白銀の輝きを放つフレームを持つスーパースポーツバイク。いつ見ても惚れ惚れする。
『ちょっと! こんな機械よりも私の方がどう見ても可愛いでしょう! 乗るなら私に乗りなさいよ!』
「適材適所、はっきり言ってスピードはコイツの方が圧倒的に上だ」
『なんですってぇ〜〜!』
脳内に響き渡る俺の札が絶叫の雄叫びを上げる。顔を顰めた俺は呼び出したEXチェイサーに乗ると、未だ魔法使いの大群と戦闘を続けている三人の元へと向かった。
バイクで魔法使いたちを蹴散らしながら俺は叫ぶ。
「じゃじゃ馬娘、アマゾネス、能面顔! ここからすぐに脱出する! あと十分もせずに空から星が降ってくるぞ!」
「今までどこにいたのよ! それにそんな荒唐無稽な話を信じられる訳がーー」
「おお! カッコイイ! なに、その馬! 私も欲しい!」
「能面顔、って私のことかしら?」
三者三様の反応を見せる彼女たち。時間が惜しい俺は、律儀に会話のキャッチボールをせずにストレートを投げる。
「このバイクはあと二人まで乗れる。アマゾネス、能面顔が俺の後ろに乗れ。この中で一番小さくて一番軽量のガリガリじゃじゃ馬娘は保護者に運んでもらえ。今の形態のあいつなら間に合うはずだ」
「人を健康不良児みたいに言ってぇ〜!」
「「あながち間違ってないと思う(わ)」」
「そこ、ハモらない!」
リータに話を聞いたリュートは、彼女を背負うと案内人が操る白銀の馬を追いかける。かなりの速さでダンジョン内を駆け抜ける白銀の馬はどこからどう見ても『空の力』だ。
案内人の後ろに乗っている順はローズ、そしてミレア。あの二人が振り落とされないか心配になる。そういう意味でも目が離せない。特に、ローズ。よほどあの馬が気に入ったのか、声が聞こえずともその大きなリアクションではしゃいでいるのが一目瞭然だ。
「ねぇ、リュート」
「なんだ?」
「これ、どうしてももう少しどうにかならなかったの?」
「…………」
これ、というのが何を指しているのかわからない。
リュートが全力で走りやすくするために、リータには羽交締めのような体勢でバランスを取ってもらっていることか。
はたまた、アブソーブオプションの溝に蓄えられている紅の粒子で作った、安全用の即席の仮面がリータのセンスに合わなかったのか。
「……お姫様抱っこの方が……走りやすいんじゃないの?」
前者だった。にしても、なんだ? その照れているような言い方は。
「この形態は速度特化らしい。普段の形態ならまだしも今のリータは俺には負荷が多い」
「私、一番軽いからこっちに来たんだけど! 素のあなたが思った以上にもやしってだけじゃなくて⁉︎」
これでも冒険者だ。ただの一般人よりは鍛えられている、と思う。
「そもそも、あの抱え方はリータが嫌がっていただろう?」
「もう嫌じゃないわよ、ばか」
リータに回復させてもらった時もそうだが、なぜ俺はこんな悪意のない罵倒をされているのだろうか……人間関係、難しい。もしかして、これがローズの言うツンデレなのだろうか?
『ツンデレちゃんだねぇ』
「デレてない!」
アヴァレルキヤを飛び出したリュートたちは出来る限り遠くへと走り続ける。
魔女の森が妨害しようと、蔓や根を鞭のようにしならせて息つく間もなく攻撃してくるが、案内人はスピードとパワー、リュートはスピードと鉤爪、アブソーブオプションの攻撃予測で魔女の森の攻撃を無効化していく。
そしてついに、魔女の森からの脱出にも成功した。
「あっ、アレ!」
リータが指を差すのはどこまでも広がる青空。いつもは太陽と雲しかないはずだが、今回に限って明らかな異物が空を切り裂いていた。
強烈な光を発しながら一直線に落下してくるその物体は、夜空であれば美しい流れ星に見えただろう。だが、その落下地点付近にいる者たちにとってはたまったものではない。
「EXシールド展開!」
ブゥンンンッ、と重量感のある音と同時に緑色の半球状の光が案内人の乗り物から放たれる。光の中に入ったリュートは先頭を行く案内人と合流した。
「これはなんだ?」
「バリアだ。これである程度の衝撃は無効化出来る」
案内人が光輝く流星を見る。光は刻々とアヴァレルキヤに近付いて行く。まるで、何者かの意思がそうしているかのように。
「あれは死してなお、愛した孫娘の為に『人工幽霊』と成ってこの世に己を縛り付けた男の最後の輝きだ。魂の炎だ。じゃじゃ馬娘、お前にはそれを見届ける義務がある」
「ッ! も、もしかしてあれって!」
「耳を塞げ」
ドゴゴオオオオオォォォォォンッッッ‼︎‼︎‼︎
耳を切り裂くような爆音したかと思いきや、半球状の壁の外が大量の砂埃によってしばらくの間、塞がれた。
次第に晴れてゆく光景は変わり果てたものへと成っていた。
ローズが言っていた魔女の城のような学院や魔女の森は跡形もなく消失しており、巨大なクレーターが一つ、何もない荒野を作り上げた。
その景色を見たリータの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
何を思い、何を感じ、何を考えているのか。リュートには分からない。自分たちと別行動している時に『何か』があったのだろう。
リータのみに伝わる一種の暗号のような言葉は、少なくとも彼女の心を動かした。
暗号は続く。
「俺は世界を救う英雄だ。そして、あの『人工幽霊』は死を……魂の解放を願った。だから俺が救った。それが予め仕組まれていたプログラムだろうが、どこかで捻じ曲がった意思だろうが、魂があろうがなかろうが、関係ない。
あいつは確かに存在したんだ。そして、お前の為に一人孤独に何年も闘ってきた。それだけは理解してやれ」
「えぇ……」
案内人の言葉に短く頷いたリータは涙を拭う。
その顔は前を向いていた。
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