第16話 成長

 ガンマが指を鳴らした後、半透明の絵に変化が生まれた。鉄の巨人の襲来。リュートの新しい変身。そして、その光景を眺めながら彼は言ったのだ。


『彼、リュートはあの姿で巨人を倒さなければならない。従来の姿ではなく、あの姿でだ。それが私が出した試練でもある。そして、あれが君を守る為の新たな力でもある。私と言う盾がなくなった代わりに、あの盾を彼に譲渡し、起動させるのが私の目的だった』


 しばらく、リュートと鉄の巨人の戦いを眺めながらリータは約束通り、ガンマの話に耳を傾けていた。


 永遠の命に意味はない、高揚感がなくなる。


 生き甲斐がなければ命に意味はない、生きている理由がない。


 進化した文明の代償は退化した文明人、後者は自らが創造したものによって破滅する。


 この世の全てを知ることは永遠にない、無限に広がるマルチバースの存在により世界は無限に広がり続ける。


 話は長く多かった。意味はほとんど分からなかったが、要点を絞って覚えていられるのはその位しかなかった。その原因は半透明の絵にある。


 リュートが死に、時間が戻り、少し違う闘い方をして死に……。


 それが永遠と繰り返されていたのだ。意味が分からず、話に集中出来ない。


 言いたいことを全て言い終えたのか、ガンマはガラリと話を変える。


『この映像に映し出されているのは全て未来の可能性だ。つまり、さっき話したマルチバースとも言える。この世界とは異なる時間が過ぎた平行世界。


 もしも、の世界だ。我々が観測する術はない、だからと言って存在しない理由にはならない。目で見えているものが全てでないように、我々の知らないところでも常に何かは起きている』


「…………」


『そして、この世界の時間軸で彼は現在、新たな姿に変身したところだ』


 半透明の絵は、現在の状況を映し出す。


「彼は、リュートは……死ぬ……の?」


『ああ、リーが行かなければな』


「ッ⁉︎」


 そして気付く。今まで見ていた絵には、リュートやミレア、ローズの姿は映っていても自分の姿が一切映っていなかったことを。つまり、これは……、


「私が駆けつけられなかった世界の可能性……」


 ぽつり、とリータの口から言葉が溢れた時、ガンマの口元がニヤリっと笑った。


『さあ、これが私がリーに出す最初で最後の試練だ。どんな手を使ってもいい。下に戻ってみろ』


「そ、そんな! 早く帰してよ! 話はちゃんと聞いたはずよ!」


『…………』


 何も答えないガンマに歯ぎしりをしてしまう。


もう時間がない! 


 本当にこの時間軸で彼が新たな変身を果たしたところならば、もう時間は残されていない。


 床に穴を開けてそこから脱出する。それが咄嗟に思いついた作戦だった。


 この空間がどこにあるかは分からない。ただ、案内人やガンマの言葉から『上』と言うのは間違いないだろう。


 その『上』がどの程度の高さかも分からないが、穴から脱出して落下さえすれば、地面に直撃する前に風の魔法で自身の落下スピードさえコントール出来れば無事に地上に戻ることも出来るはずだ。


 思いついたのならば、迷っている暇はない。


 リータは杖を手にすると、その先端を地面に向けて魔力の塊である魔力弾を撃とうとする。が、


「――出ないッ! なんでッ⁉︎」


『ここは大気圏外だ。魔力は皆無と言っても過言ではない。それにこの衛星から出られたとしても、そこには空気もなければほぼ絶対零度だ。リーの知る常識的な生物は数秒で死に至る。私の目的はリー、君を成長させることだ。さぁ、考えるんだ』


 まるでリータの考えを見透かしたような口調で語りかけるガンマに、リータは苛立ちを隠せずにいた。自分でも驚くほどに、杖を握る拳に力が入ってしまい、杖を折ってしまいそうになる。


「じゃあ、どうすればいいって言うのよ! あんたを説得すればいいって言うの⁉︎」


『…………』


 説得、つまりは頼み事。ガンマだが、それは相手の要求する報酬が必要になる。ガンマ自身が言っていたことだ。では、ガンマの要求する報酬とは一体なんなのか?


 リータは考える、考えるが出てこない。あれも違う、これも違う、と考えていく内にリータの思考は次第に無自覚に諦めを認め、ただの愚痴へと移っていた。


 ったく、本当になんなのよ! 殴れるものならば今すぐにでもぶん殴ってやりたい! 口では私の為だの、私のことを大切に思っているだの、成長を望んでいるだの、それっぽい言葉を並べておいている癖に今私を不幸にしているのは他ならないあなたじゃない!


「……舌を噛んで死のうかしら」


 ボソリっ、と。口元から溢れ落ちるように出てきた言葉に、ガンマの表情が強張る。


 リータは本当に死のうとしている訳ではない。いわば、この言葉はただの現実逃避の愚痴の延長線上なのだ。


 ガンマの表情を見て、思い返す。彼の言葉を整理した結果、一つの答えへと辿り着く。


「自殺、するわよ」


 この言葉以外、あり得ない。方法はない。可能性はない。


 ガンマがリータにそれっぽい言葉を並べ続けた。もしその言葉に嘘偽りがないのならば、結局のところガンマがリータに望んでいることは全て一つの原点へと繋がる。


 長生きして欲しい。


 実にシンプルでオーソドックスな答え。実の家族ならば誰にでも当てはまるありふれた願いが彼の望みなのだ。


 その願望の鍵は始めからリータ自身であり、リータが握っていたとも言える。つまり、最初から答えは用意されていたのだ。


 こんな回り道をしなければいけない訳ではなかった。言葉、言語と言う情報伝達の術があるにも関わらず、なぜガンマがリータに直接伝えなかったのか。


『人工幽霊』を作ったガンマ本人がそう言う風に細工したのか。はたまた、リータが感じ取った『長生きして欲しい』と言う願い以外にも彼には伝えたいことがあったのか。


 それ自体に意味を持たない音の連続が言葉を生み出し、意味を作る。すれ違いでリータが彼の伝えたいことを全く理解出来ていない可能性だってある。だが、リータには確かに『長生きして欲しい』と感じ取ったのだ。


 ならば、それが彼女の世界なのだ。


 他の者が何と言おうが、リータにとってはそれが真実で揺るぎない正義なのだ。


 彼は言った。


『永遠の命に意味はない、高揚感がなくなる』


 幽霊は既に死んでいる、つまりこれ以上は死なない。言い換えれば永遠の命とも言える。寿命を全うする意志がなければ、生物は輝かない。


『生き甲斐がなければ命に意味はない、生きている理由がない』


 彼はガンマ本人によって、作られた存在。おそらく本人が死んでからこの空間で十数年、この時の為だけに生きてきただけの存在。そこにあるのは目的や役目であり、生き甲斐、つまり娯楽などは何もない。


 長期間、孤独にこの空間に閉じ込められていた。それはただの拷問でしかない。思考能力があるが故に、何も出来ない彼は苦しんでいた。


『進化した文明の代償は退化した文明人、後者は自らが創造したものによって破滅する』


 破滅を起こさない条件、それは文明を進化させないこと。つまり常に一定の文明レベルを維持し続けること。不変の推奨。


『この世の全てを知ることは永遠にない、無限に広がるマルチバースの存在により世界は際限なく広がり続ける』


 先ほど、半透明の鏡で見させられていた様々なリュートの死ぬ瞬間。『もし』の可能性世界があるのならば、それは無限に尽きることはない。呼吸や瞬き、思考のタイミングが僅かでも異なれば、それはもはや別の時間軸の世界だ。


 神話に出てくるような全知全能の神などはありえない。リータが憎悪している対象は、魔法使いたちの理想像を集約させた宗教的信仰物であり、ただの幻想で、妄想で、空想の産物だった。

 

 これらがリータが感じ取った全てだ。


 次の瞬間、リータの視界は眩く光によって覆われた。光によって包まれていくガンマの顔は、まるで陽炎のような力ない笑みを浮かべていた。


『これでようやく死ねる』


 そして、リータの耳にはこんな言葉が聞こえた気がした。


『成長と言うのは、変わることだけではないのだよ。より自分らしくなること、より自分らしく生きることも立派な成長だ……無理に復讐鬼を演じる必要はない』


 次の瞬間、リータはアーチの下にいた。



 リー、最後に君の顔が見れて良かった。


『ピピピッ、これより最終フェイズに移行します。攻撃目標アヴァレルキヤ。攻撃方法、本人工衛星落下による物理的破壊。落下までのカウントダウンを開始します』


 私はようやく死ねる。だがリー、君は生きてくれ!


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