第15話 多段変身

 進行する魔法使いの軍団が迫る。四肢を魔女の森によって完全に固定されてしまい、絶体絶命と言う言葉以外見当たらない。


 人は本当に大切なものは失った後に気付く。大なり小なり、それは変わらない。

 リュートは過去に一度、大切なものを失った。後悔した。悲しんだ。苦しんだ。だから、思う。


 もう、絶対に失いたくない。


「燃える真紅バーニング・クリムゾンッ!」


 灼熱の炎がリュートの全身を覆う。それは、懐に閉まったままの燃える真紅の札を使用していたことを示していた。


「ぐううううぅぅぅッ‼︎‼︎」


「「リュートッ⁉︎」」


 アヴァレルキヤの攻撃と思ったのだろう。だが、すぐに違うと気付く。


「リュート、何をしているの⁉︎」


「気は確かか⁉︎」


 二人の信じられないと言う顔を見ながら、リュートは業火の痛みに耐えながら不敵な笑みを浮かべた。


「身体の傷はすぐに治る。だが、心の傷が治ることは決してない。俺がそうだった。俺はもう、間違えない!」


 炎がリュートを拘束する魔女の森へと燃え移る。


 聞こえない悲鳴を上げた魔女の森は即座にリュートを解放すると、自身へと燃え移った炎を消そうと、地面に根を何度も叩きつけた。


 焚き火などで使用する乾燥している植物ではないため、燃えるのに時間が少々掛かってしまった。しかし、だからと言ってやらなければリュートの大切なものは再び失われていただろう。ならば、問題はない。


 無理をして居場所を守ることができるのならば、いくらでも無理してやる。いくらでも苦しんでやる。これから失われることが確定した未来が訪れる苦しみに比べれば、こんなもの苦痛に入らない。


 後悔なんてもうしたくない。何が何でも望んだ未来を掴み取ってやる!


竜装着りゅうそうちゃくッ! 火炎砲かえんほう・真紅の新星クリムゾンノヴァッ!」


 変身したリュートは、間髪入れずに爆発する火球を魔法使いの軍団には放った。


「「「「「ウォーター・シールド」」」」」


 多勢に無勢。


 軍団の目の前に出現した巨大な水の壁が爆発する前の真紅の新星を無効化する。


 ッチ、この厚さのシールドじゃあ爆発したとしても吹き飛ばせないか! 


 ミレアとローズが動ければ戦術はいくらでも広がる。しかし、そのためには魔女の森から彼女たちを解放するのは必須条件だ。


 今は戦闘中、グリッドの時とは違い、相手は本気でリュートたちを殺しに掛かっている。そんな相手に一瞬とはいえ、背中を見せるなど愚の骨頂の他ならない。つまり、リュートは一人で立ち向かわなければならない。


 残された方法はただ一つ。遠距離攻撃の真紅の新星が効かないのであれば、近距離攻撃。


 自身の身体で突っ込むのみ。


 拳は二つある! 蹴りも二つある! 頭突きだってある! 諦めなければ、俺は負けない!


 いざ、敵軍に飛び込もうとした時、それは鳴った。


 ――ピピピッ! ピピピッ! ピピピッ!


 突然の謎の高音に足が止まった。それは自身の左腕から発せられているものだと気付くのに、一秒も掛からなかった。


「なんだ?」


 リュートの疑問が届いたのか、左腕の小さな盾が話し出す。


『遠隔操作によりスリープモードを解除します……ヘイ、主人あるじ! 何だかヤバめの状況だねぇ、力を貸そうかい?』


「――ッ⁉︎ 喋った、だと⁉︎」


『おうっと、今は驚いている場合じゃあねぇぜぇ。俺のセクシィーなボイスに惚れていいのは可愛い子猫ちゃんだけ、流石に主人あるじでも男の時点で論外だぜい』


 意味がわからない。今は目の前の敵だけでも手一杯の状況なのに、何なんだこの話す盾は……いや、それよりも!


「力を貸す、だと?」


『イエス! それが俺のお勤めちゃんだからねぇ』


「……条件は何だ?」


『あっはぁ〜ん?』


「ただで力が手に入るほど、この世の中は甘く出来ていない。早く言え、今の俺なら大抵の条件ならすぐに飲んでやる」


 只より高いものはない、と言う諺があるように、親切心だけで力を貸すお人好しなど数える程度しか存在しない。全ては等価交換。腹が減ったから屋台で金銭を払い、その金銭と同価値の食糧を買うのと同じだ。


 それが嫌なら、自分の労働力を消費し、野生の食糧を狩猟・採取する。世界はそういう風に出来ており、バランスが保たれている。


 では、この盾が望む『もの』は一体何なのか? 金か? 命か?


『俺の条件はただ一つ……今から五秒間、じっとしてな』


「……はあ? それはどういう――」


 ドゴオオオオオンッ‼︎‼︎‼︎


「ッ⁉︎」


 十数メートルはあろうかと言う巨大な何者かがダンジョンの壁を破壊した音だった。その人型をした何者かは砂埃を巻き上げながら、自身の巨体を武器にしてアヴァレルキヤの軍団を薙ぎ払っていく。あれは……、


「リータが欲しがっていた鉄の髑髏か!」


 しかし、見覚えがあるのは首の部分だけ。首より下の部分は、初見の時とは比べものにならない程に巨大化しており、ただでさえ不快感を覚える頭部に加え、アンバランスの不気味さを醸し出していた。


「あれがお前の言っていた力か?」


『いや、あれは敵の敵、だからって味方って訳じゃあねぇけどな。俺は今から力を貸す。だから主人あるじはその力でアレを倒さなくちゃいけない訳なのよねぇ。つまるところ、アレはチュートリアルちゃんって訳なのよぉ』


 話の全貌は見えない。けれど、今は考えている暇はない!


「だいたい理解した、力を貸せ! 盾ッ!」


『ノンノンノンっ。俺の名前はアブソーブオプション・マキシマムトリガーって言うベリークールな名前が――』


「時間がない、早くしろ!」


『もう、しょうがないなぁ。今、主人あるじの頭にデータ送信するから待ってちゃんねぇ。ほいっと』


「――ッ⁉︎ アアアアアッ‼︎」


 瞬間、脳に激痛が走った。まるで脳そのものが沸騰するような、直火で焼かれるような錯覚に陥る。見たことも聞いたこともないような単語や、文字が脳に無理矢理刻まれていく。


 情報の津波に襲われる感覚に目の前が一瞬、真っ白になり意識を手放しそうになるのを自分を殴ることに、どうにか繋ぎ止める。


「……なる……ほど……な……これで、勝てる、のか?」


 息も絶え絶えで、刻まれたばかりの知識から現在の状況を打破できる情報を探す出す。


『可能か不可能かで言えば、答えは可能だねぇ……』


 一拍置いた盾は、妙に神妙な声で話を続けた。


主人あるじたちがどう思っているかは知らないけれど、俺たちは主人あるじたちより全てが高性能に造られている。主人あるじたちと違って常に一〇〇%の力を使えるんだ。だけど、それ以上の力は絶対に使えない。そう言う風に造られていないから。


 だけど、主人あるじたちは違う。俺らと違い、感情やチームワークと言うものによって本来一〇〇%しかないはずなのに、何故か一二〇%やそれ以上の力を出せるんだ……羨ましいんだよ、俺は。


 どこまでも強くなれる人間の可能性が。だから、俺はその可能性を広げたい。俺が主人あるじに力を貸すのが造られた理由だとしても、それは今の俺が望んだ意志でもあるんだ。だから見せてくれ、人間の可能性を! 解き放て! 主人あるじの力を!』


 リュートにとって、彼は何者でもない。案内人に貰った小さな盾と言う道具でしかない。だが、彼は言った。『今の俺が望んだ意志でもある』と。道具に生命は宿らない、生命が宿らなければ意志も宿らない。


 だが、彼には意志がある。意志があるのならば、彼は一つの生命体であり、決して道具なのではない。


 彼にも、リュートの知らない過去があるのだろう。生きているのならば、そんなものはいくらでもある。親や兄弟、友人や恋人。どんな間柄を述べようとも、皆それぞれが違う時間を過ごし、たまたま重なった一部分の時間を共有しているに過ぎないからだ。


 だから、深くは聞かない。彼が話したい時に話してくれればそれでいい。


 彼にも彼の人生があった、それだけのことなのだ。


「…………」


 リュートは静かに瞳を閉じ、呼吸を整える。そして、叫ぶのだ。


多段変身ただんへんしんッ!」


 真紅の竜装が弾け飛ぶ。弾け飛んだ竜装の破片が辺り一帯を高速で舞い、ミレアとローズの四肢を拘束する魔女の森を切り裂くと、二人は華麗に着地した。


 弾け飛んだ竜装の中から出てきたのは、丸を連想させる頭部をした鎧だった。


 色は従来の鎧同様だが、形体が明らかに異なっていた。


 従来の鎧が重量感のある筋骨隆々のイメージだったのに対し、今回の鎧は装甲などが軽量化されており、脆いように見える。


 最低限の鎧、そんな印象を受けた。


 スタイリッシュになった、と言った方が表現の印象はいいだろうか。


『TYPE・ネイキッドコンバッド。これが新しい主の力だぜ!』


 リュートの多段変身と同時にいつも? の口調に戻った盾が言い放つと、鉄の巨人がグルリっと、視線をリュートへ移す。標的を魔法使いたちからリュートへと変更したのだ。



 何が起こっているのか分からない魔法使いたちはここぞとばかりに鉄の巨人へガーゴイルや魔法を撃ち込むが、ダメージは全然ないように見える。最後には手から放たれた光線のようなものを撃たれて、元々いた彼らの人数は半分程度へと減っていた。


 我先にと逃げる者も現れたが、中には「このまま逃げたら学院長に殺されるぞ!」と恐怖により洗脳された者たちがリュートたちへ突撃を試みる。


「リュート、魔法使いたちは私たちで対処するわ」


「お前はあのデカブツを頼む!」


 ミレアがリュートに回復魔法を掛け、それが終わると同時に二人は半壊状態の魔法使いの軍団へと突撃する。そんな彼女たちの背中が小さくなるにつれ、盾が口を開く。


『彼女たち、行かせていいのかい? あんな大人数相手に、不利だろうに?』


「ふっ、それはどっちの心配だ?」


 軍隊行動、団体行動とは振り分けられた自分の役割を個々が十分に全うした時に真価を発揮する。今の魔法使いたちの軍団は半壊状態、指揮系統もなければ、作戦もない。ただの烏合の衆に成り下がったアヴァレルキヤなど脅威でも何でもない。


 彼女たちの闘いが始まった。しかし、それは闘いと言っていいのか不明だった。彼女たちは攻撃などのアクションは一切せずに、敵の数を確実に減らしていたからだ。


 ただ避けるだけ。同じ光景が繰り返されていた。


 敵の魔法使いが攻撃魔法を放つ。ミレアとローズはそれを避ける。すると、彼女たちの背後にいた別の魔法使いに攻撃が直撃する。


 それが繰り返されていた。まるで弾除けゲームだ。時折、ミレアは遠距離魔法を、ローズは投げナイフで敵を混乱させていた。


 だが、この方法なら大多数を相手にしても魔力や体力を最小限の消費に抑えながら闘い続けられる。自暴自棄の魔法使いたちは一刻も早く自分が助かりたいがために、連携などと言う概念を忘れ、ひたすら攻撃魔法を打ち続ける。


 グリッドや案内人のように、魔法使いでありながら近距離戦闘も行える者の方が異常なのだ。学院の魔法使いなどに、数々の実戦を積んできた冒険者が負ける訳がない。


「な?」


『流石、主人あるじのお仲間ちゃんだねぇ。じゃあ、こっちもそろそろ行きますかぁ。その形態での戦闘方法は分かるかい?』


「ああ、頭に入っている」


 辺りに散らばった竜装が紅の分子に分解され、盾の面に付いているガラスの下の小さな溝に収納されていき、一本の紅の線が浮かび上がった。


「真紅の鉤爪クリムゾンクローッ!」


 溝から放出された紅の分子がリュートの両腕へと集約され、計八本の真紅の鉤爪が姿を表す。


 鉄の巨人が光線を放ったのはその瞬間だった。


 リュートは咄嗟に光線を避けると、人間とは思えない程の速度で鉄の巨人との距離を詰めようとする。


 は、速い! 従来の鎧でも未着用時と比べれば速かったが、この速さは次元が違う! 


 頭では知識として理解していたが、実際に体感すると想像と大きく異なり、仮面の下で驚きを隠せずにいる。


 光線が外れた鉄の巨人は、光線を連続で発射し続けた。しかし、それらは全てリュートのスピードによって地面や魔女の森を抉るのみだった。


 そして、回避をしながらも近付くリュートはものの数秒で鉄の巨人の足元へと辿り着いた。


「喰らえぇぇぇぇぇッッッ!!!」


 鉤爪を構え、そのままスピードを殺さずに全力の一撃を鉄の巨人の足へと叩き込む。


 ――カチンっと。


「なッ⁉︎」


 次の瞬間、リュートは比喩でもなんでもなく、分厚い鉄の塊に正面から蹴つけられたのだ。


「ぐはッ!」


 遥か後方へと吹き飛ばされたリュートは転がり終えると同時に盛大に吐血した。


「「リュートッ!」」


 心配するミレアとローズの声が聞こえるが、彼女たちも彼女たちで大多数の魔法使いを相手にしており、それ以上リュートに構う余裕はなかった。


 薄れゆく意識の中、リュートは考える。今、考えを放棄すれば意識を手放してしまい、全て失ってしまう。朦朧としているからか、何故か痛みすら感じない。


 なんで、竜装着りゅうそうちゃくをしているのにあの程度の攻撃でここまで俺はダメージを受けているんだ……。


『それはこの鎧が速度特化だからだ。従来のような攻撃力と防御力を捨てた結果だ』


 そ、その声は……燃える真紅バーニング・クリムゾン。なん、で……融合もしていないのに……。


『本来、アブソーブオプションとは未熟者が付ける補助道具だ。その道具の効果で我と貴様の意志の疎通が可能になった』


 な、なるほど……な。


『それよりも今は立て! 次の攻撃が来るぞ!』


 ッ⁉︎ う、動きたくても、か、身体が言うことを……。


 鉄の巨人が止めの光線を放とうとしている。


 う、動け……うご、け……動けぇぇぇぇぇッ!!!!


 リュートの精神は死んでいない。闘う意志はまだある。だが、身体が限界をとうに超えている。


 そして、無慈悲にも鉄の巨人は無機質な視線でリュートを捉え、最後の光線を放った。


「「リュートーーーーーッッッ!!!」」


 激しい衝撃と共に嵐ような砂埃が舞う。


 光線による眩い閃光が視界を白一色に染めあげた。


 動けないリュートに、光線を避ける手段は残されていなかった。しかし、リュートは生きていた。


 リュートが何かをした訳ではない。リュートの仲間が、リュートを仲間と完全に認めた一人の魔法使いが彼の目の前に飛び出し、シールドを展開したのだ。


 やがて、一瞬の閃光と空間を舞う砂埃が消え失せ、一人の少女がその中から姿を表す。

 その少女の名は、


「「「リータッ!」」」

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