第14話 人工幽霊

 リータは歩いていた。


 リュートと案内人が共に口を揃えて『空の力』と言っていた巨大な謎の人工物の中には変わった様子はない。


 長い一本の道の先にある扉の壊れた部屋。ローズが力任せに壊したその部屋へと辿り着いたリータは周りを見渡す。


 目に入るのは等間隔に並べられた大量のヘンテコな椅子。少し移動したところにはローズが発見した巨大なオブジェのようなものが静かに佇んでいた。


 案内人曰く、空間なんとか装置と言うらしい。人ひとり通れる程の半円のアーチが特徴的だった。


 これをどうすればいいんだろう?


 リータは案内人の言葉を思い出す。


 確か……近くにある操作盤にレリーフ裏の数列を打て。難しい専門用語を並べていたけれど簡略的にするとそんな感じだった気がする。


 小さな溜息を吐き、リータは無気力的に装置の周りを散策し始めた。


 案内人は言っていた、お爺様が私を待っていると。だけど、そのお爺様は死んでいて生きていないと言う……意味が分からない。それに案内人はこうも言っていた。今、お爺様は空の上にいると、意味が分からない。この装置を使えば天の国にでも行けると言うの? 馬鹿げている。


 脳内で愚痴を響かせていると、一枚の黒い板を発見した。この部屋に入る時に見かけたものと酷似しており、その下には九つの文字が描かれていた。


 自分たちが普段使用している数字に酷似していることから、これがこの文明の数字なのだろうと勝手に推測した。他の遺跡を調査しているリータは、不思議な疑問を持つ。それは、数字。


 文明によって使用する言語や文字や異なるのは理解できるが、何故か不思議に数字はどれも酷似していることが多い。その他の文明でも数字は共通言語のようなものだったのだろうか? 何かしらの交流があったのだろうか? 


 そんな古のロマンを持つ不思議な数字を眺めながら、リータは過去の記憶を掘り起こす。以前、訪れた他の遺跡でも似たようなものがあった。その時は、描かれている数字に触れると、近くの板にその数字が浮かび上がるというものだ。


 レリーフを取り出し、裏返す。過去の経験から操作盤に描かれている数字に触れ、レリーフ裏の数列を次々浮かべていく。


「ッ⁉︎」


 最後の一列を黒い板に浮かべた時、装置がキュイィィーンッ! とおかしな音を発したかと思ったら、アーチの中に白い壁が現れた。


 ゴクリッ、と自然に唾を飲み込む。


 恐る恐る正体不明の壁を杖で突こうとする。しかし、杖は壁に当たることなく何の手応えを感じないまま貫通してしまった。


 まるで、本当は壁がそこにはないみたいだ。驚きのあまり反射的に杖を引いてしまう。杖の先端を確認するが特に異常は見られない。触ってみても普段と変わらない。硬い棒、熱変化もない。


 今度は壁の端に杖を入れてみる。腕をそのままに固定し、貫通した反対側を確認するが、そこに杖は存在しなかった。


 どういうこと……? 理解が追いつかない。これは一体何なの? 私は今何をしているの?


 謎の現象と対面していると、ふと案内人の言葉が蘇る。


『その先にガンマ・マジュキュエルはいる』


 この先に……いる……。


「おい、この部屋が最後か?」


「ああ、他の部屋は全て確認し終えた。そこにいなければまだここにはいないってことだ。俺らが一番近くにいて、一番早く到着したんだ。他に入口や出口はないしな」


 部屋には二つの影が近付いていた。


 リータは一瞬の躊躇いを振り切り、壁の先へと姿を消す。それと同時に白い壁も姿を消した。


「おい、この部屋にもいないぞ」


「じゃあ、他の連中が来たら待ち伏せ作戦に協力してもらうか」



 ここは……どこ? 白い壁の……中?


 気づけばリータは、白い空間にポツンと立っていた。何もない白い空間。きっとその空間にも奥行きや高さが存在するのだろうが、白一色で染められた世界では遠近感が狂ってしまい空間の大きさも把握出来ない。


 背後を振りかっても、自身をこの空間へと送り込んだ壁はいつも間にか姿を消しており、引き返すことは不可能……ここにお爺様がいる。ならば、引き返す選択は最初からない。


『久しぶりだな、リー』 


「ッ⁉︎」


 振り返る。自分のことを家族しか知らない愛称で呼ぶ懐かしく、待ち焦がれたその声へ。


 白で埋め尽くされた空間で何かが動けば、それに気づかないはずがない。周りには誰もいないこと、何もないことを確認した。けれども、次の瞬間に声が聞こえた。


 何故? そんな疑問は思い浮かばなかった。ただこの時、リータは自分を呼ぶその声の主をしっかりと両目に捉え、駆け寄った。


「お爺様!」


 抱きつこうとしたが、すり抜ける。そこにいるはずなのに、触れない。触れられない。 


「本当に……幽霊……なの……?」


 小刻みに震える手で最愛の祖父を掴もうとしても、決して触れることは出来ない。何度も何度も何度も……結果は変わらない。


 やがて力なくその場に倒れ込んだリータは涙を流した。気持ちの整理がつかない。短時間にいろいろなことが起こりすぎた。


 因縁のあるアヴァレルキヤに行くことになり、自分と祖父の夢を目の前でお預けをくらい、いきなり死んだはずの祖父と会うように言われ、そして意味のわからないまま幽霊となった祖父と会った。


 リータには小さな夢があった。それは、死んだはずの祖父と会えるのならば、自分が小さな時にしてもらったように、もう一度だけ抱きしめてもらうことだ。


 だが現在、自分は祖父に触れない……。


 ぐちゃぐちゃだった。腹から吐き出すような嗚咽に、身体中の水分を絞り出すように流れ続ける涙。


 自分でもわからない。自分がどうしたいのか。自分が何を考えているのか。


 ただ、感情が悲鳴を上げている。泣かなければ心が壊れてしまう。叫ばなければ気が狂ってしまう。


 そんな不安定なリータを見ながら、彼を言う。


『私は幽霊ではない。生前のガンマ・マジュキュエルの人格、記憶などを基本にガンマ本人によって造られた人工知能だ。だから、私は正確には君の祖父でない。


 けれども、ガンマ・マジュキュエルの『人工幽霊』と言っても過言ではない。つまり、私の思考パターンはガンマ・マジュキュエル本人のものと言っても差し支えない。そんな私から言わせてもらおう……リー、言いかげんにしろッ‼︎‼︎』


「…………」


 なんで怒られたのか分からない。そんな顔をしながらリータはガンマの人工幽霊とやらを見る。


 自分の記憶の中の祖父はいつも笑顔で、優しく、怒ったことなど一度もないような人だった。この人工幽霊とやらの言っていることは半分も分からないが、少なくとも、今目の前にいるのは自分の知っているガンマ・マジュキュエルではない……誰?


『リー、私は……正確に言えば生前のガンマ・マジュキュエルは君を甘やかし過ぎたらしい。だが、私はこの人工衛星から動くことは出来ない。


 もう、君の周りにはガンマ・マジュキュエルは存在しない。君をこの世の理不尽から助ける盾は無くなってしまったのだよ』


 どこか憂いを帯びたその声は、弱く儚い。


『私はもう君を守れない』


 その言葉に全てが集約されていた。


 元々、リータがここを訪れた原因は彼女が死んだはずの祖父に会いたかったのもあるが、大元はガンマが案内人に、彼女をこの空間に連れてくるように依頼したからだ。


 つまり、ガンマはリータに直接伝えなければならない『何か』があったのだ。


 それが、これ。


「そん……めに……」


 小さく開かれるその口は僅かだが震えていた、怒りに震えていた。


「そんなことを言うために! こんなところに呼び出したっていうのッ‼︎‼︎」


 リータの瞳に映るのは先程の悲しみの涙などではなかった。純粋な怒りの炎だった。


「お爺様のせいで! 私の仲間が! 今! アヴァレルキヤ全体を敵にまわしているのよ! 私もお爺様の孫娘って理由でアヴァレルキヤに命を狙われている! 帰して! 言いたいことが終わったのならいい加減帰して!」


 明らかに情緒不安定だった。


 そんな言葉を伝えるためならば、案内人に伝言を頼べば良かった。わざわざ、リータたちをアヴァレルキヤなどという敵の中へ放り込むことなく、全てはそれで終わる話だったのだ。


 しかし、その場合、見ず知らずの案内人がいきなりリータたちの目の前に現れてガンマの伝言を伝えたとして、それをリータたちが信じるか信じないかは別問題だ。


 他に方法はいくらでもある。少なくとも、こんな状況になることはなかった。自分の仲間たちを巻き込んで危険な目に合わせずに済んだはずなのだ。


 喉まで出かける思考は、口に出した瞬間に『帰して』と言う単純な単語へと変換されてしまう。気持ちが思考を置いていき、身体が勝手に地団駄を踏む。


 そんなリータの様子を無関心な視線で見据えながら、ガンマは小さな溜息を漏らした。


『リー、どのようなかたちであれ、君が私にとって大切な存在であることには変わりない。つまり、私は君を思っている。君のことを考えて行動している。


 これも君のためなんだ。君の成長のためなんだ。だから、私と話をしよう。少なくとも、彼らの戦いが終わるまではね』


「私は帰してって言っているのっ‼︎ ……彼らの……戦い?」


 ガルマが実体のない指を鳴らすと、二人の間に突如、半透明な一枚の絵が現れた。見た感じでは、これも『人工幽霊』のガンマ同様に実体のないもののようだ。その絵に描かれていたのは、


「ローズ、ミレア、リュート⁉︎」


 三人が魔女の森によって拘束されていた。そして、三人に行進する魔法使いたち……。


 驚くことにその絵が一秒毎に……いや、時間が経過する毎に動いていたのだ。まるで、今現在目の前で起きていることのように現実味のある彼らの表情の変化が、彼らの危機をリータに伝えさせる。


「これは何⁉︎ 幻影の魔法⁉︎」


『半分正解で半分不正解だ。正解は、君たちが言うところの『空の力』だ。遠く離れた場所の出来事を映し出す鏡だよ。この鏡の通り、このままでは彼らはあと数十秒で死んでしまう、それでもいいのかい?』


「いい訳ないでしょう! だから早く私を帰してって言っているの!」


『君一人が行って何が出来る? 命乞い? 服従? 道化? 正解は何もないだ。分かったかい?』


「だから何なの⁉︎ 仲間を見殺しにするよりはマシよ!」


 ガンマの言うことが本当なのだとしたら、猶予はもう数十秒しか残されていない。時間に余裕がない中、彼のマイペースにも思える話し方に、リータの語気は更に荒くなる。しかし、そんなことさえ見透かしたような口調で彼は話す。


『リー、君が本気でな仲間を救いたいのなら今の君は間違いを犯し続けている。この状況での最適解、それは私に協力を仰ぐことだ。喚き散らすことでもなければ、作戦もなしに特攻することでもない』


「じゃあお願い、早くして! 三人を助けて!」


 まるで言われるまま、一切の思考もなく即決。時間がない。なのに、


『頼み事をする時はそれ相応の報酬が必要になる。冒険者なんだ、そのくらいの常識は知っているだろう?』


「分かったわ! 好きな報酬を渡すから! 早くして!」


『……私相手だから良かったものの、他人には二つ返事で同じことを言わないように。やれやれ、教えることは私が思うよりも多いらしい。まあ、それが私の役目だからな』


 実体のない指が鳴らされた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る