第12話 暴れポイント
四方八方を数多の魔法使いたちに囲まれ、眼前には敵意を剥き出しにする魔法学院であるアヴァレルキヤの長であるガロッシュを前にして、案内人は余裕の表情を浮かべていた。
「ふふふっ、どうだ? 流石だろう、俺の魔法は。適材適所、馬鹿が騒ぐのなら誰も違和感を覚えたりはしない」
ミレアに抱き抱えられたリュートは、不意打ちで精神魔法を食らわせてきた無駄に格好つけのキザ野郎を睨みつけながら吐き捨てるように言う。
「俺の役はお前でもよかったんじゃないのか?」
「何を言っている? 英雄は常にクールでスマートでなければならない。それに俺のキャラではない。報酬は前払いで払ったのだから文句を言うな」
「俺のキャラでもな……報酬だと?」
リュートは案内人の視線の先にある、自身の腕に装着されていた盾(というよりは板?)を見る。重さをあまり感じないので言われるまで気付かなかった。
おそらく、精神魔法をかけた後に装着させたのだろうか。
それにしてもおかしな盾だった。まず盾として使用するにはとても小さいのだ。相手の攻撃を受ける盾なのに、これでは相手の攻撃にピンポイントに合わせなければ盾としての役割を発揮しない。それに丸くなければ、楕円形でもない。しっかりとした直角が四つある長方形。
全体の構造は金属で出来ているようだが、表面にはガラス貼られており、ガラスの下には、小さい溝が存在している……いや、こんな変な盾のことはどうでもいい!
「聞いてくれ、ミレア。俺はリータとは何もないし、二人で部屋を抜け出して何をしていたのかは後で必ず話す。必ずだ、だから誤解しないでくれ」
とにかくミレアだけには誤解してほしくない。何故だか分からないが、ミレアだけには誤解してほしくない。
懇願するリュート。しかし、ミレアはそんな彼に向けて、腰の剣を向けていた。そして、大きく一歩を踏み出す。
「ーーッ‼︎」
反射的に目を閉じてしまったリュートは、次の瞬間に襲いかかって来る苦痛に覚悟を決めた。しかし、彼を襲ったのは苦痛ではなかった。
ボオオオッ! と言う轟音が彼の背後から聞こえる。
振り返ったリュートの瞳には、剣の先から丸い半透明の壁を出現させているミレアと、その壁に杖を向けて炎を当てる魔法使いの姿があった。
「リュート! お前がリータと何をしたのかは知らないが、どうやら私たちは命を狙われているようだ!」
そう言って、ローズが折れた大剣の刃を攻撃しようとしていた他の魔法使い目掛けて投げつける。
「うぐっ⁉︎」
大剣の刃が腹に刺さった魔法使いはその場に倒れる。それが開戦の狼煙のように、部屋にいた魔法使いたちが一斉にリュートたちに向けて杖を向けた。
しかし、ローズの類稀なる体術によって次々に無力化されていく。まるで風に乗って泳ぐ葉のように重さを感じさせない動きは曲芸のようだ。
「久々の暴れポイントだ、血が騒ぐ!」
本来、魔法使いとは仲間をサポートや魔法による遠距離攻撃に特化した後衛の職業だ。それがサポートする対象で近距離戦闘をする前衛の戦士であるローズに、この室内と言う限られた空間の中で上手く立ち回れるとは思えない。
それに、仲間が多ければそれだけ自分の攻撃が仲間を襲うリスクも高まる。その逆も然り。
そして、ミレアに炎を噴出し続ける魔法使いをローズが標的に捉えた。
「く、くそっ!」
魔法使いは炎を止めると、杖をローズへ――、
「くはっ――」
魔法使いは詰まった息を吐き出すかのように、その場に倒れた。
瞬間、防御を解いたミレアがローズよりも先に魔法使いの懐に入り、彼の溝に剣の柄を押し込んだのだ。
雑兵は片付けた。これで残るはガロッシュただ一人。
対峙する案内人は動かない。ミレアもローズも、そしてリュートも。全員の視線がガロッシュを射貫く。だが、誰も次の一手に動こうとしない。分かっているのだ。ガロッシュは、他の魔法使いたちと実力が違うと。
圧倒的な強者のオーラというべきものか。
暗殺者のような闘い方をしていたグリッドは、自分の存在を悟らせないように気配などを消していた。だが、今目の前にいるガロッシュはそんなことはしない。
絶対的な自信があるのだ。お前らのような雑魚は何人で束になろうと相手にならないと、真正面から軽く蹴散らしてやると。
それに確証を持たせるのが、やはりというべきかアヴァレルキヤの学園長としての肩書き。少なくとも、それは彼がこの国で最上位の『力』を持つ者ということを表している。
ガロッシュが時を動かす。
「ふんっ、ここにガンマの孫娘がいないのであれば意味はない。兵隊はいくらでもいる、お前らはここで遊んでおけ」
そう言って彼は指を鳴らす。不自然な程に高く、脳の裏側にまで響き渡るようなその音に吸い寄せられた新たな魔法使いたちが続々と室内へと流れ込んで来た。
圧倒的な数の暴力を前に、背後に周られないようにとリュートたちは固まり、壁を背にして構える。
「……どこに行く気だ?」
「俺の目的はガンマの孫娘を始末することだ。大方、地下遺跡に向かっているといったところか」
袋の鼠になったリュートたちに興味を無くしたガロッシュは、魔法使いたちの海を割って部屋から出ようとしていた。部屋の扉が爆発したのはその時だった。
爆発音と共に瓦礫と埃が舞い散る。その中から現れたのは、床で気を失っている魔法使いたちと、半透明な壁で自分の身を守るガロッシュの姿だった。
「俺の目的は時間稼ぎなんでな。扉は瓦礫によって塞がせてもらった。悪いがもう少し俺と遊んでもらう」
扉の方に杖を向けていた案内人が語り掛ける。
「保護者、お前は二人を連れて早く遺跡へ行け。じゃじゃ馬娘の迎えを済ませてこい」
視線はガロッシュに向けたまま、杖のみを近くの壁に向けて爆発させる。
「ミレア、ローズ、行くぞ!」
「私、分かったわ」
「暴れてやるぜ!」
二人を連れたリュートは真新しい壁の穴を通ってその場から逃げ出した。
これは案内人を見殺しにした訳ではない。確かに、現状は誰が見てもそうだが、しかしこの短い時間でも案内人と共有した時間を持つリュートには、見殺しと言う考えは全くなかった。
無駄に格好付けるナルシストで自分のことを英雄だとか言い張っている痛い男だが、彼にはそれに値する実力がある。
彼ならば、あの場でも無事に生還するだろうという安心感がある。ならば、必要以上の言葉はいらない。
この数を一人で相手するなんて大丈夫なのか? なんてことは言わない。
彼が言ったのだ『お前は二人を連れて遺跡へ行け』と。ならば、きっと大丈夫なのだろう。俺が心配することは杞憂に終わるのだろう。彼には、そう思わせる力があった。
真っ暗な闇の中、リータは閉じた壁に背中を預けて何も見えない天井をぼうっと見つめていた。
ジメジメと湿った隠し通路には、しばらく誰も通らなかったであろう証拠の埃が定期的に咳を出させる。
訳も分からず無理矢理ここに押し込まれてしまってからかなりの時間が経つような気がする。始めの方こそ壁を叩いていたが、それが無駄だと理解すると、疲れがどっと波のように襲われた。
壁越しに僅かながら聞こえていたリュートと案内人の声はとっくに途切れている。おそらく隠し部屋から移動したのだろう。気付けば自分は落ち着きを取り戻していた。そして、ふと思う。
……この感情はなんだろう。
溜息をするのも面倒なリータは、心の中に存在しているモヤモヤの正体を探ろうとする。まるでこの空間のように何も見えないそれは、怒り、ではないような気がする。
確かにさっきは案内人に対してずっと大声を出していたけれど、あれは興奮してしまっただけなのだ。怒った訳ではない。
憎しみ、でもない。
確かにアヴァレルキヤからお爺様を追放したガロッシュを恨んでいないと言えば嘘になるが、このモヤモヤは彼に対してではない。じゃあ……誰に対して……。
次々に自分に関わり合いのある人物の顔を上げていく。ローズ、ミレア、リュート、案内人……駄目だ。誰でもない。ゴーカの街の知り合いやその他大勢にも当てはまらない。お爺様……でもなかった。じゃあ……誰? 私は誰にこの気持ちを持っているの? ……わた……し……?
自分の顔が合った。他の誰でも自分自身の顔。
私は私に何を言いたいの? 私は私に何の感情を持っているの?
分からない。自分で自分の気持ちが分からないとは、不思議なことだけど本当に分からない。
リータはこの気持ちを確かめるために記憶を探ろうとする。だが、今はそんな場合ではない。壁越しに聞こえていた会話の内容だと、これから二人が時間稼ぎをするらしい。この気持ちの正体は分からない。だけど、それよりも優先するべきことがある。
お爺様に会わなくちゃ……。
案内人の言葉が本当なら、死んだはずのお爺様が私のことを待っている。そして彼は、お爺様は生きていないとも言った。じゃあ、お爺様の霊が私を呼んでいるって言うこと?
霊がいるかいないかは魔法学院では議論するまでもない。死者の魂は全て黄泉の国へと行くからだ。そう教わった。神話や聖書にもそう書いてあった。だけど、今は……。
そこでリータは、遅れてだが杖の先に光を灯す。
アヴァレルキヤが捏造した神話に、議論するまでもなく追放されたお爺様。アヴァレルキヤを信じられる気がしない。霊がいてもおかしくない。そう思い込んでしまう。
案内人との会話を思い出していると、光の中にリュートの顔が映った。
私が案内人の話を理解出来ていなかったのに、リュートは一言も話さなかったけど何かを察したような様子だった。私だけ除け者だ、最近多い気がすーーッ!?
心のモヤモヤが一瞬膨れ上がったリータは思わず、目を見開く。理解出来ない感情に押し潰されそうになる。
……早く、行かなくちゃ……押し潰されるのはその後でもいい……。
ゆっくりと腰を上げたリータは先の見えない暗闇へと力のない一歩を踏み出した。
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