第11話 隠し部屋
時は少し巻き戻る。
アヴァレルキヤに警報が鳴り響き、リュートとリータは寝室に残したミレアとローズの安否を確認するため、魔法使いたちから逃げながら寝室へと移動していた。
しかし、全方向を魔法使いたちに包囲されたリュートたちは、強行突破することを決意したのだった。
「
リュートが懐から取り出した竜の札を天に掲げた。変身が終わったその時、
「――ッ⁉︎」
突如、どこから現れたのか濃霧がその場を侵食したのだ。
「ど、どうなっている⁉︎」
「勝手に霧を張ったのはどこの馬鹿だ!」
驚いているのは魔法使いたちも同じようだ。
「リータ、俺から離れるな!」
「えぇ!」
一寸先も見えない霧の中、互いの声と触れ合う背中で互いの位置を確認しながら、リュートたちはじっと身を潜めていた。
「誰でもいい! 風を起こしてこの霧を霧散させろ!」
「これほどの濃霧を晴らす風を起こすには、少しばかり時間が掛かります!」
「ならば早く取り掛かれ!」
彼らの会話を聞いたリュートは考える。
この霧は一体誰が張ったのだろうか。もし、アヴァレルキヤの魔法使いが出したのだとしたら、味方をも視界不良にさせるただの愚者で説明はできる。
しかし、この霧が罠だったら? 実は先ほどの驚いたような声も実は全て演技で、この霧を利用して攻撃する戦法だったら?
可能性は十分に考えられる。圧倒的な数の暴力に頼らずに、確実に相手を仕留める集団作戦ではないと、誰が断言できるだろうか。
他の可能性としてなら、魔法使いのリータがこの霧を張ったと言うこと。しかし、これはすぐに否定できる。
リータがこの霧を張れるのか張れないのかは正直リュートには分からない。けれども、もし張ったのならば、それをリュートに言わない方が不自然なのだ。
小声でも会話できる距離であり、すぐにでもこの霧に紛れてこの場から離れることもできる。それをしないということは、彼女もこの霧を警戒している他ない。
結局、分かっているのは、タイミング良く張られたこの霧は誰が張ったのか分からないということ。この霧が自分たちに有利に働くのか、不利に働くのかさえも分からないということ。
「……ふぅ……」
リュートは短剣を構えて小さく呼吸を整えると、瞳を閉じた。
先の見えない霧の中、視力は不要。相手の気配で不意打ちを回避するのが当然のリュートだが、今回は相手が多過ぎて気配を感じ取れない。ならば、気配を感じ取る範囲を狭めればいい。
集中しろ、感覚を研ぎ澄ませ。空間全体を探るのではなく、自分を中心に小さな円を作るんだ。そこは結界。一歩でも足を踏み入れたらたちまち発動する自動の罠になれ。
そもそも気配とは何か。その答えは、少なくとも勘などと言う都合のいいものではない。
それは、相手が動いた時に発生する風の流れや僅かな呼吸音や雑音など。そして、自身の全神経を集中して感受性を高める。それでようやく気付くものの総称なのだ。
初心を忘れるな、とリュートは自身に言い聞かす。
次第に身体が霧と一体化するような感覚に陥る。突然の霧のせいで騒いでいる魔法使いたちの声もどこか遠くのものになっていき、背中から伝わるリータの体温も無へと変換されていく。
おかしな話だが、自分で自分の気配を感じ取れない。しかし、それと反比例するかのように背後のリータの気配はしっかりと捉えていた。
息を殺し、力を抜き、邪念を捨てる。悟りを開けとまでは言わない。だが……そう、これは心眼というのだったか。心の眼で観ろ。目で見るのではない。霧が視力を殺す、瞳に頼るな。
その状態からどれほどの時間が経過したのか分からない。数秒だったかもしれないし数分だったかもしれない。だが、その時はやって来た。
「――ッ!」
結界に入り込んだ者に向かってリュートが音もなく短剣を振りかざす。しかし、その短剣はいとも容易く避けられてしまった。瞬時にリュートは二振り目を放とうとするが、
「ほぉ、俺の気配を捉えたか。この短時間で少しは成長したようだな」
「ッ! その声、案内人か⁉︎」
「話は後だ、じゃじゃ馬娘を連れてここからすぐに去るぞ」
変身を解除したリュートは案内人に尋ねる。
「なんだ、この部屋は?」
「アヴァレルキヤの存在する隠し部屋の一つだ。ここならまず見つかることはない」
「私はこんな部屋知らないけど?」
「隠し部屋なんだ、元アヴァレルキヤ所属だからって、一般の魔法使いが知っている訳がないだろう」
突如、廊下に現れた謎の扉の先。こじんまりとした部屋に通されたリュートたちを見据えた案内人は、置いてあった椅子に大きく足を組んで座る。さて、と口を開いた。
「魔法使いたちがお前たちを捜しているのは、お前たちが規則を破ったからだ。そして保護者、お前は自分側に非があれば素直に認めるようなことを遺跡で言っていたが、今回はどうなんだ?」
……こいつ、俺とローズの会話を聞いていたのか。
案内人の目的が分からない。なんと答えるのが正解なのかも分からないリュートは、不安を払拭できない中、静かに口を開く。
「ああ、確かに規則を破ったこちらが悪い。アヴァレルキヤもアヴァレルキヤで部外者の冒険者たちを寝室に閉じ込めておくのは、万が一のことが起こらないようにするため、自分たちを自衛するためと立派な抗弁として成立する」
だから、自分を肯定する。相手を否定するのではない。無駄に敵を作る可能性を避ける道を探すしかない。
「ほお、ここで抗弁という言葉を使うか」
「悪いか?」
「いや、お前はどうやら言葉が上手いようだ。詐術の才能でもあるんじゃないのか?」
面白いものを見つけたような笑みを一瞬浮かべた案内人は、足を組み替えた。
「俺はガンマ・マジュキュエルに依頼されてアヴァレルキヤに潜入した」
「「ッ⁉︎」」
「俺の行動は全てお前を、じゃじゃ馬をガンマ・マジュキュエルに会わせるために用意されたシナリオだ」
突然のカミングアウトにリュートの思考が停止する。ガンマ・マジュキュエル、それは神の正体を巡って過去にアヴァレルキヤを追放されたリータの祖父の名前のはずだ。
だが、彼はリータが言うには、とうの昔に死んだ筈ではなかったのか?
疑問の色を隠せないリュートは、リータに視線を移す。もしかして、リータが自分に嘘を吐いたと言うことなのだろうか? だが、その考えは瞬時に瓦解した。
「う、うそ……ど、どういう……こと?」
強張った口を無理矢理動かし、言葉を繋ぎ繋ぎで話すリータが自分以上に動揺していたからだ。
「お爺様は……生きているの? 今、どこにいるの⁉︎ 答えて!」
案内人は興奮したリータに答えるように、人差し指を立てるとそれを自分の口に当てた。そして、すぅっとその指を天に掲げた。
「今、ガンマ・マジュキュエルは空の上にいる」
真剣な表情で答える案内人だが、その言葉にリータは声を荒げる。
「ふざけないでっ! 天の国にいるとでも言いたいの⁉︎」
怒りの形相で勢い良く杖を抜くと、その先を案内人へと向けた。
「真面目に答えなさい! お爺様は本当に生きているの⁉︎ 生きているなら一体どこにいるの⁉︎」
興奮状態のリータはいつ魔法を撃ってもおかしくない。こんな至近距離で魔法が当たれば案内人もただでは済まないだろう。
だが、そんな状況でも案内人は落ち着いていた。そして、いつも通りの上から目線で、ふとリータに問いかける。
「じゃじゃ馬娘、もしもの話だ。自分で物事を考え、自分で行動する人形がいたとする。その人形は生きていると思うか? 魂があると思うか?」
自分で物事を考え、自分で行動する人形……確か、アンドロイドと言うやつの話か?
「はあ? 何それ⁉︎ 関係ないことはどうでもいい! 早くお爺様のことを話しなさい!」
「関係おおありだ。これの返答次第で俺はとんだ大嘘吐きになってしまうのでな。さあ、俺の質問に答えろ」
力のこもった眼差しで射抜かれたリータは、思わず案内人から目を逸らしてしまう。
「…………」
そして、しばし考えた末に断言する。
「ないわ。その人形がいくら便利だろうと、所詮は人形よ。動植物のような生物でない限り、生きているとは言えない」
「そうか。なら俺も答えよう。ガンマ・マジュキュエルは生きていない」
「――ッ! あなたッ!」
「だが、彼から依頼されたことは本当だし、今も彼はお前を待っている」
椅子から立ち上がった案内人は、部屋の壁を摩る。ゴトンッと何かが落ちたような音に砂埃が舞う。壁が開かれ、新たな隠し通路がゴゴゴッという鈍い音と共に先の見えない闇を映した。
「この先は俺たちが探索した遺跡の近くに繋がっている。遺跡に着いたら、破壊した扉の部屋に入ってアマゾネスが言っていた変な物……空間湾曲装置を起動させろ。起動パスワードはレリーフの裏の数列だ。近くに操作盤があったから捜して打て。その先にガンマ・マジュキュエルはいる」
「待って! さっきから何を言っているの⁉︎ 空間なんとかとかそんなの知らない! お爺様は私を待っている? お爺様は生きているの⁉︎」
「……まったく、同じ質問の多いやつだ。何を言っても理解出来ないのだから俺の言葉に耳を傾けておけ」
呆れの混ざった冷たい溜息を吐き、彼は同じ質問が来る前に半ばリータを隠し通路に押し込む形で続ける。
「この先にお前の求める答えが待っている。答えまでの道のりは案内した、後はお前の覚悟次第だ……時間は俺と保護者で稼ぐ。早く行け」
「ちょっ――」
何か叫ぼうとしたリータだが、その声は元通りになった壁によってリュートたちに届くことはなかった。
「……で、何をすればいい?」
奇妙な緊張感が張り巡らされる。
長い沈黙を破り、リュートが案内人の背中に問いかけた。
「ほお、協力的だな。反対意見はないのか?」
「少なくとも、お前は敵じゃない。何か裏の目的があるのかもしれないが、その気になればお前は俺を一瞬で殺せる。逆らうのは、仲間が傷つけられると分かった時でも遅くはない」
「俺を信用したというよりは、俺の力を信用したと言うべきか。ふふふっ、孤高の英雄に相応しい扱いだな」
彼は未だにリュートに背を向けている。なのに、リュートには彼が不敵な笑みを浮かべるのが見えた。
「いいだろう。お前を俺の英雄伝説の一ページに加えてやる」
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