第10話 茶番

「ちょっと、黒の魔法使い! これからどうするのよ⁉︎」


「今は頭よりも身体を動かすのが先決だ。無断外出をしたのが俺とリータ、同じパーティーということもあって十中八九ミレアとローズはアヴァレルキヤに身柄を取り押さえられているはずだ。取り敢えずは二人の安全を確認する、全てはそれからだ!」


 図書館内を走りながら、リュートは叫ぶ。リータを先頭にしているのは、複雑な道に暗闇の中、彼女を尾行していただけのリュートに帰り道が分かる訳がないからだ。


 だが、魔法使いのリータよりも盗賊のリュートの方が運動能力が勝っているのは考えるまでも明らかだった。


「はぁはぁはぁ――」


「…………」


 案内役のリータが肩で息をしている一方、同じスピードで走っているリュートには呼吸の乱れは一切見られない。しかし、それが彼の余裕を擦り減らしていく。身体は余裕のはずなのに、息が次第に荒くなっていった。


 チッと、大きく舌打ちしそうになるのを必死に我慢し、リュートは走りながら竜の札を取り出した。


竜装着りゅうそうちゃくッ!」


 輝く紅の鎧へと変化した竜の札がリュートの身体に装着される。それが終了すると同時に、彼は先頭を走るリータを抱きかかえた。


「ちょっ、え⁉︎ 何でいきなりお姫様抱っこ⁉︎」


「俺が抱えて走るからお前は道案内をしろ」


「た、確かにその方が効率は良いかもしれないけれど、他にもいろいろあっと思うんだけど……」


「何が言いたいかは分からないが今は余裕がない、飛ばすから必死に目ェ開けていろッ!」


 図書館の扉を超えて、長く続く廊下に飛び出す。


「そっちにいたかっ⁉︎」


「こっちはこれからだっ!」


 数人の怒号と足音が聞こえ、リュートはリータを降ろして変身を解除すると彼女と共に物陰へと身を潜める。変身を解除したのは、ただでさえ目立ちやすい真紅の鎧よりも暗闇の中では、いつもの黒いローブの方が発見されにくいと判断したからだ。


 どうやら、ここからは変身せずに移動しなくてはならないようだ。それに戦闘を覚悟して奇襲してもキリがない。その場合、余計にこちらの立場が悪くなる。


 これをきっかけに犯罪者の烙印を押されては、たまったものではない。今はもう一人ではないのだ。自分の世間からの評価などはどうでもいいが、同じパーティーメンバーの彼女たちの評価まで下げる訳にはいかない。


 リュートは彼らの気配が通り過ぎるのをじっと息を殺しながら待ち続けるが、


「いたぞ! こっちだ!」


 物音を立てた訳でもなければ、わざと見つかるような合図を出した訳でもない。ここは敵地なのだ、道の構造やどこに隠れやすいかとか、相手の方が情報的に大きくリュートたちに勝っていた。


「チッ!」


 リュートは大きな舌打ちを鳴らすと、別の道へ。しかし、そこには既に別の魔法使いたちがぞろぞろと何重の壁のように迫っていた。


 クソッ、気配が多すぎて全く読み取れない!


「ち、ちょっと! どうするのよっ⁉」


 あっという間に全方向を完全に囲まれたリータは悲痛の叫びを上げる。


「言葉で解決できる雰囲気じゃなさそうだな。流石にこの数だと竜装着りゅうそうちゃくしなければ突破できない、だからと言って手加減できるような状況でもない。最悪、俺が何人か殺してしまうかもしれない」


「あんた、それ本気で言ってんの⁉」


「冗談を言っていられる状況でもないだろう。パーティーは俺に出来た大切な居場所なんだ、そこにはお前もいる。だから、ミレア、リータ、ローズ、三人のことを何より優先に考えさせてもらう」


「……わかった。元々これは私の件だしね、全力でサポートしてやるわ」


「助かる」


「フンっ、別にあんたのことを%信じた訳じゃないから! 勘違いしないでよね!」


 唇を尖らせながら、杖を構えるリータ見て、一瞬笑みを浮かべたリュートは懐から竜の札を取り出した。


竜装着りゅうそうちゃくッ!」


 その瞬間、辺り一体を謎の濃霧が囲った。



「だから、私たちは何も知らないって言っているだろ! 異常事態発生のうるさいサイレンで目を覚ましたんだ! リュートとリータが今どこにいるかんて知らないって!」


 何度も何度も……流石にイラついてきた……っ!


 ゴンッ! とローズは乱暴にテーブルを叩く。巡回係の魔法使い達に何度も詰め寄られて語気を荒くする。


 他の冒険者のパーティーは、異常事態が発生したため自室で待機するように命じられており、ミレアとローズは寝室で尋問を受けていた。


「私、ローズと同じよ。何も知らないわ」


 ミレアはいつものように淡々とした口調で答える。だが、そこには少なからず……怒り? いや、焦り? が孕まされているのをローズは感じ取った。


「ミレア?」


 ローズは困惑した顔を向ける。


 そんな彼女たちの様子を気にする素振りもなく、眼前の魔法使いは面倒くさそうに言い放つ。


「こっちだって仕事で聞いているんだ。もうこの際だから仲間なんて売っちまって互い楽しようぜ、な? それに捜索してかなり時間が経つ。もう捕まっている頃だろうよ」


「へへっ、それはどうかな」


 その声と同時に寝室に入る二つの影が入って来た。


「ッ⁉」


「リュート!」


「リータも!」


 それはこんな状況を作り上げた説教が必要なパーティーメンバー達だった。


 室内にいた数人の魔法使いたちが通信の魔法で援軍を呼んだ後に身構えるが、リュートは両手を上に上げて降参の意を伝える。そしていつもの彼らしからぬ、おちゃらけた様子で、


「確かに抜け出したのは悪かったけどよ~、お前らにも責任があるんじゃないのか?」


「何?」


 数人いる魔法使い達の中、反射的に口を開いた一人を見た彼は似合わない笑顔を作ると、リータを抱き寄せる。


「だって、複数人のパーティーメンバーが同じ寝室だぜ? これじゃあラブラブカップルの夜の運動会が開催できないじゃ~ん。俺っちとリータちゃん、まだまだヤングな美男美女な訳で毎晩ヤらないと気が済まない訳。


 事が済んだから帰ってきたこれでオーケー? ドゥーユーアンダースタンド?」


 リュートはへらへらとした笑いを続けながら弁解するが、魔法使い達が構えを解く様子はない。というよりも……、


「ミ、ミレア? どうしたんだ?」


「私、なんでもないわ。本当になんでもないわ。恋愛は自由だもの、私が口出しする権利なんてないわ。えぇ、ないわ何もないわ」


 ……凄い怒っている……え? どゆこと? まず一回整理しよう。リュートとリータが実は付き合っていて、人目のない場所で夜の営みをしていたからミレアは怒っている……? ヤバい、全く分からない! え、つまり? ……どゆこと?


 いくら頭を回しても一考に状況が理解出来ないローズ。しかし、そんな中で一つだけ、確信を持てたことがあった。


 口では認めていないとか言っていたリータが、リュートと裏で付き合っていたという事実。やはりリータはツンデレだという、現状況でもどうでもいい事実だけに確信を持てた。


「あれ? ミィ〜レアちゃ~ん、なにそんなに怒っているの~? あっ、もしかしてミィ〜レアちゃんも混ざりたかったぁ~? よ~し、今からでも遅くない。もう一回行ってみよ~!」


 腰のベルトを外しながら回れ右をして、寝室から出て行こうとするリュートの前を魔法使い達が立ち塞がる。そして、


「ミ、ミレア! 耐えろっ、よく分からんが耐えてくれ! って、力つよッ!」


 リュートに殺意全力で殴り掛かろうとしていたミレアをローズが何とか羽交い絞めで止めていた。普段なら絶対間に合わないだろうが、先程からミレアの様子(リュートもだが)が変だったので警戒していたからこそ出来た芸当だ。


ミレアの職業は魔法剣士なのに、前衛の戦士であるローズがかなりの苦戦を強いられている。謎の怒りパワー、恐るべし。


 寝室の唯一の出入り口である扉を押さえられたリュートとリータに、ミレアを抑えるのに必死なローズ。


 そして、この四人のパーティーを包囲する魔法使い達。現場は膠着状態がしばらく続いた。その時、


「これは何の茶番だ?」


 寝室に一人の男が入ってきた。老人だ。周りの魔法使い達よりも豪華な刺繍や飾りが付いている魔法使いだった。


「ガロッシュ学院長⁉︎」


 誰かが言ったその一言で、その場にいた魔法使い達は構えるのを止めて、彼に頭を垂れる。


「これは何の茶番だと聞いている」


 深い皺の刻まれた顔を更に、クシャクシャにした紙の様に、怒気を孕ませた声を細く鋭利な視線に乗せる。その細い視線に射抜かれた一番近くにいた魔法使いが、ガチガチと歯を鳴らしながら震える口を開く。


「さ、先程の異常事態の原因であるリュート、リータの両名を捕縛しようとしたのですが、両名が再び逃走しようと試みたので、それを阻止しようとしていた次第です」


「おいお〜い、人聞き悪いこというんじゃね〜よ〜。俺はただミィ〜レアちゃんを加えて夜の運動会の続きをしようとしていただけの年頃の男の子なだけなんだよ〜」


 横槍を入れてきたリュートをジロリッと睨み付けたガロッシュは、リュートに向かって杖を掲げた。男は杖の先から白い光を放つと、それはリュートを飲み込む。


 次の瞬間、白い光はリュートを解放し、彼の身体は力が抜けた様にその場に崩れ落ちた。


「リュートッ!」


 ローズの懐から抜け出したミレアが、倒れたリュートを慌てて抱き抱える。


「イテテテ、俺は……何を? ああ、そうか。そうだったな」


「私、ミレアよっ。リュート、分かる⁉︎」


 意識を取り戻したリュートにあのミレアが悲鳴にも似た声で問いかける。


「…………」


 しかし、リュートはミレアの顔を見るや否や、すぅっと顔を彼女から逸らしてしまった。


 ……リュートのやつ、なんか顔が赤くなっていないか?


 ローズが先程から何が起きているのだろうかと、頭を傾けている。答えはすぐに見つかった。


 ガロッシュが言う。


「なるほど、人ひとりの人格を変えてしまう精神系の魔法か。これ程レベルの高いものを儂は見たことがない。この魔法学院で長を務めるこの儂がだ……ハァッ!」


 掛け声と共にリュートを包み込んだ白い光がリータに放たれた。


「「リータッ!」」


「…………」


 ミレアとローズがリータの身を案じる中、リュートは沈黙を貫いていた。リュートがだ。


 白い光はリュートの時と同様に、一瞬でリータを解放した。しかし、異なる点が一つ。リータの身体が徐々に薄く消えていくのだ。


 まるで何もなかったかのように。そこには始めからリータなどと言う人物が存在していなかったかのように。


 空に浮かぶ真っ白い雲が、晴天の青空に溶けてなくなるように。その光景をその場にいた誰もが信じられないものを見るような目で観ていた。


 そして、リータの姿の完全に消えるその瞬間、彼女の口元が僅かに動いた。


「やれやれ、伊達にアヴァレルキヤの長を名乗っている訳ではないな」


 リータとは明らかに異なる男の声。だが、その声は確実にリータの口から放たれている。


「まあ、いい。これも予想していた可能性の一つに過ぎない。全ては俺の手の中にある、勿論これからのこともな」


 霞のようなリータの姿が完全に消えた時、そこにいたのは一人の青年だった。丸腰でランクB冒険者を五人まとめて瞬殺すると言う人間離れした身体能力と、高レベルの魔法を操る、鋭い目つきと銀髪の狼を連想させる青年だった。


「「案内人ッ!」」


 唯一、その場にいたリュートだけがその正体を最初から知っていたのか、彼は沈黙を貫いていた。

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