第8話 欠陥品の椅子

 案内人を先頭に進み続けた結果、目の前に現れたのは白い扉だった。


 リュートの知識ならば、この手のものは近付けば自動的に開くのだが、この遺跡は違うらしい。試しに触れたり、押してみたりとしたが扉が開くことはなかった。


「開く様子が全くないわね」


「ってか、案内人よぉ、本当にこの扉の奥に目的の物があるんだろうなぁ、おい」


 不安を隠せないリータに、開かない扉と先程の案内人の態度に苛立ちを隠せないローズが落ち着く様子はない。


「うん? これは……」


 リュートは扉の横に設置されている一枚の黒い板を発見する。壁に埋め込まれているそれは手に持ったり、抜き取ったりすることは不可能な物に思えた……なんだ、これは?


「ほう、これは認証性の扉だった訳か」


 リュートの背中越しにその板を見た案内人は少し面倒くさそうな声を出した。


「どうやらこの扉を開けるためには何かしらの鍵が必要になるらしい。鍵はどんな形をしているか、どこにあるのか分からないがな」


 ということは、この巨大な人工物の内部にあるかどうかも分からないと言う訳か……。


「どうする? 可能性がある以上、素通りしてきた部屋を全て確認するのか?」


 リュートは振り返り、皆の反応を見る。その顔々は明らかに難を示していた。


 時間的にそんな余裕がないのは分かっている。だからと言って、本当にこの扉の先に目的の物があるのならば、他にどうすればいいのだろうか。


「なあ、リュート。私に考えがあるんだがいいか?」


「うん? なんだ?」


 ローズは背負っている大剣の柄に手を掛けながら言う。


「パワーだ」


「私、分かったわ。ローズの考えが」


「ヤバい、実は私も」


 ローズの言葉を聞いたミレアとリータが開かずの扉から距離を取る。


「うおおおおおぉぉぉぉぉぉッッッッッ!」


 次の瞬間、大剣を構えたローズが力強い咆哮と共に、力任せな大振りの斬撃を放った。斬ると言うよりは叩き付けると言った表現の方が正しいかもしれない。


 強力な衝撃を受けた扉はドゴオオンッ! と鈍い音を立てながら瓦解し、その先の未知の領域を曝け出す。


「リュートも案内人も男なら頭ばっかり使わずにパワーだパワー! 世の中、大抵のことはパワーでどうにかなる!」


 得意げな顔でパワーを連呼するローズに遥か後方で避難していたミレアとリータが対照的に溜息を吐きながら合流する。すると、リータがある方向を指差しながら、 


「ねぇ、ローズ。それ、どうするの?」


「え?」


 リータが指差した方向にローズが視線を向ける。視線の先にあったのは、自分が手にしている大剣であった。


 ローズがそれを理解すると同時に大剣には巨大なヒビが入り、秒もせずに折れてしまった。


「ああああああッッッッッ‼︎‼︎ 私のグレート・スーパー・ストロング・メイドインドワーフ・ソードがあああああッッッッッ‼︎‼︎」


 絶叫するローズにリータが深い溜息を吐きながら詰め寄る。


「ねぇ、ローズ。あんた本当に何回目よっ! あれ程言ったわよね、なんでもかんでもゴリ押しはしないって! またクエスト中に武器を壊したじゃない! この脳筋!」


「い、いや、でもあの剣はそう簡単に壊れないって鍛冶屋のおやっさんが言っていたし……それに、リータのために良かれと思ってやったことだし……」


「それは確かにありがたいけれど、武器を壊してもいい訳じゃないでしょ、このおバカ!」 

「あっ〜! そんなこと言っちゃうんだあ〜! 可愛げがねえ〜!」


 それからしばらく二人の口喧嘩が続いた。やれ名前のセンスがないやら、やれデレとツンの割合がおかしいやら。後半はもう全く関係のない日頃の行いについて言い合っていた。


 ふふふっ、と笑い声が隣から聞こえた。


「私、なんかとても懐かしい風に感じるわ。二人があんなに楽しそうなのは」


「ああ、そうだな」


 慈愛にも似た瞳で、言い合いを続ける二人をミレアは見つめる。


「あれがミレアが望んだものなんだよな」


「えぇ、でも少し違うわ。あれはまだ途中」


「途中?」


「あそこにあなたも入るのよ、リュート。そして……私も。みんながそれぞれ言いたいことを遠慮なく言い合って、最後は前よりももっともっと仲良くなっている。


 そんな理想を私は叶えたいわ……だからお願い。私たちに変な気なんか回さないで、自分の思ったことをハッキリ言って欲しいの。それが理想への第一歩だから」


「遠慮なく……か……」


 リュートは考える。


 親しき中にも礼儀と言うものは必要だ。自分の主張したいことを言っていたとしても、それは受けとる側の相手を傷付ける言葉の暴力になりかねない。


 ならば、そこに生まれるのは絆などと言う繋がりではなく、壁や溝と言った距離に他ならない。可能性としては、後者の方が圧倒的に高い。


 しかし、その距離を取り払えたのならば、遠慮のない自身の主張の先に待っているのは前者の絆だけ。それは幻想かもしれない。それは妄想かもしれない。それは理想かもしれない。


 だが、ミレアはそれを望んでいる。第一歩を踏み出そうとしている。あとは俺の行動次第。行動次第でミレアの夢を叶えることが出来るかもしれない……。


 ミレアの言葉に強制力はない。彼女はリュートに対して、あくまで欲しいと言ったのだ。『しろ』ではなく『欲しい』。強制ではなく願望。


 契約上、ミレアの労働力として共に行動するリュートにとって、そこには大きな違いが存在した。つまりはリュートの自由意思。


 リュートは考えない。その答えは考えるまでもなく、迷うまでもなく、既に出ていた。


「ミレア」


「?」


「これからも俺の居場所でいてくれ」


「…………えぇ」


 その短い返事が聞こえて、リュートは思わず笑みが溢れてしまった。


 これもこれでいいかもしれない。


 そんな感情を胸に実らせたリュートは、眼前で仲良く口喧嘩をする二人の仲間の仲裁に入ったのだった。



 部屋の中には数多の椅子が設置されていた。数はざっと見ただけでも数十を超えている。均等に……おそらく、何かの法則に則って設置された椅子の一つにリュートは近付く。


 まず、最初に感じたのはとてつもない違和感だった。


 鉄色の妙な光沢を放つ椅子は何かしらの金属で生成されていた。クッションのような緩衝材は一切見当たらず、これでは腰を痛めたり、身体を休ませることが出来ない。


 それに椅子の至るところには人差し指程の太さの黒い棒状の突起物が突き出されており、これではまともに座ることさえ困難だろう。瞬時に思い浮かんだのが、拷問椅子だがそれにしては突起物の先が丸く滑らかな形状をしている。


 針山を連想させる拷問椅子とは到底思えない。いや、そもそもこれは本当に椅子なのだろうか。自分の持っている知識の中で椅子が一番この物体に形状が近いため、自身が椅子と認識しているだけで、本来は椅子ではない何かなのかもしれない。


 何故なら、この物体は椅子にしては欠陥品にしか見えないからだ。


 リュートが頭を悩ませる中、部屋を一通り見終えた案内人が口を開く。


「なるほどな、この遺跡のレベルはだいたい分かった」 


「この欠陥品の椅子みたいなものでか?」


「半分正解で半分不正解だ」


「なに?」


 案内人は椅子を撫で回すように触りながら、


「まずこれは欠陥品ではない完成された椅子だ。ただ使用する者たちの身体が俺やお前たちと違うだけだ。俺たちは食事によってエネルギーを補給するが、彼らはこの椅子に座ることによってエネルギーを補給する」


「馬鹿な、座るだけでだと? そんな便利な椅子があり得るのか?」


「身体の作りが違うと言っただろう。それに、この空間……『空の力』がそもそも俺たちの常識から外れているんだ。今は自分の固定概念を捨てて、素直に俺の言葉に耳を傾けておけ」


 そう言って、案内人は話を続ける。


「おそらくだが、アヴァレルキヤの神の正体は異星のアンドロイドか、レベルを低く見ても半アンドロイド……と言っても分からないか。要するに、自分の意思を持った人型のカラクリだ。自分で物事を考え、自分で行動する人形だと思えばいい」


 自分で物事を考え、自分で行動する人形……。


「そのカラクリ人形には悪魔でも取り憑いているのか?」


 リュートの何気ない問いに、案内人は一瞬驚いたような表情を浮かべて笑う。


「フフフっ、上手いな。確かに、彼らを作った文明からしてみれば、アンドロイドは自分たちの文明を滅ぼしたか、それに近い状況を作り上げた悪魔だ」


「滅ぼしただと? 何故そんなことが分かる?」


「それは――」


「お〜い〜、リュート〜、案内人〜、変な物があるんだ〜、こっちに来てくれ〜」


 少し離れた場所から大きくてを振っているローズが二人を呼んだ。


「話は一旦終わりだ。英雄は人気者、ファンの声に耳を傾けるのも勤めだからな」


 その後、遺跡の調査は続いたが特に何事もなく、時間が過ぎた。

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