第6話 レリーフ
「ここからは各々のパーティーに分かれて探索してもらう。ここは古代の遺跡とはいえ一応ダンジョンに含まれる。各々のパーティーには、最低でも一人は盗賊を入れることを必須条件とする。
万が一、盗賊がいないパーティーは他のパーティーと行動を共にしても構わない。分かっているとは思うが、揉め事は起こすな。そして、何か発見した場合は俺に報告しろ。以上だ、解散!」
案内人の指示の下、各々のパーティーが未知の古代遺跡へと広がっていく。どうやら盗賊のいないパーティーはなかったようだ。
そもそも、盗賊は職業の名前こそ偏見を買うものだが、一パーティーには必ず一人は必須の存在なのだ。盗賊をパーティーに入れずに敵や罠の感知を怠った結果、戻らぬ人になる者たちは後を絶たない。
この場に集ったベタラン冒険者たちのパーティーならいない方が不自然なのだ。
「さて、私たちも探索を始めるか」
ローズが先頭に立ち、リュートたちも探索を開始しようとする。
「待て、俺はお前たちについて行く。俺の目が届かない場所で勝手な行動をされては困るからな。それに、お前たちが集まったパーティーの中では一番弱そうだ」
案内人の視線が静かにリータを捉えていた。
「チッ――」
小さな舌打ちをした後、リータは俯きながら下唇を噛み締める。その表情は険しい。抵抗しても無駄。そのことを理解させられたリータからの反論は何もなかった。
彫刻の上に乗せられた金属の頭はミレアを魅了する。
それは何故か。一体、何が彼女を動かしているのか。彼女が口にした『探し求めた伝説』。そこにきっと答えはあるのだろう。
「リータ、聞かせてくれ。お前は一体、何を隠しているんだ?」
「……どうせ信じてもらえないわよ、今までがそうだった。私の頭がいかれていると笑うだけよ」
諦めていた。過去にも同じことがあったのか、自虐に満ちたその顔には影が産まれていた。
「それは今までの奴らだ、俺はそこには含まれていない」
「じゃあ黒の魔法使い、あなたは信じると言うの? 私の話を」
「……さあな。だけど、まずは話を聞かなければ、信じることも信じないことも出来ない」
全てはリータ次第。彼女が話さなければ何も始まらない。彼女が話さなければ誰も彼女の背景を知ることは出来なし、信じることも出来ない。
「…………分かった、話すわよ」
しばしの沈黙の末、彼女は口を開いた。
「でも時間が惜しいわ。歩きながら話すわよ」
石板が均等に隙間なく埋められた道をリュートたちは歩いていた。照明係のミレアとリータを中心に、彼らは先の見えない深い闇の中を歩く。
床と同じように、石で作られた壁には、細かな模様や動物、人の絵が描かれており、当時の生活風景が至るところから見てとれた。そして、リータが口を開く。
「私のお爺様は考古学者だったわ。毎日毎日、書載に籠っては古代の謎に自分なりの仮説をたて、それが真実かどうかを確かめるために旅に出る。そんな人だった」
どこか懐かしむかのようなその声に、リータが自身の祖父を慕っていたのが伝わる。
「確か……『世界は謎で満ちている。自分が全てを解くことは出来ないが、それでも知りたい答えがあるのなら片っ端から解いてやる。』そんなことをよく言っていたわね。ふふふっ、当時の私から見てもまるで子供みたい人だったわ」
久しぶりのリータの笑みにミレアとローズがどこか安心したような顔になった。その顔を見て、リュートは内心が穏やかになるのを感じた。
「ある日、お爺様の遺品を整理していた時の話よ。私はこれを見つけたの」
リータは荷物入れから一枚のレリーフを取り出した。リュートが受け取ると、一冊の本程の大きさのそれは、分厚い石にも関わらず見た目よりもずっと軽いことに気付く。
「なんだ、この数字の羅列は?」
そこには一〇桁程の数字が彫られていた。
「それは私にも分からない。でも、見て欲しいのはそっちじゃないの」
言われて、ひっくり返す。
「これは……」
言葉に詰まったリュートの手に持つレリーフを全員が覗き込む。
「アヴァレルキヤにあったイコンの一部に似ているな」
リュートの背後から顔を覗かせていた案内人が口を開く。確かに彼の言う通りだった。
アヴァレルキヤの長い廊下に描かれていたイコンの一部にそれと酷似したものがあった。だが、異なる点が一つ――。
「アヴァレルキヤでは神が人に魔力を与える場面だった。だが……これは一体なんだ?」
天空を描いた背景や両手を大きく広げる登場人物の立ち位置といった構図は限りなくアヴァレルキヤのイコンに近い。だが、リータのレリーフに描かれていたのはまるで……、
「入口にあった不気味な頭じゃないか」
ローズの言葉が的を射抜く。間接的にでも遠回りでもないその言葉は、何よりも早く直接的なある仮説を組み立てた。その仮説を口に出す前に、リュートは無意識に固唾を飲んでいた。
「これが神の正体だと言うのか?」
振り返ったリータは小さく頷く。
人ではない……神だから当たり前なのだが、改めて実感させられる。姿がどうのこうのと言うよりは、もっと根源的な部分で自分たちとは異なる未知なる存在。
それは未知への恐怖なのか、それとも単なる好奇心なのか。リュートは背中に氷柱が突っ込まれたように身震いをした。
しかし、そのレリーフに描かれている神を見れば見る程グロテスクに感じるがそれでも視線がそっちの方へと動いてしまう。
怖いもの見たさ。その言葉が最もリュートの現状を表していた。
リータは話を続ける。
「学者だったお爺様は神の真の姿をアヴァレルキヤの学会で発表したの。だけど、誰一人として、これが神の真の姿だと信じなかったわ。
お爺様の発表を会場の端で聞いていた私は今でも鮮明に覚えている。
『我々魔法使いが信仰する神がそんな醜いわけがない』
『どうせそのレリーフは作り物だろう』
『神を愚弄する貴様に魔法学院にいる資格はない』
その場にいた全員が似たような言葉を吐いてお爺様は学会から追放されたわ。結局、お爺様はその後に事故で無念のまま死んでしまった。
その時、未練はないとか言っていたけど、これが残っていたということは……そういうことよ。だから私がお爺様に代わって調査することにしたのよ。
冒険者になったのだって、それが理由。冒険者になって世界を旅すれば、学会で誰もが認めざるを得ない証拠を探すことが出来るから」
ここのような超古代の遺跡は世界各地で未だなお新しく発見されている。ならば、一箇所に留まらずに世界各地を旅して証拠を集めるのならば、部屋に閉じこもって様々な仮説を量産する考古学者よりも冒険者の方が理にかなっているかもしれない。
学会で認められずに無念の死を遂げた祖父に代わって自分が学会を認めさせる。つまり、リータがやりろうとしていること、やり遂げようとしていること、それはリータの目標であり夢でもある。
端的な言葉で表すと、それは、
「復讐」
氷よりも冷たい言葉が彼女の口から放たれた。誰かに言った訳でもなく、誰かに聞かせたかった訳でもなく、ただ今の彼女からは抑圧されていた気持ちを、ようやく訪れた捌け口に流し込むように、その口から吐き出す。
「お爺様は間違ってなかった。お爺様は偉大だった。お爺様は優秀だった。それは学会にいた彼らも理解していたはずだった! なのに彼らはそんなお爺様を妬み、恨み、嫉み、そして嵌めた! 絶対認めさせてやる! 何がなんでも、奴らを拷問してでも、殺してでも!」
実際、彼女の言っていることが真実かどうかはリュートには分からない。彼女の持っているレリーフだって、本当に彼女の祖父が作り上げた偽物だという可能性も十分にありえる。
それに、今のリータは復讐心に取り憑かれ、自分が正しいということを、祖父を経由して間接的に言っていることと変わらない。
お爺様は正しい。だから、そんなお爺様を信じている自分は正しい。
簡略すれば、このようなものなのだ。そして、いくら誰々が正しいと言ってもそれはあくまで自分視点での考えだけの話なのだ。
自分の幸せは誰かの不幸の上に成り立っている。言うまでもないこの世界の真実の一つに、リータの祖父が苦しめられたのだ。逆に言えば、リータの祖父が不幸な目に遭い、学会の連中は幸せな気持ちになっただろう。
人とはそういうものなのだ。誰かが不幸にならなければ自分は幸せになれない。自分が不幸になれば誰かが幸せになれる。
そして、自分を幸せにしたいか他人を幸せにしたいかを問われれば、迷うことなく前者を選ぶことだろう。
自分のためならば、復讐は正義に成り得る。復讐というマイナスなイメージの単語でも、正義の使者を名乗れるプラスなイメージの単語へと変換される。
少なくともリュートの目には、今のリータはそんな自分に酔っているように見えた。
こ、これは一体……なんなの……?
しばらく歩き続けた道は迷路の様に幾重にも交差していた。途中、何組かのパーティーに遭遇したが案内人のいるおかげか、リータたちが他のパーティーに因縁を付けられることはなかった。
そして、他のパーティーと遭遇する旅に行われた情報交換の結果、リータたちは未だ誰も進んでいないであろう道を選び、一つの巨大な人工物を発見する。
嬉々とした瞳でその物体を見つめるリータは、今にもその衝動に任せて走り寄りたい気持ちを必死に堪えた。無闇に近付こうとすればまた案内人に実力行使で止められるだけだ。ここは我慢だ、自分を律するのだ。
一方、空いた口が塞がらないローズ。
「…………」
ミレアはそんなローズの顎を優しく上に上げて、口を塞がせる。
そして、目の前に現れた謎の巨大な人工物を眺めて黒の魔法使いはポツリと、
「『空の力』か……」
……彼は何か知っているの?
「ほぉ、お前も知っていたのか」
「なに?」
えっ? 案内人もっ?
黒の魔法使いは首を案内人の方へ回す。隣に立っていた案内人の言葉に彼は驚きを隠せずにいた。
「お前『も』……だと?」
黒の魔法使いと案内人。二人の会話を聞いてリータの心情は激しく揺れていた。
私が知りたかった情報をこの二人は最初から知っていた? なのに何で私に教えてくれなかったの? いや、そもそも案内人はアヴァレルキヤ側の人間だしそんな義理はないとしても、仲間を大切にするとか言っている黒の魔法使いが私に教えないって一体どういうことなのよ⁉︎ 私が名前で彼を呼ばなかったから⁉︎ だから私は仲間ではないということ⁉︎
奥歯を噛み締める。沸々と煮えたぎるこの怒りの矛先は果たして、黒の魔法使いを名前呼び及び仲間として認めなかったリータか。それとも、それだけの理由で教えることを拒否した心の小さい黒の魔法使いか。
た、確かに……確かに私も意固地になっていたところはあった! だ、だけど! だからって!
プルプルと怒りの込められた拳を握りながらやるせない気持ちに震えるリータ。
心情が乱れるリータに気付いているのか、いないのか。案内人は彼女を尻目に一人でその巨大な人工物へと近付いていく。
何本も生えた丸太の様な鋼の脚ががっしりと本体を固定している。後方が落石の影響なのか、岩や土によって埋められており、全体の大きさは全く把握できない。
長年の年月の経過を表しているのか、埃のヴェールを纏ったそれはまるで大きな球を上下から押し潰した様な楕円形の形状をしていた。
何かしらの金属で作られたそれは下面には様々な大きさや長さをした目玉が数多付いており、見るからに不気味だ。
そして、下面の中央からは巨大な口が開かれ緩い坂道になっており、それはまるでリータたちを自身の体内へと誘っている様にも思えた。
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