第5話 巨人の頭

「……さっきはありがとう」


「品性下劣なヤツが気に食わなかっただけだ」


 先頭を歩く案内人に、小走りで隣に並んだリータが礼を述べていた。


 トンネルの中は蝋燭などの照明になるものがまだ設置されておらず一寸先が見えない闇が続いている。


 整備されていない道はボコボコで歩きづらく、光の魔法を使用できる者は片手で発光させた杖を持ち、もう片方の手は常に壁に添えながら歩いていた。


 リュートたちのパーティーでは、魔法剣士のミレアが杖でもある剣の刃先に光を灯しており、その周りをリュートたちが歩いていた。リータが案内人の方へ行ってしまったので、必然的にミレアに集まったのだ。


「あの案内人、とてもただの魔法使いには思えなかったぞ。ランクAはあるんじゃないのか? ……駄目だ、ローブで装備が全く見えない」


 ローズは目を細めながら、案内人を観察するが見えないのも無理はない。光魔法で周りを照らしているとはいえ元が暗闇の穴の中、それに彼の首から下はローブで隠れているのだ。


 この状況で装備を当てろと言う方が無理な話なのだ。この状況で敢えて観察するとしたらローブで隠れていない首から上だけ。


 くっきりとした凹凸のある整った顔立ちに、キリッとした鋭い目。白銀の髪をした狼を連想させる青年。それ以外は分からない。


「もしかしたらランクSだったりしてな」


 笑いながら冗談気味に言うローズにミレアが、


「そういえば彼、自分のことを産まれながらの英雄って言っていたわ」


 冒険者のランクS、それは伝説である。遥か昔の史実を一つの物語にした英雄譚。それはこの世界に生きるものなら誰もが知っている常識でもある。


 だが、それ故にその存在はありえない。ランクSはあくまで人々の夢であるからだ。


「私、思い出したわ」


 ふと、ミレアが僅かに目を見開く。


「あの案内人を知っているのか? ミレア」


「いいえ、でもこのシチュエーションを知っているわ」


「シチュエーション? どういうことだ?」


 ローズが頭を傾けた。


「少し前なのだけれど。私、リータにある本を読まされたのよ。確か、格好良い男性が主人公の女性を悪漢から助けて二人が恋に落ちる物語だったわ」


「ああ〜、確かにリータが好きな話だな。それ」


 二人の会話を聞き、リュートはもう一度案内人の顔をまじまじと観察する。確かに……かなりの美青年だった。


「男は顔じゃない」


 その言葉を聞いて一番驚いたのは言った張本人であるリュートだった。わざわざ言う必要もないような、ソロで活動していた時は気にも留めていなかったことが、勝手に口から出てしまったのだ。案の定、その言葉を聞いたミレアとローズがポカンとした顔をしている。


「リュート、嫉妬したの?」


 ……どうなのだろうか。


「なんだ、リュートも可愛いところがあるじゃないか。そうだ、男に必要なのは、いかつさと筋肉だ!」


 ウリウリッ〜筋肉付けろ〜と、拳を背中に当ててくるローズを鬱陶しく思いながら、リュートは気が付けばミレアの顔に視線を向けていた。


 彼女の瞳にはあの案内人は一体どのように映っているのだろうか。確かに、男のリュートから見てもかなりの美形だ、女であるミレアからしたら更に美形に見えるだろう。


 それにランクB冒険者を五人まとめて圧勝する程の強さだ。ミレアは言った『このシチュエーションを知っている』と。『格好良い男性が主人公の女性を悪漢から助けて二人が恋に落ちる』と。つまり、ミレアは彼のことを格好良いと認めている訳だ。


 リュートの視線に気付いたミレアと視線が合う。思わず顔を背けてしまった。


 ミレアはあの案内人のことをどう思っているのだろうか。


 その思考に辿り着いたリュートはすぐさまにそれを放棄する。自分らしくない。ミレアが彼をどのように思っていようが、それは彼女の問題だ。


 自分が気にすることではない。でも、この気持ちは何故かスッキリしない。


 晴れない空。泥が混ざった湖。埃の積もった部屋。汗でベタついた肌。どれが今の自分に適当なのだろうか。自分の心が自分で分からない。まるであの時のような感覚、ギルドを出た直後にミレアに呼び止められた感覚に似ていた。


 なんなんだよ、この気持ちは……。


 答えは見つからない。まだまだ先まで続く穴の出口のようにリュートの答えも闇によって暗く深く隠されていた。



 長いトンネルを出たリュートたちは広間に出た。だが、詳細は暗闇に隠されているため。その広間が文字通り広いのか、それとも狭いのか分からない。ただ圧迫感は感じなかった。


 トンネルから光を灯した冒険者のパーティーが続々と出てくる。出てきたパーティーは次に出てくる他のパーティーのために、奥へとスペースを開けていく。


 それが延々と続き、突然プツリとパーティーの流れが止まった。どうやらトンネルから全てのパーティーが出てきたようだ。


 だが、やはり圧迫感は感じられなかった。ゴーカの街の冒険者数を超える人数が全てすっぽりと収まってもなおだ。


「さて、全員揃ったか」


 全パーティーが揃ったことを確認した案内人は杖を取り出すと、それを何度か天井に目掛けて弧を描く舞のように振った。彼の杖からは、一振りする毎に巨大な光の球が四、五個放たれ、天井に張り付く。


 そして次の瞬間、広間の暗闇が彼の放った光球によって消滅した。


「――ッ⁉︎」


 そこには誰もが息を飲む驚愕の光景が広がっていた。


 優に人の三倍を超える高さの巨人の彫刻だった。しかし、それ自体は特別珍しいものではない。


 どこの街にも、偉業を成し遂げた者の石像や銅像を立派に見せるために巨大な作りにすることはよくあることだからだ。


 問題は巨人の頭だった。唯一、彫刻ではない部分だからすぐに視線が向かう。


 明らかに人ではない。だからと言って、エルフやドワーフのような亜人や身体の一部が獣の獣人でもない。


「な、なんなんだよ……あれは……」


 誰かが言ったその言葉が、ここにいる全ての冒険者たちを代弁していた。


 予め作られた彫刻の身体に、メインの頭を乗せたのだろう。


 巨人の頭には皮がなかった。そこにあるはずの肉や骨も存在しなかった。


 模様……いや、あれは何かの部品か?


 まるでパズルのように幾重にも部品が重なり、無理矢理顔の輪郭を形成しているように見えた。


 鉄の骨格に埋め込められた細々とした小さな部品の集合体からなる無機質の顔は歪に、じっと正面を見つめていた。


 気持ち悪い。それがリュートの第一印象だった。


「やっぱり……お爺様は正しかった」


「リータ?」


 みんなが未知への不安に駆られる中、リータだけはそれを見て興奮していた。爛々と輝く瞳に映るものは、単なる好奇心か、はたまた何かしらの希望か。


「これが外界の神、この世界に生命と知恵を与えた存在。個にして全、全にして個。不老不死にして無限。ずっと私が……私たちが探し求めた伝説……」


 一人で捲し立てるように話すリータは一歩、前へ出た。そしてもう一歩、もう一歩と。届くはずがない両手を思いっきり伸ばしながら頭に近付く。そして、


「それまでだ」


 唯一と言ってよかった。この群衆の中で唯一冷静でいた案内人がリータの腕を掴んで、彼女の動きを止めた。


「これはアヴァレルキヤの遺跡から発見されたものだ。それに重要度も高そうだしな、立場上、勝手に触らせる訳にはいかない」


「うるさいッ! すぐそこに私の……私とお爺様の夢があるのよ! 離して!」


 強引に腕を振り払おうとするリータは、まるで親に駄々をこねる子供のように反抗する。しかし、ガッチリと掴まれた腕はてこでも動きそうにない。


 リータの反抗に意味があるとは到底思えなかった。


 案内人は激しく動き回るリータの動きに合わせて、軽く腕を捻った。たったそれだけでリータの身体は宙に舞い、背中から固い地面に落下する。


「カハッ――」


 リータの空気を吐き出す音と共にミレアが動いた。その場を駆け出したミレアは案内人に目掛けて剣を振るう。案内人はミレアの攻撃をやすやすと避けると彼女の剣を蹴り上げ、遥か後方へと飛ばした。


 しかし、ミレアは止まらなかった。獲物を手刀に変え、再び案内人に襲いかかる。


「無駄だ」


 振られた手刀の勢いを殺すことなくミレアの腕を掴み、絡め取るように投げる。


「野郎ッ!」


 目の前で仲間が二人やられたのを目撃し激昂したローズが獲物を手にしようとする。しかし、リュートはそれを制した。


「ミレアが行って駄目だったんだ。俺やローズが行っても痛い目を見てお終いだ」


「リュート、じゃああの二人を見捨てるって言うのか!」


「違う。ずっと見ていたが案内人は、こちらから手を出さなければなにもしてこない。それに案内人の言ったことは筋が通っていた。明らかにこちらが悪い」


 リュートは両手を上げ、抵抗する意思がないことを主張しながら前へ出た。


「俺のパーティーメンバーが迷惑をかけて悪かった。俺が言い聞かせるから二人を解放してくれないか?」


 案内人は強い。それは認めなくてはならない事実だ。だが彼のこれまでの行動を考えれば、彼が強いだけの不良冒険者でないことは明白だった。拳で語る前に口で語る。

 

 話が通じてそれで終わるのなら、それにこしたことはない。案内人に対して憤りを感じないと言えば嘘になる。だが明らかにこちらの不手際だ。ここは引き下がるしかない。


 頭の奥の方から段々熱いものを感じるリュートは、冷静を装いそれをどうにか抑え込む。そんなリュートに何を思ったのか。リュートに視線を向けた案内人はあっさりと彼女たちを捕まえていた手を離す。


「パーティーは団体行動だ、しっかり話し合っておけ」


 解放されたミレアはすぐさま自身の剣を拾い、気を失っているリータに治癒魔法をかけた。


 リータは数日前までろくな食事を食べていなかったのだ。その結果、彼女の身体は一般女性としてはスレンダーという褒め言葉の枠組みに入る。


 しかし、その身体は脆い。投げられるだけでも衝撃を吸収する脂肪がなく激痛が走るが、それが固い地面となれば痛みは数倍に跳ね上がる。最悪、骨折していてもおかしくはないのだ。


「リータは大丈夫か?」


 彼女たちの側に駆け寄ったリュートは治療をするミレアに聞いた。

 ミレアはリータの全身を治療の緑光で包みながら答える。


「リータ、どこも怪我をしていないわ」


「なに?」


「案内人、手加減をしていたのかも」


 傷付けるつもりはなかった? ただ無力化しただけだった?


 リュートは案内人を見るが、彼は既にリュートたちを見ていなかった。


「でも、痛みはあると思うからもう少しだけ治療するわ」


「……ああ」


 リュートの脳内では思考が回っていた。まずは案内人のこと、これほどの力を持っておきながら何故アヴァレルベキヤの案内人などをしているのか。そしてリータのこと、何故彼女はそこまで鉄屑の頭に固執するのか。


 生きていれば謎は増える。その答えの全てが一生の内に分かることはないのかもしれない。


 しかし、少し手を伸ばせば届く距離にその答えがあるのだとすれば、人は己の手を止めることは出来ないのだろう。それは、今目の前で倒れているリータのように……。


 リータが悪い訳ではない、ただ相手が悪かっただけなのだ。


 リュートは自身にそう言い聞かせ、リータが目覚めるのを待つのだった。

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