第3話 魔女の森
ゴーカの街を出てどのくらいの時間が経っただろうか。
どこまでも広がる地平線と岩だらけの荒野が見える。
空は晴天とは言えず、巨大なもくもくとした白い雲が太陽を隠したり隠さなかったり。
赤ん坊を泣き止ませる時に使ういないいないばぁのように感じたのは私だけではないはずだ。
そんなことを考えながらリータは頬杖をついて窓の外を眺めていた。
規則的な馬の蹄が奏でる音楽を聴き、不規則的な馬車の揺れに身体を預ける。身体に伝わる僅かな振動が眠気を誘い、そのまま我慢せずに寝落ちする。リータはそれが好きだった。まるで揺り籠の赤ん坊のようだが、それが好きなのだから仕様がない。
勿論、今回の馬車もその予定で少し機嫌が良かったのだが、リータは馬車に乗って早々に後悔した。
ミレアと黒の魔法使いの様子がなにかおかしい……。
最後にミレアたちに会ったのは、数日前にギルドで名指しのクエストを受注した時だ。その後はクエストの準備などで解散して各々自分の道具を揃えていたが、その間に何かあったのだろうか。
やっぱり、こんなヤツはパーティーに入れるべきじゃなかったんだわ。
リータは鋭い眼差しを黒の魔法使いに向ける。
そもそも怪しいのだ。彼の故郷に行った時だって、夜中にこっそり村の墓地に入っては誰にも気付かれないように一晩で村をあとにしたし、盗賊のくせにピンチの時は変な札を使って上級魔法使い顔負けの炎を出すし……ミレアが信用しているとは言え、自分も信用していいのだろうか。
リータは隣で爆睡しているローズに視線を向ける。時折り彼女が口にする、ドラゴン討ち取ったりー、という寝言でどのような夢を見ているのかだいたい想像はつく。
本当に私の方がこのアマゾネスよりバカなのだろうか?
そんな疑問が生まれる時がまあまあある。
ローズはローズで簡単に仲間意識を持っちゃうからなぁ〜。
それが悪いということではないが、相手が最初から騙す気満々の悪人ならそれはただのカモでしかない。まあ、それが深い森の中で暮らしている純粋な少数民族のアマゾネスである特徴なのだが。
ツンツンっと、ローズの頬を突つく。本人に言ったら怒られるだろうが、硬そうな身体に対して柔らかい頬が指を弾く。ローズは相変わらず爆睡を続けた。
今回の馬車は楽しめそうにないな〜。
心の中で小さな不満を抱きながらリータは瞳を閉じ、寝たフリをした。
未だ走り続ける馬車の中、眼前に迫る森の中央には巨大な城が建っていた。今回のクエストの集合場所である。
「……魔法学院アヴァレルキヤ」
誰に言うでもなく、ボソリとしたリータの言葉に全員の視線が窓の外に向けられる。
「へぇ〜、悪い魔女の城みたいだなぁ〜」
ローズは眠気まなこで口の横に付いていた涎のあとを拭う。
「お客さん、ここから先は魔女の森だ。悪いがこれ以上は運べないよ」
「どういうことだ?」
御者の言葉に黒の魔法使いの眼光が光る。
「おっ、お客さん、そんな睨まないで下さいよ。ただこの森は曰く付きなんで近寄って死んじまっても文句は言えないって話です」
へらへらと作り笑いを浮かべる御者の顔を見て、別に睨んではいないんだけどな……と黒の魔法使いは落ち込みながらむくれる。
「……じゃあ、一体どんな曰くなの?」
「さあ、自分にはなんとも。ただ、この近辺ではかなり有名なのですよ、森に喰われるとか」
「森に……喰われる?」
頭を傾けるミレアは、どうにも理解出来ていないようで怪訝な表情を浮かべる。
リータは、小さな溜息を吐くと馬車から降りた。
「分かったわよ、御者さん。ここからは徒歩で移動するから。みんなもそれでいいわよね?」
「まあ、御者が行きたくないと言うなら仕方がないだろう」
「俺はそれで構わない」
「私、了解したわ」
全員が返事を返し、次々に馬車から降りていく。
全員を降ろし終えた馬車は一目散に、眼前に広がる魔女の森から逃げるように走って行った。その後姿を全員で見送りながら、黒の魔法使いが口を開く。
「で、リータ。この森の何を知っている?」
不意いかけられたその問いに、リータは自身の持っている情報を包み隠さずに伝える。
「この森はアヴァレルキヤと外界を隔てる結界よ。許可なくアヴァレルキヤに近付くものは例外なく森に攻撃され、その死体は森の新たな養分になる。効率的、だけど悪趣味な仕掛け」
不潔なものを見る目を森に向けながらリータは答えた。
「やけに詳しいなリータ。もしかして事前に調べていたのか?」
長い間椅子に座りっぱなしだったローズは強張った身体を動かしながらリータに問う。
「いいえ、知っていたのよ。私、アヴァレルキヤに在学していたから」
リータのその答えに、
「やはりそうか」
と即答の黒の魔法使い。しかし、一方のミレアとローズは、
「「え? そうだったの?」」
両者、驚きの声を上げていた。二人の方に一瞬視線を向けた黒の魔法使いだったが、彼はすぐに視線をリータへと戻す。
「クエストの依頼主がアヴァレルキヤと分かった時、リータ、お前の様子が変だった。魔法使いだし、魔法学院と何か関係はあるとは思っていた」
「ふんっ、だから? 自分が有能ってアピールでもしたいの?」
リータは黒の魔法使いを突き放すように、さっさと一人で歩き始める。
「待て、リータ! 森に喰われるぞ!」
ローズがリータを制しようとするが、
「私たちはアヴァレルキヤから依頼されて来たのよ。つまりはこれが許可よ」
手に持った依頼書をチラつかせて歩を進めた。
「……なあ、リュート。リータのヤツ、少し前からおかしくないか?」
「ああ、さっきもその話をしていたからな」
「え? いつ?」
「……さっきはさっきだ、数秒前に。まだ寝ぼけているのか?」
「私、先に行っているわ」
「あっ、ミレア待ってくれ!」
ローズが小さい叫びを上げてミレアの後を追う。
実際、リータの考えが正しかったとして、依頼書を持っているのはリータのみ。つまり、リータから一定距離以上離れた結果、魔女の森から別のパーティーメンバーと扱われた場合……。
「団体行動は大変だな」
小さな溜息をした後、黒の魔法使いは先に行った三人のあとを追った。
森を抜けると、そこは巨大な石城だった。
周りの禍々しい魔女の森と合わせると、まるで物語に出てくる魔王の城だと言われても信じてしまいそうになる。年季が入ったその城は建設されていてから裕に数百年は超えているように思える。
城の窓からはちらりと人影が現れては引っ込むという動作を繰り返しており、どうやら既に見張られているようだ。
入り口は巨大な門で閉ざされており、その門の両端には奇妙な生物の形をした石像が門番のように設置されている。
コウモリのような羽に、肉食獣の胴体、猿と人を混ぜたような醜悪な頭をしているが顎の部分だけがやけに発達している。子供なら一発で号泣するレベルの石像だ。
「わ、私の故郷にいたヤツの方がもっと怖かったからな!」
ローズが石像相手に意味の分からない喧嘩を吹っ掛けているのに対し、
「…………」
ミレアは見たこともない奇妙な生物の石像に興味深々で、あらゆる角度から石像を眺めている。
「ガーゴイル、全くご苦労な事ね」
二人が未知との遭遇をしている最中、リータは懐から依頼書を取り出し、門前で声を高らかに上げる。
「私たちはゴーカの街のギルドより名指しされ本クエストを受注したパーティーよ。これがその証拠の依頼書、門を開けて欲しいわ」
それから数秒の後、巨大な門が二枚に割れた。
誰かが力ずくで開けた訳ではない。誰かがカラクリを操作した訳ではない。門を開けた人物は割れた門の先で杖を握っていた。
「お前たちが最後のパーティーか。付いて来い、俺が案内してやる」
そこにいたのは一人の若い男だった。彼は杖をキザっぽく腰に携えると、羽織っていたローブを勢い良く翻して学院内へと向かった。
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