第20話 新たな旅路

 数日後。


 ギルドの長であるグリッドが謎の失踪をしたことが街中に知れ渡り、ゴーカの住人が大混乱している日々が続いていた。


 グリッドの席には臨時とは言え誰がつくことになるのか、などの議論がギルドの代表や街の権力者たちによって繰り返されていた。


 原因不明の森の異常事態も謎の収束を見せ、ゴーカの街には幾多の謎が生まれた。そしてその謎を考察するのがゴーカの流行になりつつあった。


 ゴーカの街の門前にて。

 空は雲一つない快晴に恵まれ、温かく心地良い風がそっとリュートの頬を優しく撫でる。


 何度も経験したはずの旅の再会。だが、今回の彼はいつもと違っていた。身体から出ていた鋭い刃物のような雰囲気は消え失せ、この街にやってきた時の彼と同一人物とはとても思えない。


 そして、そんな彼の背後には一人の気配が……、


「出て来い、ミレア」


 ぴょんっと物陰から姿を現したミレアはリュートの見送りだった。


「私、聞くのを忘れていたわ。リータの回復魔法……目はもういいの?」


「ああ、しっかりお前の顔が見れる。後で礼を言っといてくれ」


 目の周囲に付いた傷痕は残ったが、視力は元通り。やはり魔法特化の魔法使いの魔法は実に便利なものだと、今までソロだったリュートは初体験で実感する。


「そう……それは良かったわ……これから、どうするの?」


「取り敢えず、施設で世話になったドラゴンと故郷のみんな、他のミレアたちの墓参りでもしようと思う。そして、それが済んだら俺の新しい人生の始まりだ。生きて生きて生き抜く。しっかり死を恐れて、生にしがみついて、この寿命が尽きるまで生きてみようと思う」


「そう、それは……良かったわ……これで別れなのね……」


 ミレアのいつもと変わらない無表情。だが、その言葉には、どこか寂しさのような影が孕まされていた。それに気づいたのか、リュートは自分でも無意識の内に微笑んでいた。


「ミレア、お前には最高の仲間が二人もいる。寂しいことなんてない」


「でも、そこにはあなたはいないわ。私の望んだ未来じゃない」


 そもそもミレアがリュートをパーティーに加入させたかったのは、森の異常事態に対抗すべく戦力を増強したかったからだ。


 そして、数日前のグリッドとの闘いを見届けた竜はその後、すぐに息を引き取った。


 元々残り数日の命だった老竜は、ミレアをリュートの精神世界に飛ばすのに最後の力を行使し、残り少ない寿命を縮めてしまったらしい。


 ランクSモンスターが消滅したことによって森の異常事態はなくなり、以前の森へと戻ったため、ミレアが無理にリュートをパーティーに誘う理由は無くなったはずなのだが……、


「ミレア、お前のパーティーを指名して依頼を出す。冒険者として、直々に指名されるなんて光栄だろう?」


「…………?」


「依頼内容は俺が故郷に着くまでの護衛だ。道中には野盗や山賊がいる可能性があるからな。今までの俺ならとにかく、生きようとする俺にはソロは正直キツい。報酬は長期間の労働力だ、悪い話じゃないだろ?」


 長期間の労働力、つまりはリュートがミレアのパーティーに加入するということ。


「黒の魔法使い……」


 少し目が見開かれたようなミレアに、リュートはすっと手を差し出す。


「同じパーティーメンバーになるんだ。もう名前で呼んでくれ」


「…………」


「…………?」


 しかし、ミレアはその手を全く掴もうとする素振りを見せない。


「……ミレア?」


「……私、あなたの名前を知らないわ」


 ふっ、と思わず笑ってしまった。


 そうだ、そういえばミレアどころかここ数年は自分の名前を名乗ったことがなかったからな。


 リュートはごく自然に、まるでそれが当たり前のように、自身の名前を語る。


「俺の名前はリュートだ。これからよろしくな、ミレア」


「よろしく。私、ミレアよ」


 そう言って、差し出された手を握り返すミレア。


「ああ、知っているよ」


 思わず笑みを浮かべたリュートは、握手する手に力を込めた。


 リュートとミレア。


 実際の時間軸では出会わなかった二人。


 何度も繰り返された時間の末に、交差した二人の運命は細い糸のように絡まり合い、まだ見ぬ未来を描いていく。その絡まり合いには、彼らの周囲の者たちも次第に巻き込まれ、それが新たな世界へと広がっていく。


 これから始まるのは、心を開いた青年と自身を知った少女との冒険。圧倒的な弱肉強食のこの世界には、限りない理不尽が降りかかるが、それは当たり前のことなのだ。


 当たり前のことを当たり前と認識した時、人は初めてその世界を知る。

 これは、自身の住まう世界の一端を知った青年と少女の出会いの物語。

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