第15話 賭け
二人の言っていることは、どちらも自身のエゴだ。相手の声に耳を傾ければ簡単に進む話なのだが、互いがそれを許さない。
葛藤し、思考し、砂漠の中でたった一粒の金を見つけるような可能性だったとしても、それは可能性には変わりない。『可能』性……なのだ。必死の思いで見つけ出したそれを否定するものは、まさに敵以外の他ならない。
話は平行線。決して交わることはなく、どこまで伸びても永遠に接点を持つことはない。
『俺はお前だ』
口に出して、実感する。
リュートにとって、目の前の老人は未来の自分自身なのだ。だから、叫んでしまう。未来の自分を受け入れられなくて。
大切な人を失い、その後悔を背負いながら生きてきた。違いはたった一つ、タイムマシンを手に入れたかそうでないか。断言できる。
もし、リュートがタイムマシンを手に入れていたら迷わずに過去改変をしていただろう。過去は変えられないと言う、常識を打ち破る力。誰もが憧れるその力はこの世の何よりも魅力的だ。どれほど美しい花や宝石、女よりも魅力的だ。
そして、魅力的なものには魔力が宿り、それが人を惹きつける。
リュートもその一人に過ぎない。
そして、グリッドはタイムマシンの使い方を誤った。本物のミレアを助けるために過去に戻るのなら理解できる。
しかし、現在の彼は自分好みの複製のミレアを造り出すために時を翔ぶカラクリを使用している。
「仮に……仮にだ」
リュートは冷静な口調でグリッドを睨みつける。
「テメェの理想のミレアを創り出すことに成功したとしても、それは偽物だ。本物のミレアが戻ってくる訳じゃあない。そのことをしっかり理解出来ているのか?」
偽物は所詮、偽物。本物には久遠の時をかけたとしてもなれることが絶対にない。
「だからなんだ?」
即答。
「俺は娘を、ミレアを愛している。偽物であろうと本物であろうとミレアはミレアだ。劣等なミレアと優秀なミレア。選ぶのなら後者の方を選ぶに決まっているだろう」
「…………」
言葉が出なかった。それは薄々そんな答えが返ってくると思っていた自分に絶句したからだ。グリッドが未来のリュートの姿なのだとしたら、リュート自身、彼に近づいていることになっている。
醜い自分に。汚れた自分に。不道徳的な自分に。なりたくない自分に。
一体、どのタイミングでそんな思考回路になってしまったのかは分からない。時を越え、日記帳を託す度にその想いに僅かな変化が生じ続けた結果なのかもしれない。
「俺はお前だ。だが、お前はお前ではなくなった」
リュートは腰に携えている短剣を右手で引き抜き逆手持ちで構える。そして、既に左手で持っていた竜の札を強く握りしめる。
「俺は今、未来の自分を正す!」
その言葉は保険だった。
もし、未来の自分が目の前の老人のように誤った道を進んでしまったとしても、今の自分のように未来の自分を止めてくれる誰かを渇望するための……助けを求めるための。
「燃える
戦闘を再開させたのは、竜の札から放たれた紅蓮の業火だった。周りの空気をも燃やしながら噴出された紅の炎は直線上に立つグリッドに直撃すると思われたが、
「ふんッ」
杖をクルリッと。
炎から彼を守るかのように移動した四つの水球によって大きな蒸発音と水蒸気を上げて消えてしまう。
瞬間、立ち込めた水蒸気を利用し、姿を消したミレアがグリッドに得物を振るうがそれを読んでいたのか、グリッドはバックステップでやすやすとその攻撃をかわす。
続いてミレアの連撃が繰り出されているが、グリッドの体術で結果虚しく全てが虚空を切りつけるのみだった。
彼の職業が本当に魔法使いなのか疑われる程の体捌きだ。格闘家が本当の職業だと言われても、目の前で起きている光景を見た人ならばきっと信じてしまうだろう。
俺が加われば一撃くらいは……いや、駄目だ。ただの足手まといになる。
目の前で行われる高速の闘いに身体がついていける自身がないリュートは、どうにかミレアの魔法を交えた剣技を遅れて目で追うことしか出来ない。
近距離や中距離型の魔法剣士のミレアと違い、リュートの職業は盗賊。近距離型でなければ、そもそも戦闘型ですらない。
戦闘に関しては竜の札を主に使用し、短剣は戦闘でははぼ使用せず所持しているだけに過ぎない。
前衛が闘っている最中に後衛がやることと言えば、道具や魔法を使用したサポートだが、普段ソロで活動しているリュートがそんなものを持っているはずがない。あるとすれば安物の出来損ないの激安ポーションくらいのものだ。
このポーションだって、ミレアがいなければ森で目を負傷していた際に使用していた。本来、なかったはずの物だ。
リュートは自身の無力さを噛み締める。
森に入る際、ミレアに足手まといになるなと言っておきながら、実際は自分がなっている。自分ができたのは、この施設を見つけたことぐらい。
ミレアが自身を失敗作と蔑んだ父親と闘っている最中、自分は竜の札を一度使用したのみで呆然と立っている。何も出来ないと言う理由で。
しかし、何も出来ないと言うことは、何もしないことの言い訳にはならない。
このままでは、いずれミレアの体力が先に尽きる。
攻撃は最大の防御。
相手に攻撃の隙を与えないように、今は攻撃を続けられているが、攻撃を繰り出し続けるミレアとそれを避け続けるグリッド、体力の消費量には雲泥の差がある。
その内に息が上がり、動きが止まったミレアがグリッドの格好の的になることは安易に予想できた。だからと言って、グリッドに攻撃が当たる気配は一向に見えない。このままではジリ貧だ。
考えろ。何か自分にできることを……何か、何かないのかっ。
思考を巡らせながら周囲を見渡す。しかし、何も思いつかない。あるのはドラゴンが閉じ込められた大きな透明な箱くらいだ。
どうにかして彼を箱から解き放って協力を得るか? いや、あんな老いた竜では戦力になるとは思えない。
それに、彼はこの施設の動力源なのだ。彼を箱から出してしまえば、この施設にエネルギーを送るものがいなくなってしまう。それは、タイムマシンを使えないようにすると言うことだ。
リュートの目的は、グリッドを倒してタイムマシンを奪い取ること。彼を倒す過程でドラゴンを解き放ってしまえば、それは本末転倒の他ならない。
ちくしょう! なら、どうする⁉︎ グリッドの相手をミレア一人に任せて俺はタイムマシンを探しに行くか? いや、駄目だ。グリッドが俺を見逃すと思えないし、仮に見逃したとしてもタイムマシンの場所も使用方法も分からない。彼の一冊目の日記帳を読めば幾分かは分かると思うが、そんな時間はない!
最後の手段。
言葉で表せば響きの良いものだが、それは決して切り札のようなものではない。予め思考から取り除いていたように、欠点だらけの残された手段。だが、残っている手札がその一つしかないのならば、リュートは強制的にそれを選ぶ他ない。
「ッチ、これしかないか」
リュートが決断した瞬間、彼の手に握られている竜の札に変化が生じた。竜の札はそこに描かれている赤竜同様の真紅の粒子に分解し始めたのだ。
その粒子たちは一度宙に舞うと、まるでリュートの身体に吸い込まれていくように全体的に浸透していく。
ドクンッ! と力強い鼓動がリュートの中で木霊する。心臓が今にも飛び出してしまいそうな錯覚に陥り、ミシッ! ミシッ! という異音が部位に関係なく全身から発せられる。骨折した箇所を更に追い討ちをかけるような激痛のせいで頭の中が真っ白になる。
「うぐ……ぐがッ! があああああああーーッ⁉︎」
それは激痛に耐えるための叫びだけではなく、賭けに勝ったことを表す勝利の叫びでもあった。
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