第13話 ランクSモンスター
その後、違う引き出しを調べた結果、計九冊の日記帳を発見した。
記入者は皆同じ男。だが、それは全員違う男とも言える。
一冊目は男が複製人間を造る経緯やタイムマシンの操作方法、世界線、並行世界の概念を綴っていたのに対し、二冊目からは研究結果を綴ったレポートのようになっていた。
一冊目を読むにどうやらこの男は、寿命が近くなったら失敗の原因を書き記しておいた日記帳を時間の壁を跳び越えて過去の自分に渡す、という計画を立てていたらしい。
そして日記帳が九冊存在すると言うことは、その分世界が巻き戻されたと言うことを意味する。
中身を全て読んだ訳ではなく、軽く読んだ程度なので断定は出来ないが概ね間違ってはいないだろう。
つまり、奇妙なことだが今この瞬間、この世界には同じ男が二人存在する可能性があると言うことだ。しかし、その可能性は低い。
寿命がなくなりそうになったから、過去の自分の日記帳を渡し続けるのだ。未来から来た男は死んでる可能性が高い。それに生きていたとしても相手は寿命が尽きる間近の老体。
この秘密の施設を発見したリュートたちを始末しようと、未来の男と今の男との二人がかりで襲って来ようが、実質未来から来た男は戦力にはならないだろう。
ならば、次にリュートが考えることは別にある。
あんなに多くの生命体がいるのに、俺は気配を感じなかった。もしかして、あいつらは未だ自分の意思というもの持っていない――魂のない人形なのか?
リュートは、自身の背後を歩くミレアに目線を配る。
あれからミレアはずっと顔を伏せたままで、なにを考えているのかは全く想像出来ない。いや、もしかすると事が事だけに、なにも考えられていないのかもしれない。
一体、どのタイミングで彼女らに意思が宿るのか、真実を知ったミレアは何を考えているのか。
思考がモヤつき始めたが、リュートはそれをすぐに頭の片隅にどけた。
この気配……地上にある小屋から燃える
地下に潜る寸前に発熱という反応を示した竜の札。何かに反応した燃える
元来、竜とは誇り高い孤高の存在である。その存在自体が常に最強の部類に入るため、大抵のことには興味を示さず気まぐれで人生を生きているような生物だ。
しかし、そんな彼らでも心の底から熱くなるものがたった一つだけ存在する。どの竜も自身が最強だと思い込んでいる彼らが心から興奮し、熱狂するもの。
好敵手の存在=好敵手との戦闘。
蛍色の光の部屋を出て、リュートとミレアは最後の部屋の扉を開けた。そこにいたのは、
「……やはり、ドラゴンか」
それはまるで、彼らがここを訪れるのを知っていたかのようだった。
強靭な肉体に鋭利な牙と爪、角度によってはサファイアにも視える美しく蒼く輝く鱗と白銀の瞳を持つドラゴン。
その巨体は軽く五〇メートルを超えているかのように思えた。しかし、ドラゴンはその巨体よりも更に巨大な透明な箱に閉じ込められており、床に寝転がっている。
「――ッ‼︎」
熱くなった。燃える
『やめておけ、若いの。この老体に闘う意思はない』
脳内に直接響く声。眼前のドラゴンが力ない瞳でこちらを見ている。
闘争本能を剥き出しにしている燃える真紅だが、一方の敵意を向けられたドラゴンは冷静沈着。感情を昂らせるどころか、大きな溜息を吐いた。
なんだ、このドラゴンは?
それがリュートの第一印象だった。
燃える真紅のことを、若いの、と言ったあたり少なくとも若いドラゴンではない。彼の言葉から察するにかなりの高齢なのかもしれない。高齢のドラゴンは闘争本能がないものなのだろうか。
リュートは問う。
「お前が森の異常事態の元凶か?」
単刀直入。森の最奥にいたランクSモンスターのドラゴン。他に考えられる原因が思い至らない。
『ふんっ、
それは遠回りの肯定であった。
地下への階段への扉を開けた時、燃える真紅が反応した。もしや、と思ったがやはりそこには森の異常事態の元凶であるドラゴンが存在していた。
しかし、ここで気になることがある。
「なんでお前から気配を感じない? 脱力しているとはいえ、ドラゴンはドラゴン。世の中にはどっかの謎の襲撃者みたいに気配を消すのが上手い奴がいるが、お前は違うだろう?」
絶対的力の象徴として挙げられるように、年老いたとしてもドラゴンはドラゴン。その気になれば街の一つや二つ、簡単に蹂躙出来る程の暴力を持つ化け物だ。
『おそらく、我を閉じ込めているこの巨大な箱のせいだろう。この箱は我の生命エネルギーをこの施設のエネルギーに変換し、周辺には気付かれないように完全に我の気配を遮断している』
箱には至る所にロープ程の太さの長い長い筒があちこちにつけられていた。カラクリは分からないが、これがドラゴンの言うエネルギー云々と関係しているのだろうか。
「じゃあ、森の異常事態はどう説明する? モンスターたちはお前に脅えた結果、この森のモンスターが縄張り争いを始めて異常事態になっている。気配を遮断しているのなら、モンスターたちだってお前の存在を知らずに脅える必要もないはずだ」
疑問は次々へと沸き起こる。
眼前のドラゴンは、久方ぶりの会話がこれか、と言った風に溜息を吐きながら説明を続けた。
『先程も言ったが、我を閉じ込めているこの箱には二つの役割が存在する。一つ、我の生命エネルギーをこの施設を稼働させるためのエネルギーに変換させること。一つ、我の気配を完全に遮断すること』
先程も聞いた説明にドラゴンは付け足す。それは己への死期宣告だった。
『我の生命エネルギーはもう残り少ない。我の生命エネルギーが少なくなったことによりおそらくこの箱が、後者よりも前者の機能を優先し、我の気配が極わずか漏れてしまったのだろう。人には感じられないが、本能で生きているモンスターは敏感な感性で感じ取ってしまったという訳だな』
「なに?」
瞬間、リュートの頭の中にある単語が浮上する。
ドラゴンの話では、彼の生命エネルギーはもう少ししか残っていないらしい。つまりは、
「寿命――だとッ⁉︎」
リュートは思い出す。大量のミレアの偽物がいた部屋で見つけた、とある男の日記帳を。寿命が近くなったら過去に戻る、という内容を。
『――ッ‼︎ 伏せろ‼︎』
突然の大声にリュートは反射的にその場に倒れ込んだ。
同時に耳に入って来たのは、シュンシュンシュンシュンッと空を切り裂く音。
森の時と同じだ。リュートとミレアが奇襲を受けた時と酷似した攻撃。しかし今回、リュートは見逃さなかった。
リュートが避けたことに、その攻撃はリュートの眼前、つまりドラゴンを閉じ込めている透明な箱に直撃した。中にいるドラゴンの攻撃にも耐えられる造りになっていることから、直撃した部分には傷一つ付いていない。
が、その代わりにあるものが付着していた。
「透明な液体……水か?」
リュートにはそれ以上考える余裕はなかった。
二の矢、三の矢と次々に攻撃が繰り出される。予想を超える速さで放たれる攻撃。背後から攻撃が繰り出されたのは音で分かるが、突っ伏した体勢でそれを避けられるかは別問題だ。
無理だ、死んだ。けれど……死にたくない!
リュートには目標が出来た。少し前までの彼ならあっさりと自分の死を受け入れていただろう。だが、生きる目標を持ったがゆえ、今の彼は最後まで足掻く。
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