第11話 魔法じゃない

 ミレアの明かりが二人の進路を照らす。足元や天井など、周囲の暗闇は光によってなりを潜める。


 突然、それは現れた。

 ミレアは足を止める。

 しばらく続いた金属の通路は壁によって行き止まりになっていた。通路は今までずっと一本道、他に道はなかった。


 私、他の道を見落としたかもしれないわ。

 ミレアは光で暗闇を照らしながら進んでいたとはいえ、光で照らしていたのはあくまで自分たちの周囲の範囲のみ。


 他の道を見落とした可能性だって十分にあると考えていた。


 しかし、ミレアがそんなことを考えている最中、黒の魔法使いは迷わずに壁に歩を進める。


「黒の魔法使い……?」


 ミレアの問いかけに無言で返し、彼は行き止まりの壁にあと一歩踏み出せばぶつかる程の超至近距離まで近づいた。


 次の瞬間、それは起こった。


 ウィーンッ——。


「——ッ⁉」


 無機質な音と共に、壁が二人に割れたのである。


 黒の魔法使いが何かをした訳ではない。彼は一切動いていなかった。ただ、そこに立っただけなのだ。


 中央から横に割れた壁の向こう側にも同じような金属の通路が広がっていた。


 そして、一歩。

 先程まで壁があった場所を黒の魔法使いが超えると、


 バッ! バッ! バッ! バッ! と。


 どこからともなく音がなり、彼が立っている場所から順に、新たに出現した道が遥か後方まで光りだしたのだ。


「な、なっ……なに……これ……は……」


 言葉にならなかった。

 一瞬の内に、暗闇の地下の通路がまるで昼間の様に輝きだした。


「魔法じゃ……ない……?」


 頭の整理がつかない。状況が把握出来ない。


 壁がいきなり二つに割れ、その先の道が輝きだした。


 ダンジョンなどに潜れば、隠し扉などを稀に見ることがあるが、そんなものとは比べ物にならない。何がどう具体的にと聞かれても、うまく答えられる自信はない。


 しかし、ダンジョンで目にするものとは全く違う。異質だ。


 もし、今目の前で起きていることを夢だと言って思考を停止出来ればどれだけいいことだろうか。だが、現実はそうはいかない。 


 これは夢ではない。


「なるほど、エネルギーを節約している訳か」


 ミレアが現状に混乱している一方、黒の魔法使いは普段と何も変わらなかった。


 彼が言うところの『空の力』とは何なのかは分からない。


 しかし、それはこの世に存在する超常を起こす力である魔法とは異なるものということは、この現象を目の当たりにしたミレアには理解出来た。


「黒の魔法使い……これは……」


「ただの明かりだ、害はない」


 更に一歩、彼が前に進む。


「ッ⁉」


 ミレアはこの短期間で、何度目か数えるのが億劫になるほど、再び息を飲んだ。


 何もない天井から突如として出現した二枚の半透明の壁が、黒の魔法使いを人間一人ほどの狭い空間へと閉じ込めたからだ。


 罠だ。

 ミレアは手に持つ剣を構え、閉じ込められた黒の魔法使いを助けようとするが、


「安心しろ、こいつも無害だ」


 なんとそれを制止したのは、閉じ込められた黒の魔法使い自身だった。それは、盗賊としての彼が言っているのか、はたまた『空の力』なる異質な力を知っている彼が言っているのかは分からない。


 彼がその言葉を口にした直後、小さな密室に閉じ込められた彼を縦横無尽の暴風が襲った。


「黒の魔法使いッ!」


「無害と言ったはずだ。それにすぐ終わる」


 彼の言葉の通り、密室の中で発生した暴風が瞬く間になりを潜めた。それと同時に彼を閉じ込めていた二枚の半透明な壁も、滑らかな動きで天井へと戻っていく。


 解放された彼はどこにも異常が見あたらない。少なくとも、目に見える範囲では。


「……大丈夫なの? あれはいった

い……?」


「『空の力』だ、それ以上知らない方がいい……と言いたいところだが、これはお前も体験することだ。まあ、なんというか、扉の奥に進むための儀式みたいなものだ。身体に害はないから壊そうとするなよ」


 彼の言葉を信じ、ミレアは前へと進む。すると、先程の彼と同様に天井から出現した半透明の二枚の壁に閉じ込められたミレアは縦横無尽の暴風に襲われたのち、速やかに開放された。


 彼女を閉じ込めた二枚の半透明の壁が戻っていくのを眺め終え、一言。


「私、髪がとんでもないことになってしまったわ」


 暴風のせいでぐしゃぐしゃになった自身の髪を整える。


「意外だな。お前、自分の髪とか気にするタイプだったのか?」 


「リータが怒るのよ」


「……なるほど、なんとなく想像出来る」





 金属の静寂の中、二つの足音だけが反響していた。


 無機質で殺風景な通路には、壁に等間隔で大きなガラスが埋め込められており、その近くには各々扉のようなものが設置されていた。おそらく、その扉も勝手に開くものだろう。


 何故、そのような思考になったのかというと扉にはそれぞれ中央に上から下まで一本の黒い線が入っていたからだ。


 先程の黒の魔法使いが開けた行き止まりの扉を思い出せば、想定出来る。そしてもう一つ、ガラス越しに見える開けた空間が部屋の存在を物語っていた。部屋があれば扉がないはずがない。


「ここまで入れば罠はないと思うが、一応警戒は解くな」


 その後、黒の魔法使いと共に『空の力』の謎の施設にある数多の部屋を探索したミレアだったが、そのほとんどが理解出来なかった。


 黒いガラスが埋め込まれた薄い鉄の塊。赤、青、緑、と様々な色彩で彩られた大量の突起物が付いている壁。事細かな部品同士が複雑に組み重なっている器具がずらりと並んだ棚。


 言葉では表現出来るがその反面、一体どのような用途で使用され、どのような名称なのかは何も分からなかった。


 未だ探索していない部屋は、もう残り少ない。隠し扉の類いがなければ視界に入る範囲であと二部屋。その二部屋は特徴的だった。


 この施設内に存在する部屋の全てがガラス越しに中を見られる構造になっているのに対し、その二部屋だけはガラスや窓といったものが存在しなかったのだ。


 他の部屋と比べて、これではまるで中にある何かを隠しているような印象を受ける。それに扉も他のものと違い、大きくより頑丈に作られているところを見るに、この二部屋は何か特別であることには間違いなかった。


 黒の魔法使いは二つの扉をしばし見つめると、片方の扉の方へと歩を進める。


「ミレア、俺から離れるなよ」


「ええ」


 その真剣さを思わせる彼の声に、ミレアは小さく頷いた。

 そして、二人の前で巨大な扉が開かれた。

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