第10話 小屋<改>
『────』
「……ああ、起きた」
静寂に包まれた暗闇の中、リュートは静かに瞼を開ける。
空は相変わらず暗く、丸一日寝ていなければ、睡眠時間は数時間程度だったと推測できる。
スタンピードが起きていない普段の森ならば、寝込みをモンスターに襲われて今頃死んでいただろう。
虫の声も響かず、聞こえるのは自分の呼吸音のみ。そんな中、リュートは耳を澄ませて周囲の状況を確認する。
風が吹く音も草木のざわめきも、何も聞こえない。誰かがじっと息を潜めていない限りは、本当に誰もいないだろう。
少なくとも、この静寂の中で動こうものならば、足音や衣服の擦れる音ですぐに察知できる。
最低限の身の安全を確認したリュートは暗闇に目を慣らす。
松明などの灯りを使うのが有効なのだろうが、現在は追われている身であるリュートにとってそれは、自分の場所を敵に教えることだからだ。
数分後、完全に目が慣れたリュートは、謎の声に導かれるまま森の奥へとしばらく進んで行くと、広く開けた場所に出た。
そこには不自然な程に木々が生えておらず、中央にはポツンと古びた小屋が建っていた。
あれは一体……。
『────』
「あそこに行けって言うのか?」
警戒しながら、リュートは開けた中央にある小屋へと足を進める。
なんでこんな誰も来なさそうな森の奥にあるのかは不明だが、それ以外に違和感や特別感といったものは感じられない。
扉をゆっくりと開ける。
小屋全体の材質は木。中に置かれている寝具や家具から見ておそらく一人用。大量に積もった埃から長期間、誰もこの小屋を訪れていないようだ。
「この小屋の主は、さっきの骸骨か?」
『────』
違うのか……──ッ⁉︎
リュートは瞬時に小屋の中へと入ると、指一本分程の隙間を残して扉を閉める。そして、その隙間から外の様子を伺う。
静寂の森から聞こえた足音。その正体はローブを羽織った三人組だった。三人はそれぞれ手に松明を持っていたが、ローブのフードが三人の顔を深く隠している。
……先手必勝か。
自然と懐にある燃える真紅の札を力強く握りしめていた……いや、駄目だ。炎では目立つし自分の場所を教えてしまう……まだ様子を伺うべきか。
『────』
「……なに?」
一番最初の記憶は暗い空だった。
夜空にばら撒かれたように光る数多の星々がとても幻想的だったのを覚えている。
街の噴水広場のベンチで寝ていた少女は、何で自分がここにいるのかを考えた。
しかし、答えは出なかった。出なかったどころか、自分のことも分からなかった。
自分は誰なのか? なぜ、ここで寝ていたのか?
それ以外も含め、分からないことだらけの中、不思議と焦りなどはなかった。おそらく、そういう性格だったのだろう。
少女は冷静に自分の所持品を確認する。
女物の衣服。だが、それは可愛いさやおしゃれさといったものは欠けており、頑丈さが全体的に滲み出ていた。
腰に携えられた魔法剣。鞘を取ってみると、綺麗に研磨された剣身が姿を表す。柄の部分を握ってみると、驚くほど手に馴染んだ。そこには『ミレア』という文字が彫られていた。
伸ばされた白い髪に男性にはない大きな胸の膨らみ。鉄の塊である剣を持っても重いと感じなかった。
総合的にみて、自分は『ミレア』と言う名前の女冒険者なのかな? と少女は考えた。
そこまで考えて、ミレアは初めて気がつく。自分には知識がある、と。
可愛さやおしゃれさの基準や、どこで学んだのかも分からない文字の読み方。魔法、剣、性別、冒険者、その他の概念。
これならば、生きていけそうだ。
その後、ミレアはゴーカの街の冒険者ギルドで運命の出会いを果たす。
謎の声の助言で、誰もいなくなった監獄の一室から憲兵の予備ローブを拝借した三人は、フードを目深にかぶる。
この瞬間、黒の魔法使いを助ける手伝いをすることになった。
「まさか本当にあるとはね」
「謎の声ってミレアの幻聴じゃなかったんだな」
驚きを隠せない二人に、ミレアは確認するように問う。
「さっきの約束、覚えている?」
それはミレアにのみ聞こえる謎の声からの提案。
「もちろん、覚えているわよ」
「黒の魔法使いを助けなければ、今後一切助言をしないと言われたんだよな」
ここに来るまでは、ミレアも謎の声の発言は半信半疑だった。聞こえているが、その情報が正しい保証はない。
だが、謎の声の案内に従い、そこにはミレアたちの求める物が確かにあったのだ。もう信じない訳にはいかない。
「よし、行くか」
部屋から出ようとしたローズをミレアが制止する。
「ローズ、待って」
「うん? どうした、ミレア」
「あと数秒したら、二人の憲兵がこの部屋の前を通り過ぎるらしいわ」
「それも謎の声の助言なの?」
「ええ」
リータの問いに答えると、少ししてから二つの足音と話し声が扉の向こう側から聞こえてくる。
「それにしても、こんな真夜中に叩き起こされるとはな」
「でも俺たちはマシな方だろ。さっきのに遅れていなければこうやってさぼれなかった訳だしな。今頃、他の連中はこの寒空の下で脱獄犯を探しているだろうよ」
息を殺し、憲兵たちが通り過ぎるのをじっと待つ。次第に彼らの足音と話し声が遠のいていき、完全に聞こえなくなった。
沈黙の中、初めて口を開いたのはローズだった。
「まさか、疑っていた訳ではないが本当に憲兵が来るとは……」
「一種の予言……いえ、未来予知と言った方がいいかしら……ねえ、ミレア。謎の声って何者なの? どうしてあなたにだけ聞こえるの?」
「分からないわ。この声は脱獄する少し前から聞こえるようになったばかりだから。でも……」
「「でも?」」
「謎の声の正体が何であれ、今は彼女に頼る他ないわ」
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