第8話 脱獄<改>
『────』
「…………」
ひんやりとした硬い床に暗くジメジメとした湿気が蔓延る小さな一室。
明かりはなく、暗闇だけが存在する密室でミレアは重たい瞼をゆっくりと開けた。
「だ……れ? わた、しを……よぶ……のは……?」
謎の声によって起こされたミレアは、呆然として上手く働かない頭を右に左に動かす。
誰も……いない。
空耳か、はたまた夢だったのか。ミレアは自身を目覚めさせた幻の声について考え始める。
「ミレア、起きたか?」
どこからか自分を呼ぶ声が、今度ははっきりと聞こえた。
その声はこの密室の外。正確には、この部屋の唯一の出入り口である扉の上部に監視用として開けられた穴から聞こえてきていた。声を潜めて話しているがこの声は、
「……ローズ?」
「ああ、そうだ。ミレア、これから脱走する。急ぐぞ、ここ牢屋の監視にはリータの魔法で寝てもらったが、他の監視に気付かれるかもしれない」
どうやら先程から聞こえてきた声はローズのものだったらしい。それよりも、ここを脱走する?
「彼を助けるのを協力してくれるの?」
「彼? 誰のことだ?」
「黒の魔法使いよ」
「ミレア、まだそんなことを言っているのか! いや、今はそんなことはどうでもいい! とにかく脱獄を優先する!
一貴族と同等の権力を持つギルド長に正面から刃向かったんだ! このままではグリッドに殺されるぞ!」
ギルド長とはすなわち、この街の冒険者のトップであり、まとめ役。
『突如出現した謎の
グリッドはあの場で自分を殺すことも出来たはずだ。だが、黒の魔法使いを追う人員を割いてまで自分を街の牢屋まで運んだ理由はなんなのだろうか?
勝てるとは思わないが、正当に裁判にでもかけるつもりか。それとも、自分に逆らう者への見せしめとして住民たちの前で公開処刑にするつもりなのか。
ミレアの思考を強制的に断ち切ったのは、ローズによる破壊音だった。
ドゴンッ!! と腹の底にまで響き渡るような重く鈍い音が砂煙と同時に辺り一面を揺さ振る。
「ミレア、行くぞ!」
破壊された扉の向こうに立っていたのは、人の背丈程ある巨大なハンマーを振り下ろしたローズの姿だった
「なんだっ!? 今の音はっ!」
「牢屋の方から聞こえたぞ!」
「牢屋当番はなにをしている!」
「ちっ、さすがに気付かれたか」
気付かれない訳がないローズの行動にミレアは唖然としてしまう。
「…………」
もう引き返すことは出来ない。
このままじっとしていてローズとリータが無事に逃げたとしても、自分のことを本当に心配して助けに来てくれた二人が自分と同じパーティーと言う理由で、最重要人物として指名手配されるのは目に見えている。
つまり、ミレアが脱獄しようがしまいが、二人はこの瞬間に指名手配レベルのお尋ね者と言う烙印を押されてしまった事実は変わらない。
ならば、ミレアのとる行動はたった一つ。
「私、行くわ」
その選択に後悔はない。捕まったのは自分の責任だ。だが、その責任にこれ以上大切な仲間を巻き込む訳にはいかない。
少なくとも、この国の国家権力が及ばない場所に行くまでは私が二人を守る。
外に出ると既に空は暗く、松明を持った憲兵たちが慌ただしく走る姿を見送る。
「ちょっと、ローズ! あんた強引に力技でやってぇ〜! 脱獄は気付かれずに隠密行動を心がけるのが常識でしょ! 一体なにを考えているの! これだからアマゾネスは!」
「私への暴言は許すがアマゾネスへの暴言は許さん! ちなみに私もアマゾネスだ! つまり、私への暴言も許さん!」
相変わらずの二人を見て、ミレアはほっと胸を撫で下ろす。
「よかった……」
「「よくない!!」」
逃亡中の為、大声ではないが、芯に感情のこもった怒号が二人から飛び交う。
「ミレア、あんた一体なにを考えているの! たった一人でグリッドに立ち向かうなんて無謀もいいところよ! いつ死んでもおかしくなかったのよ!」
「なんで一人で立ち向かった! なんで一人で実行した! なんで私たちを頼らなかった!」
おそらく、二人に対するこの感情は初めてだろう。
……ムカついた。
「私、二人に黒の魔法使いへの攻撃を止めるように頼んだわ。でも、二人は止めてくれなかった。だから一人で決めただけよ」
普段のミレアとは明らかに異なる気迫のこもった言葉に二人が互いの顔ををバツの悪そうに見ながら、
「で、でも……ねえ……」
「あの時は紅の野獣が黒の魔法使いだと知らなかったし……」
「…………」
「「ご、ごめんなさい……」」
「私、謝られても困るわ。それは黒の魔法使いが受けるべき言葉よ」
「「ごめんなさい」」
「おい、こっちに──ッ!」
ドンッ!!
巡回していた憲兵に見つかったらしい。ミレアは彼の顎を華麗な蹴りで射抜き、すぐに意識を刈り取ることに成功するが、時すでに遅かった。
「おい、こっちで声がしたぞ!」
「いたぞ、脱獄犯と共犯者だ!」
ピイィィィーッ! と甲高い笛が夜空の下で何度も鳴らされ、ぞろぞろと餌に群がる蟻のように集合する憲兵たちがミレアたちを囲んでいく。
「正面突破、と言う訳にはいかないわね」
「ちっ、これはさすがに分が悪いか」
「私、どうしよう」
各々の得物を構えたはいいものの、背中合わせで三人は冷や汗を流す。
笛の音は今も鳴り止まず、街中の憲兵が現在進行形でこの監獄へと足を運んでいる。増える戦力差に物怖じする三人だったが、
「あっ、私、いいこと思いついたわ」
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