第6話 未確認 <改>
「おい、これは……どういうことだ?」
ローズの問いに答える者はいなかった。全員が現状を理解しきれていないからだ。
未確認のモンスターが人間になった。
事実だけを綴れば簡単なことだ。だが、それは裏を返せそこに書かれていること以外は何も分からないと言うことでもある。
ざわざわざわと、人の喧騒が波紋のように広がっていく。
あいつは一体何者なのか?
このまま狩っていいのか?
あれを狩って報酬は出るのか?
中身は皆バラバラで纏まりは皆無に等しい。そんな会話が、次の瞬間、ふと止まった。
──ピクリっ。
まるで死にかけのイモムシの様に、黒の魔法使いの指が地面を這った。
殺意と困惑、強欲なる金銭欲に支配された冒険者たちの視線を一身に受けながら彼は、産まれたての子鹿の様に立ち上がる。
「…………」
誰も何も言わない。何をどうすればいいのか、誰にも分からないのだ。
粘り強い沈黙が空気を澱ませる。
沈黙を貫く黒の魔法使いの姿は見るからに痛々しい。だが、その瞳に宿る力強さはまっすぐに前を向いていた。
「スタンピードが終わったと思い来てみたら、これは何事だ?」
冒険者たちの背後から現れた者の声が、数十秒ぶりに世界に音を戻した。
頬には大きな刃物で斬られた様な傷跡があり、オールバックの白髪に刃物のような鋭利な眼光。
ギルド長、ミガルド・グリッドがそこに立っていた。
「ぎ、ギルド長、実は……」
誰も何も言わない中、心臓を貫くと言わんばかりの眼光に屈服した冒険者の男がありのままの事実を告げる。
スタンピードの最中にいきなり現れた真紅の野獣がモンスターを次から次へと殺戮していったこと。
新種のモンスターだと思ったから報酬目当てに全員で嬲り殺しにしようとしたこと。
その真紅の野獣の正体が冒険者の男だったこと。
聞き終えたギルド長は顔に刻まれた皺をより一層深いものへと変化させる。
何かを考えるような仕草で、ぶつぶつと独り言を呟きながら、彼は冒険者たちの間を強引に歩く。
……? 今、目が合った?
ギルド長の目が一瞬、見開かれたように感じたのは気のせいだろうか?
黒の魔法使いと冒険者たちのちょうど中間まで歩いたギルド長は、立ち止まり声を張り上げる。
「貴様は一体何者だ! 人か! モンスターか!」
「…………」
誰もがこの状況で最も知りたがっている答えを、ギルド長はリュートに問いかけた。
しかし、この問いに意味などない。
「俺は……人だ」
黒の魔法使いは掠れるような声で答えた。黒の魔法使いにも選択肢はなかった。
「人の言葉を話せるんだ、嘘偽りだろうが、容易だろう」
嫌な予感がした。
ミレアはその場から駆け出すと、黒の魔法使いを守るように、彼の前へと移動し剣を構える。
「ミレア、そこをどけ! それは一体なんのつもりだ!」
「私、彼を守るわ!」
「お前は成功したんだ、もう何もしなくていい!」
ギルド長の説得にも似た怒号が当たり一面に響き渡る。
成功? 一体なんのこと? それに何故、彼は私の名前を……ランクB冒険者のガルムのような高ランク冒険者ならまだしも、何故私のような低ランク冒険者まで知っているの?
「むっ、待て! 逃げるな!」
「──ッ‼︎」
ギルド長が放ったこぶし大の魔力弾をミレアが斬り捨てる。
次の瞬間には、既に黒の魔法使いの姿は皆の前から消えていた。最後の力を振り絞り森の中へと逃げ込んだのだろう。
「ちっ、余計なことを」
ミレアを一瞥したギルド長は短い舌打ちをすると、冒険者たちの方へ翻る。
「現在より森狩りを始める! 参加した者には平等に金貨一〇枚を約束しよう!
そして、見事ヤツを討伐し、その証拠を持参した者には金貨一〇〇を報酬に上乗せする!」
ギルド長の現実には思えないような破格のクエストに、今まで押し殺されていた冒険者たちの声がどっと解放される。
「参加するだけで金貨一〇枚でも破格なのに、追加で金貨一〇〇枚だって⁉︎」
「一生遊んで暮らせるぞ!」
「それにあいつは死に損ないだ! 今が最大のチャンスだ!」
まるで祭りのような熱気が空間を包む。人を人として見ず、どのような言葉を並べようと、やることは人殺しの他ならない。
「行け! これは冗談でも何でもない! 一攫千金の好機だ!」
「「「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ‼︎‼︎‼︎」」」」」
我が先にと冒険者たちが森へと入って行く。地響きが収まることはなく、延々と続いていた。
「ミレア、貴様は牢屋だ。俺が直々に連行する。ヤツを探すのはその後でも遅くはない」
気付かぬ間に接近していたギルド長の拳が溝に深々と抉り込まれる。
ミレアの意識は暗闇へと落ちていった。
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