第5話 真紅の野獣 <改>
「グウウウロオオオゥゥアッ‼︎」
大地を揺るがすような、腹の奥にまで深く重く響き渡る雄叫びだった。
狼型のモンスターを殴り飛ばした後、間髪入れずにローズやリータが相手したモンスター、周囲にいたモンスターを手当たり次第に攻撃する。
二足歩行の真紅の野獣がモンスターの群れを蹂躙する。それはもはや戦闘と言えるものではなかった。
圧倒的な暴力の嵐が無差別に続く。
いや、違う。無差別ではない、冒険者を避けてモンスターのみに攻撃している。
「ミレア、無事か⁉︎」
「怪我はない⁉︎ 死んでいなければ回復は出来るわよ!」
「私、大丈夫だわ」
合流した三人は、真紅の野獣へと視線を移す。
「何なんだ、あのモンスターは?」
「スタンピードなのにモンスター同士で闘うなんて、何が起こっているの?」
「…………」
真紅の野獣の凶悪なまでの鋭利な爪がモンスターたちの皮膚を貫き、肉を引き千切り、骨を断ち、命を仕留める。
そこには、モンスターの強さを表したランクなどという概念は一切なく、平等に死を与えていた。
聞こえるのは、逃げ惑うモンスターたちの悲鳴と、血肉を強引に破壊する生々しい気色の悪い耳にへばり付く音。
モンスターの数が激減したのだろう。気付けば、周りの冒険者たちは見たこともないモンスターである真紅の野獣を見ていた。
返り血で真紅からドス黒い赤へと変色する真紅の野獣の姿はまるで、神話や物語に出てくるような悪魔のような印象を受けた。
そして、次第にモンスターの数は数える程度に減り、最後の一匹を真紅の野獣が己の爪で貫き、トドメを刺した。
真紅の野獣が腕を力任せに横薙ぎする。爪から解放されたモンスターだった肉の塊が力なく地面に投げ出され、虐殺は終わった。
モンスターの死体の山と、モンスターの血液の池があちこちに築かれ、目を背けたくなるような想像以上の、血の池とも言えるような地獄の光景が広がる。
くるりっ、と真紅の野獣がこちらを向く。
ローズやリータ、周りの冒険者たちがそれぞれ獲物を構える中、ミレアは決して自身の獲物を構えよとはしなかった。
敵意がない。真紅の野獣からは敵意が感じられない。
じっと、ミレアと真紅の野獣の視線が交差する。何を考えているのかは分からない。だが、真紅の野獣の瞳には、確かな知性を感じられた。
あの瞳、どこかで……。
「グロ──ッ⁉︎」
ドカンッ! と、誰かが放った魔法が真紅の野獣へと直撃する。
「今だ!」
誰かの発した言葉に導かれるように、遠距離攻撃の手段を持つ冒険者たちが、魔法や弓、そこら辺に転がる石をも武器にして真紅の野獣へと敵意をぶつける。
「ま、待って!」
ミレアの叫びは誰にも届かない。皆が皆、無我夢中で安全圏からの殺意を突き刺す。
「新種の死骸をサンプルとしてギルドに出せば、大金が手に入るぞ!」
「一番槍を入れたのは俺だ! 誰が殺しても金は俺のものだ!」
「こういう時は、トドメを刺したヤツだろうが!」
己の意見を正当化する冒険者たちの、金銭への執着が渦巻く。欲に支配された金の亡者たちの怨嗟にも似た澱んだ声が空間を支配する。
「ローズ、リータ、待って! 攻撃を止めて!」
「何を言っているんだミレア、あのモンスターを狩って大金が手に入れば、私たちパーティーはしばらく安泰なんだぞ?」
弓を引く手を止めずにローズが言う。
「ギルドがクエストを発注しない以上、優先するのはパーティーと自分自身よ! ほら、モンスターなんだから狩ってもいいの! ミレアも早く撃ちなさい!」
攻撃魔法は得意ではない、と公言するリータでさえ必死に、撃ち続ける。
実質、たった一匹でスタンピードを止めたと言っても過言ではない真紅の野獣でも、連戦により蓄積した疲労に、不意打ちの魔法により与えられたダメージ。
点として放たれる攻撃が金銭欲により集約し昇華した結果、面としての攻撃には、なす術がなかった。
「グロ──ッ‼︎」
二メートルはあろうかと言う巨体が吹き飛ぶ。何度か地面にバウンドし、まるで子供に投げ出された玩具のようにゴロゴロと力なく地面に転がり、動かなくなった。
「やったか⁉︎」
遠くでそんな声がした。実際は隣だったかもしれないし、もっと遠くだったかもしれない。しかし、ミレアには距離など関係なく、遠くに聞こえた。
「俺がやったんだ!」
「俺の攻撃がトドメを刺したんだ!」
「俺が一番ダメージを与えたんだ!」
共通の目標を失った瞬間、また冒険者同士の争いが勃発した。
クエストを発注しないギルドに積もる未来への不安から湧き出た金銭欲。誰もがその虜だった。
先程、リータが言っていた言葉を思い出す。つまりは、みんな生きる為に必死なのだ。自分とパーティーが冒険者の世界で生き残る為には何を犠牲にしても構わない。それがモンスターなら尚更だ。
皆が皆、自分の功績にしようと強引に口を出し続ける中、真紅の野獣にある変化が訪れた。
真紅の野獣の身体が紅に光り、小さな紅の粒子となって分解されていくのだ。
ふわふわと上昇気流に乗るかのように浮かぶ紅の粒子は、集約していき空中で何かを形作っていく。そして、それと並行して真紅の野獣の身体が縮んでいく。
ピカッ──と。
空中で長方形の形に集約された紅の粒子が強い光を放つ。その光は真紅の野獣をも飲み込み、次第に収束していく。
光が完全になくなると、そこには真紅の野獣ではなく、一人の青年が倒れていた。
「黒の……魔法使いッ!」
ミレア悲鳴にも似た叫びが騒音の中、響き渡った。
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