第4話 スタンピード <改>

 街の外。街を覆う巨大な壁を背にした幾人の冒険者たちが各々の獲物を手にし、モンスターたちを今か今かと待ち構えている。


 ギルドからクエストが発注されない以上、この機を逃せば次に大量の金銭を稼ぐことが可能になるのはいつになるか分からない。


 全員がやる気と殺気に満ちていた。


「シャッ! 気合い入れていくぞ!」


「とりあえず身体強化の魔法をかけておくわよ」


 指をポキポキと鳴らすローズに、パーティーメンバーの二人に支援魔法をかけるリータ。そして、


「…………」


 ミレアは一人、黒の魔法使いの姿を探していた。


 周りを見渡す限り、ソロの冒険者は存在しない。皆が皆、一定の人数でパーティーを組み、リータのような魔法使いが支援魔法をかけるなどのスタンピードに向けての準備をしている。


 ちなみにゴーカの最大戦力であるギルド長は、万が一、モンスターが街に侵入した最悪の場合に備え、街の中で待機しているらしい。


 しばらく視線を彷徨わせ、隅の方で誰とも関わらずに黙々と短剣を磨く黒の魔法使いの姿があった。


「ちょっと、ミレア!」


「もうそろそろ時間だぞ、どこ行くんだ⁉︎」


「私、勧誘してくるわ」


 制止する二人の声を背に、ミレアは小走りで彼に近寄る。


「私、来たわ」


 ミレアを一瞥した黒の魔法使いは、ぶっきらぼうに、


「……何の用だ?」


「私、あなたをパーティーに勧誘しに来たわ」


「断る、と言ったはずだ。あっちに行っていろ」


「私、嫌だw──」


 黒の魔法使いは研ぎ終えた短剣をミレアへと向ける。


「何度も言わせるな、失せろ」


 研がかれ終えたその短剣は鋼色に光り、人を斬りつけるには十分な鋭利さを発揮していた。


 ただの短剣のはずなのに、その刀身からは金属特有の冷たい感じが放出されている。


「貴様、何をしている!」


 ローズの怒号が二人の間を割って入る。


「今すぐミレアからその刃物をどけなさい!」


 先程までパーティーメンバーを支援する為に用いていた杖を、リータは黒の魔法使いに向けた。


 後から現れた二人に視線を向けた黒の魔法使いは、手に持つ短剣を鞘へとしまう。


「こちらが拒否をしているのにも関わらずに続ける強引な勧誘を断っていただけだ。お前ら、こいつの仲間か?」


「ああ」


「ええ」


「そうか」


 一瞬の迷いもない二人の返事に、短く頷いた黒の魔法使いはミレアに視線を戻す。


「大切な仲間がいるのならば、俺はなおのことパーティーに入る訳にはいかない。もう俺に関わるな、お前らまで不幸になる」


 適当なことを言っている訳ではないのだろう。嘘偽りを微塵も含まない、気高さを含んだような真っ直ぐで純粋な感情をその瞳に載せた彼は、ミレアを拒絶するかのように背中を見せる。


「? それはどういう……」


 ミレアが言葉を言い終える前に動き出した黒の魔法使いは彼女たちの前から姿を消した。


 モンスターたちによるスタンピードが開始されたそれから間も無くしてだった。





 地獄絵図。


 現状を表すとするのならば、その言葉が一番しっくりだろう。


 次から次へと波のように襲いかかってくる、数えるのが馬鹿らしくなるくらいのモンスターの集団。


 本来ならば、種別の異なるモンスター同士は常に敵対関係を築いているはずなのだが、このスタンピードに限っては、そうでなかった。


 主なモンスターはランクE。最低ランクのものだが、その中にはランクDやC、Aまでの高ランクのモンスターが少なからず混じっていた。


 いや、この説明は間違いかもしれない。元来、モンスターはランクが高ければ高い程、そのモンスターの個体数は減る。


 それが食物連鎖の仕組みであり、バランスの体現なのだ。それを踏まえれば、高ランクモンスターの数も異常であった。


「ミレア、リータ、あまり離れず互いに背中を預けて闘え!」


 大剣を軽々しく振り回し、迫り来るモンスターを一刀両断するローズが大声で叫ぶ。


「私、了解したわ」


 モンスターの間を縫うように駆け回り、魔法を駆使しながら、すれ違いざまに斬撃を急所に当てるミレアが合流する。


「私、攻撃魔法をほとんど持たない後衛職なんですけど! 直接的な戦闘には向いていないんですけれど! 守ってもらいたいんですけど!」


 自身に身体強化の支援魔法を重ねがけし、モンスターから逃げながらミレアとローズに近付くリータは身体強化と回復の支援魔法を二人に飛ばす。


 モンスターか、はたまた人か、あるいはその両方か。密閉された空間であるはずがないこの戦場で常に流れ、飛び、撒き散らされる赤い血潮が、鼻の奥を刺すような不快で重い鉄の臭いを充満させる。


 次から次へと積み上げられていく死体の山には人もモンスターも関係ない。つい数秒までこの世界で生きていた生命が平等な死を与えられた成れの果て。


 踏みつけようが、装備を奪おうが、それを咎める者は誰もいない。


 まず自身が生き抜くこと。それがこの場においての絶対的な正義であり、それよりも優先することは何一つとして存在しない。


 そんな中で、ミレアたちのパーティーは懸命に闘っていた。


「リータ、危ない!」


 リータの背後を取ったモンスターに、ミレアは強引に姿勢を変えて斬りつける。


『キュルアアアアアァァァァァッッッ!!!』


 断末魔を叫び、モンスターが力なく倒れる。リータは助かった。


 だが、咄嗟のことにより、おかしな体勢で斬りつけてしまったミレアはそのままバランスを崩し、地面に転がるように倒れてしまったのだ。


「──ッ‼︎」


 瞬時に立ちあがろうとするミレアは、足に走る強烈な激痛に顔を顰める。


 一瞬の隙。それが命取りになった。


 今度はミレアがモンスターの標的へとなってしまったのだ。


「「ミレアッ‼︎」」


 一番近いリータが慣れない攻撃魔法で周りのモンスターを牽制する。ローズが二人を助けに向かおうとするが、モンスターの壁が立ち塞がる。


「くそッ! どけ、モンスター共!」


 ローズが大剣を振り回すが、モンスターの壁は薄くなる気配はない。


「きゃあッ!」


 リータがモンスターに弾き飛ばされる。


「リータ!」


 名前を呼ぶが、彼女の姿が見えなくなってしまった。


 巨大な影がミレアを見下ろした。肉食獣を思わせる獰猛な顔をした狼型のモンスターが鋭い牙を生やした口を開く。


「ライトニn──」


 駄目だわッ、魔法よりもモンスターの方が速い!


 ミレアは死を覚悟した。その瞬間、不思議なことが起こったのだ。


 時間が鈍化した。

 

 何が起こったのか? 身体は動かないが、徐々に迫り来る牙を目の前にして、ミレアは冷静であった。


 まるで絵本を一ページ一ページ捲っているようだ。


 人間は死ぬ瞬間、この世がスローモーションに見えるという。


 理由は分からないが、とある神官曰く、


『神が最後の時間を伸ばしてくれているのです』


と言っていたことをミレアは思い出した。


 本当かどうか分からない。ミレアはその宗教の神を信仰していないし、何ならその神の名前すら知らない。


 そんな未信者にも情けをかけるのならば、きっといい神なのだろう。


 気付けば、牙との距離は僅かに縮まっていた。

 

 死にたくない。その一心で身体を動かそうと努力をするが、動くのは思考のみ。


 ああ、意地悪な神だ。身体を動かせないのであれば、これでは拷問と同じではないか。迫り来る恐怖に恐れ慄きながら、無抵抗でいるしかない。


 リータ、ローズ。ごめんなさい、私……死ぬわ。


 死を再び覚悟した時、再び不思議なことが起こった。


 視界の端に紅の何かが入って来たのだ。


 その紅の何かは、徐々に狼型のモンスターの顔を殴り飛ばす。


 次の瞬間、時間が正常に戻った。

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