既原春介3
椿さん達と別れた後、僕は飢崎さんを自宅まで送り届けた。
病院からバスで十分程度の距離にある住宅街に着くころには、昼とも夕方とも言えない時間になっていて、彼女の自宅に着くと玄関には親御さんらしき人が車に乗ろうとしているところだった。
「ただいま、お母さん」
「あぁ、お帰り。今帰ったのね、丁度良かったわ。私これから会社に戻らなきゃいけないのよ。悪いけど晩御飯頼めるかしら?」
「うん、わかった」
「助かるわ……。あら、その子は? お友達?」
「う、ううん、ちょっと送って貰っただけ。既原さんとはさっき知り合ったばっかりだよ」
「ふーん。そうなの。じゃあ、晩御飯よろしくね。愛してるわよ、愛穂♡」
聞きたいことと言いたいことを言って、飢崎さんのお母さんは車で何処かへと出かけてしまった。
住宅街に響くエンジン音は長い余韻を残して、それが余計に置いてけぼりにされたことを強調していた。
「もう、お母さんったら……」
「忙しいんだね」
「はい、お母さん会社の役員で。いつも夜が遅いんです……」
なんとなしに呟くと、飢崎さんは萎むように答えた。表情こそ困ったように笑っているけど、やっぱり少しは寂しいんだろう。
そう思うと、何となく悪い気がした。
「あー、ごめんね」
「気にしないでください。私が我慢すれば良いだけですから……」
やっぱり彼女は困り顔で笑った。さっきよりも笑顔を作ることを努めて浮かべられたその表情は、誰も困らせないように必死に作られているように見える。
だからだろう。自然と口が動いた。
「あの、さ。明後日って時間ある?」
「え……?」
「やっぱりちゃんとお礼をしたくてさ。ほら、明後日は日曜だから学校は休みでしょ? 何かご馳走させてよ」
「それって、その……デート、ですか?」
「うん、そうなるかもね」
さっきまでの困り顔は一転して照れた顔になる。俯いて何度か目線を左右へ振った後、飢崎さんはおずおずとスマホを操作して、画面を見せてくる。
「これ、私のLINEです。日曜は朝に予定があるので、お昼ごろになると思いますけど……。いいですか?」
「全然構わないよ。……はい、登録できた」
「それじゃあ、その……また今度」
「うん、じゃあね飢崎さん」
家に入っていく飢崎さんを見送った後、僕は来た道を引き返すように住宅街を後にした。
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