喰藤雪音3

 ぴしゃり、と病室のドアが閉まった。

 見知らぬ女の子を送りに行った春介を見送った私は、壁にもたれかかったまま腹を擦る。刺された傷は思いのほか深く、少しでも力が入ると痛みだす。

「痛みが酷いようなら鎮痛剤でも貰ってこようか?」

「いい、ほっとけば治るから」

「君は昔から自分の事に無頓着だな。折角死にかけたんだ、友人としてはこれを機に自愛をして欲しいね」

「友人って私達そんな間柄じゃなくない?」

「ははっそうかもね」

 言いながら、椿は近くの棚に置いてあった缶ジュースを私に寄越す。少しの間それを受け取るか考えて、何となく春介が買ってきたのだろうと当たりを付けて受け取った。

 プルタブを引くとプシュッと小気味よい音と共に、中身のオレンジジュースが少しだけ溢れ出す。それを一口だけ含んで飲み込むと、人工的な甘さが口いっぱいに広がる。それを存分に噛み締めて、缶を脇の棚に置く。

「さて、私もそろそろ帰ろうかな。重ねて言うが、くれぐれも安静にね」

「分かってる。でもその前に、ちょっといい?」

「ん、なんだい?」

 病院の硬いベッドに寝転がりながら呼び止めると、物珍しそうに椿は椅子に腰かけた。

 本当は、春介に直接言った方が良いとは思う。でも、あのお人好しのことだ。きっと言っても聞かないだろう。

「春介が送っていった女の子、気にしてた方が良いかも」

「もしかして、彼女が事件と関係があると? 私から見ても至って普通の女の子だったが……」

「そういう見た目だけの普通が当てにならないって、椿はよく知ってると思うけど?」

「確かに。わかったよ、君を刺した犯人のついでに彼女のことも調べておこう」

 納得がいったように椿は改めて椅子から立ち上がった。

 あの女の子——飢崎って言ってたっけ——には少なからず感謝している。でも、それとこれとは話が別。助けられた感謝はあれど、あんな匂いをされては警戒するしかない。

 あの子の持っていた紺色の鞄。あれからは人の血の臭いがした。

 椿や春介は薬品の匂いのせいで分からなかったのかな……。それとも、私の嗅覚がおかしいのかもしれない。

 どちらにせよ、人を見た目だけで判断するのは早計過ぎる。

 去り際にこちらに向かって手をひらひらと揺らしている椿を尻目に、私は薬品の匂いが染みついた布団を頭まで被った。

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