第41話


「え…え…?」


混乱したアレルが周囲を見渡す。


自分以外誰1人として立っていないことを確認し、初めて目の前に現れたモンスターのヤバさに気がついたようだ。


「な、なんだ…?一体何が…?」


『おい貴様……この森になんのようだ…ここは私のナワバリだ』


フェンリルがアレルを見下ろしながら言葉を発する。


「しゃ、喋ったぁあああ!?」


アレルが慌てふためく。


おい勇者しっかりしろ。


そのぐらいで慌てるな。


ある程度強力なモンスターは、この後大体喋り出すんだからな。


今のうちに慣れておけよ。


「な、なんでモンスターが…!?」


『当たり前だろう…私はフェンリル。人間の言葉を理解することぐらい容易い』


「…っ」


アレルがフェンリルに向かって剣を構える。


「俺は勇者。勇者アレル…!俺の仲間を傷つける奴は許さない…!」


よっ、勇者!


いけいけ…!


俺はバレないようにうっすらと目を開けて成り行きを見守り、それっぽい台詞を言ったアレルに密かにエールを送る。


『勇者…だと…?』


フェンリルが目を細める。


『勇者。今そう言ったのか?』


「そうだ…!俺が勇者だ…!」


『なるほど…グハハハハ!!』


フェンリルが愉快そうに笑う。


『そうか…!お告げの巫女の予言があり、王都に勇者が現れたと言う風の噂を聞いていたがお前がそうか…!!ふむ、なるほど…』


ジロジロとアレルを見る勇者。


『とてもそうは見えんな。ひどく貧弱そうだ』


「なんだと!?このモンスター風情が…!」


舐め腐ったフェンリルの態度にアレルが激昂する。


「お前なんて、勇者の俺にかかればひとたまりもない…!俺に偉そうな態度をとったことを後悔させてやる…!」


『グハハ!!こい、勇者。そのまま立ち去るのならば逃してやろうと思ったが、勇者だと知った今、そうもいかなくなった。フェンリルの私が、世界を救う英雄とやらのお手並みを拝見してやろう…!!」


「望む所だ…!うおおおお!!!」


アレルが突進していく。


よし。


勇者とフェンリルの戦闘が始まった。


この後は、一時間にも及ぶ激戦の末に、アレルが勝利し、フェンリルがアレルの軍門にくだる。


それまで俺はここで気絶したふりをしていればいい。


…そう思っていたのだが。


『はっ…!甘いわ!!』


「ぐぁあああああ!?!?」


馬鹿正直に真正面から突っ込んだアレルが、フェンリルの前蹴りを喰らって吹っ飛ばされた。


「がっはっ!?」


そのまま近くの大木に叩きつけられて、吐血する。


は…?


おい、何やってんだよ、アレル。


『なんだ…?弱すぎる…これが勇者…?』


フェンリルが簡単に吹っ飛んだアレルに驚くような目を向けているが、1番驚いているのは俺だ。


馬鹿正直につっこむなよ…


現時点で勇者アレルとフェンリルには、力の差はあまりないのだから、驕らず、慎重に戦わないと勝てるはずが…


「はっ…た、たまたま一撃を当てただけでいい気になるなよ…っ」


木に打ち付けられたアレルが、ペッと血を吐いた立ち上がった。


流石に勇者の力に目覚めた今、一撃でノックアウトされることはなかったらしい。


よし。


アレル、一旦落ち着けよ。


今度こそ慎重に相手の動きをよく見て、落ち着いた戦い方を…


「うおおおおおお!!死ねぇえええええフェンリルぅううううう!!!」


馬鹿野郎ぉおおおおお!?


何やってんだお前ぇえええ!?


思わず起き上がってそう叫びそうになった。


アレルは失敗から何も学ばず、再度フェンリルに向かって真正面から突撃していった。


先ほどの攻撃があたったのが、偶然だと思ったのだろうか。


勇者の自分なら、モンスターの一匹に苦戦するはずがないと高を括ったのだろうか。


『馬鹿なのかこいつは…』


フェンリルがそんな呆れた呟きと共に、突如くるりと身を翻した。


「何っ!?」


アレルの思いっきり振り抜いた剣が、宙を切る。


身を翻し、アレルの一撃を交わしたフェンリルが、今度は後ろ足でアレルを蹴り飛ばした。


ドゴッ!!


鈍い音がなった。


「がはっ!?」


フェンリルの後ろ蹴りをまともにくらったアレルが吹き飛んで、宙を舞った。


そのまま数秒間浮き上がったあと、落下して地面に思いっきり叩きつけられる。


「がっ…ごっ…ぐへっ」


地面に三バウンドぐらいしたアレルが倒れふし、動かなくなった。


おい、嘘だろ…?


これで終わり…?


そんなわけないよな?


俺はいまだ気絶したふりを続けながら、アレルが立ち上がるのを待つ。


だがアレルは倒れたまま起き上がってこない。


まさかのフェンリルに一撃も与えないままにノックアウトしてしまったようだった。


「…(いやいや、ありえんだろー!!)」


俺は心の中でアレル何やってんだと、傲慢な勇者を非難する。


『世界の終わりの物語』では、フェンリルとアレルの戦いは、互いが互いを尊重し、死の寸前まで削り合う、誇り高き死闘だったはずだ。


けれどたった今行われたのは、ただの一方的な蹂躙劇。


奢った愚かな勇者アレルと、馬鹿正直な攻撃に冷静に対処した賢いフェンリルによる一方的なワンサイドゲームだった。


こんなはずはない。


明らかにおかしい。


死闘以前に、善戦ですらなかった。


…予定が狂ったどころの話じゃない。


『やれやれ…こんなのが本当に勇者なのか…?』


気絶したアレルの元に、フェンリルがゆっくりと歩いていく。


『弱い…あまりにも弱すぎる……確かに、ポテンシャルは秘めているようだが…力の使い方をまるで理解していない…』


本当におっしゃる通りです。


『世界を救う英雄がここまで愚かしく弱いはずはない……おそらくこいつは勇者を騙るただの狂人だったのだろう』


違うんですフェンリルさん。


そいつが本当に勇者なんです。


世界を救うはずの英雄なんです…


『さて、こいつをどうしてくれようか…私のナワバリにずけずけと入り込み、自らを勇者だと偽った……ただでは返せないな。よし、殺すか』


はぁ…


やれやれ。


またこのパターンか。


『こいつを食い殺したあと、他のものは縄張りの外に放り出しておこう。二度とここには足を踏み入れまい』


本当に世話のかかる勇者だ。


…けど仕方ないか。


この世界の歯車を狂わせ、本来のシナリオを狂わせたのは他ならない俺なんだし…


『さて…じゅるり…久しぶりのご馳走だ…丸呑みにするのは勿体無い……まずは苦しまないように一瞬で息の根を止めたあと、足からしゃぶるようにして食べ…


「おい待て、そこまでだ」


『む…?』


フェンリルがアレルの口元に一撃を加え、トドメを刺そうとしていたところで俺は立ち上がった。


『なんだお前…気絶していたわけじゃないのか?』


「悪いが、フェンリル。今お前にそいつを殺されるわけにはいかないんだ」


俺はどうしてこうなったと内心嘆きながら、アレルに変わってフェンリルと対峙するのだった。



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