第36話


「はっ、はっ、はっ…!」


ブン、ブンとアレルの素振りの音が中庭に響く。


「平和だね…」


「そうだな」


俺は汗を流して訓練に勤しむアレルを、アンナと共にぼんやりと眺めていた。


俺が、宰相ブロンテを操り、アレルを暗殺しようとしていた魔族、ギークを殺してから一週間が経過しようとしていた。


あれから今まで、特に何も事件の起こらない平和な日々が続いている。


毒を盛られ死にかけた状態から復活したアレルには、数人の毒味係と護衛がつくことになった。


食事は毒味係が毒が入っていないかどうかを確かめてからアレルの元に運ばれ、また夜寝ている間も、数人の護衛がアレルの部屋の前で寝ているアレルを警護している。


だがもはや城の中にアレルを暗殺しようと目論むものはいないだろう。


ブロンテを操っていたギークは俺が殺した。


修行編のボス的な存在を先に始末したわけだから、アレルにとって今後しばらくはぬるま湯の日々が続くに違いない。


俺も特にアレルのことで気を揉まずに済むのだ。


「さて…俺はちょっと…」


昼下がり。


アレルが昼食をとるために一旦訓練を中断したところで、俺も立ち上がった。


「あれ?グレン、どこに行くの?」


アンナが首を傾げながら聞いてくる。


「あー、ちょっと用事…」


いつまでもアレルの訓練を見ていてもつまらない。


俺はまた王都内に存在するイベントやクエストを消化して時間潰しをしようと思っていた。


「用事…何するの?」


「…べ、別に大したことじゃないさ」


「…」


「…な、なんだよ?」


じーっと俺を見てくるアンナ。


問い詰めるような視線に、俺はごくりと喉を鳴らす。


「グレン…私に何か隠してない…?」


「え…?」


どきりとした。


アンナは射抜くような目で俺を見ている。


「何かって…なんだよ…」


俺は動揺を隠そうと努力しながら、聞き返した。


「…自分で心当たりがあるんじゃない?」 


アンナが目を細める。


「な、なんのことだかわからんな…」


「…そう」


アンナが視線を逸らし、俺に背中を向けた。


「ならいいけど」


「…っ」


俺は逃げるようにその場から退散したのだった。


 

「いやー…勘鋭すぎだろ…」


城内を歩きながら俺はそうぼやいた。


「アンナってあんなに鋭いキャラだったんだな…」


『世界の終わりの物語』ではアンナは序盤に死ぬキャラであり、あまり性格の部分まで掘り下げられていなかったために全くの無警戒だった。


だが、蓋を開けてみれば、アンナはあそこまで鋭い観察眼の持ち主だった。 


「多分…俺が以前までのグレンじゃないことは気づいているよな」


これまで頑張ってただのモブのグレンを演じてきたつもりだが、しかしアンナは明らかに俺が以前とは違うことを感じ取っていた。


だが、確たる証拠がないためにまだ断定は出来ていないようだ。


「…アンナは現状最も俺の正体に近づいているよな…気をつけないと」


俺の本当の強さ、グレンを影でサポートしていることなどは絶対に誰にも知られたくない。


バレたら面倒なことになるに決まっているからだ。 

ゆえにこれからはますますアンナを警戒する必要があるだろう。


「…さて」


目的地に到着した俺は足を止めた。


「ん?」


「なんだお前は?」


王城の地下へと続く階段を守っている騎士二名が、俺をギロリと睨んでくる。


「この先は立ち入り禁止だ」


「即刻立ち去れ」  


「悪いな」


「「…っ!?」」


詰め寄ってくる騎士2人の首筋に手刀を見舞う。


騎士はガシャっと地面に崩れ落ちた。


「おいしょ…こらしょ…」


俺は気絶した騎士を見えない場所まで引きずっていって隠す。


それから悠々と王城の地下へと続く階段を降りていった。


「さて…魔王を倒してゲームをクリアしたいま…あそこは解放されてるかな?」


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