第35話


俺がアレルに頼み込んで1日に限り部屋を交換してもらったのは、もちろん勇者気分を味わいたいからとかそんなどうでもいい理由じゃない。


宰相ブロンテを操ってアレルを暗殺しようとした魔族を始末するためだ。


今回の事件の黒幕の魔族の名前は、ギーク。


魔王復活を目論む魔族集団の幹部の1人であり、修行編におけるラスボス的な存在である。


『世界の終わりの物語』のシナリオにおいて、魔族ギークは、宰相ブロンテを娘のシスティーナを人質に取って手駒にし、アレルを暗殺しようと試みる。


だがその試みは、王女クレアの看病によって失敗に終わる。


その後もギークは、宰相ブロンテやその他の手駒も駆使して何度もアレルを影から暗殺しようと試みるが、その都度発生する御都合主義的展開によって、アレルはことごとくギークの暗殺の手を逃れる。


手を尽くしてもなかなか死なないアレルに痺れを切らしたギークは最終的に、自らの手でアレルを殺そうとするのだ。


そしてアレルはギークとの死闘の末に、戦いに勝利し、ギークは死ぬ。


それが本来の『世界の終わりの物語』の修行編の道筋なのだ。


だが、今回、俺がその修行編のシナリオに手を加えた。


クレアに変わってアレルを生と死の剣で救い、そしてブロンテとギークのつながりを絶った。


その結果、今後のシナリオにどのような変化を及ぼすのか。


それはおそらく、ギークがアレルを直接殺しにくるタイミングが早まる、と言うものだろう。


宰相ブロンテの娘、システィーナの呪いが解除されたことでブロンテを手駒として扱えなくなったギークは、間接的にアレルを殺す手段を失ってしまう。


となればギークに残された選択肢は、アレルを直接殺すことだけ。


つまり……ギークは皆が寝静まった夜中に直接この城に乗り込んできてアレルを自らの手で暗殺しようとするだろうと俺は予想したのだ。


「…さあ、こいギーク。直接勇者を殺しに来い」


深夜。


本来アレルが寝ているはずのベッドのなかで、俺はギークが現れることを願いながら寝たふりを続ける。


「…!」


それは夜がすっかり老けて、月が夜空の真上に登った頃。


バサッバサッと、何かが羽ばたくような音が聞こえ、ベランダに何かが降り立った気配があった。


俺は内心ほくそ笑む。


来た。


やはり俺の予想は正しかった。


アレルを殺しにギークがやってきたのだ。 


ヒュォオオ…


ゆっくりと窓が開けられ、ギークが中に入ってくる。

 

『ククク…勇者め…お前を殺しにやってきたぞ…』 


ギークは音を殺して俺の傍らまでやってくると、クククとしゃがれた笑い声を漏らした。


『一体どのようにして毒を逃れたのかはわからんが……しかしもう関係ない……お前は直接俺の手で殺してやる…』


スラッとギークがナイフを抜いた。


そして思いっきり振り上げる。


「おっと、危ない」


『何!?』


あわや胸にナイフが振り下ろされるという寸前で、俺は目を開き、ナイフを手で受け止めた。


あと一センチで刃の先が届くというところで、ナイフがぴたりと止まる。


『なっ!?勇者貴様…!?起きていたのか…!』


ギークがそう言って背後に飛び去った。


俺はゆっくりと起き上がり、ギークと対峙する。


「よぉ、ギーク。やはり勇者を殺しに現れたか」


『…!?』


ギークが驚いたように俺をみた。


なんで俺の名前を知っている?


驚いた表情がそう物語っている。


「残念だったな。お前が今日勇者を殺しにくることは予測していた。お前のお目当ての勇者はここにはいないぞ」


『…貴様は誰だ!?なぜ俺の名前を知っている…!?』


ギークが油断なくナイフを構えながらそう言った。


「俺か…?俺はただのモブだ…本来ならもうとっくに死んでいるはずの…勇者の友人のモブだな」


『も、もぶ…?どういう意味だ?』


「わからないか?ギーク。俺はお前がモンスターに襲わせたあの村の生き残りだよ」


そういうとギークが大きく目を見開いた。


『貴様まさか…勇者の村の…』


「そうだ」


ストーリーが進むにつれて、序盤で『始まりと終わりの村』をモンスターが襲ったのは、ただの災害ではなく、魔族たちの仕業であることが判明する。


魔族たちは、お告げの巫女の勇者出現の予言の情報を盗み出し、王都から派遣された使者団の先回りをして、俺たちの村をモンスターに襲わせたのだ。


…その実働部隊として動いたのが、この魔族ギークなのだ。


「危うく死にかけた…だが、俺は生き残り、そして今、勇者と共にこの城にいる」


『な、なんなんだ…何者なんだ貴様は…』


ギークが俺を恐れるようにそんなことを言う。


「悪いがギーク……衰弱の呪いを使えるお前は厄介だ。生かしておくと次に王城の誰が取り込まれるかわかったものじゃない…だから、お前はここで始末する」


『…っ…抜かせっ…ただの村人風情が魔族のこの俺を…ぐおっ!?』


地面を蹴り、一瞬にしてギークの左側に回り込んだ俺はギークに蹴りを喰らわせた。


ガシャァアアン!!


『ぐぁあああああ!?!?』


ギークの体が吹っ飛び、窓ガラスを突き破ってそのまま中庭へと落ちていく。 


「よっと」


俺もギークを追って中庭へと飛び降りた。


『ぐ…ぐぅう…くそぉ…な、なぜ村人如きがこの俺を…』


ギークが畏怖の視線で俺を見る。


人間よりはるかに身体能力に優れる魔族のギークにとって、ただの村人にすぎない俺がギークを吹き飛ばしたことが信じられないのだろう。


『動きが見えなかった…一体なぜ…』


「お前は左の視界が極端に狭い。そのことを利用したんだ」


『…っ!?』


またしてもギークがなぜそれを知っている!?と言う顔になる。


そりゃ知ってるとも。


お前はすでに一度攻略済みだからな


「お前の左目……色が違うのは義眼だからだな。義眼に……鑑定の魔法がかかっている」


『…っ…どこでその情報を…』


色の違うギークの左目は義眼だ。


ギークは視力を捨てて、その義眼に鑑定の魔法を施している。


左の視界を狭くする代わりに、瞬時に相手の強さを見極めるための魔改造を体に施したのだ。


「せっかくの鑑定眼だ。使ってみろよ、俺に」


『…っ』 

ギークがごくりと唾を飲む。


左目が光を帯び、僅かに魔力の気配を感じた。


俺の強さを読み取っているのだろう。


ギークの表情がみるみる驚きのそれに変わっていった。


『あ、あり得ない…!』


ギークが叫んだ。


『なんなんだこれは…こんなことが…お、お前は一体…っ』


恐怖の滲んだ声でギークはそう言った。


『…っ…くそっ』


鑑定眼の結果から、即座に敵わないと判断したのか、俺から距離を取ろうと、地面を這って逃げようとする。


「待てよ。逃さないぞ?」 


『ひぃ!?』


そんなギークの前方に、俺は一瞬にして回り込む。


「ギーク。お前はここで死ね」


『あっ…許し


俺は這いつくばっているギークの頭蓋に踵落としを見舞った。


ギークの頭蓋は一瞬にして潰れ、絶命した。

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